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拾ノ参夜 足止め

太鼓橋を進んだところの出口には横一列に木々が並んであった。しかしその木々はどれも枝や幹をへし折られ、元々木に成っていたであろう実も葉も地面に潰されて変わり果ててしまっている。桃色の果肉が砕けて溢れた汁と汁が地面の上で滅茶苦茶に混ざって、種や葉がすっかり巻き込まれていた。自然にこうなったとは考え難い。なら、何者かの仕業か。

「桃の木だよ。桃には魔除けの力があるから、怪奇が外に出るのを防ぐ役割をしてたんだけど……」

 寧丸は屈んで潰れた桃を目だけで物色し「全部だめになってんね」と独り言のような声で話す。僕は訊いた。「誰がやった」

 すると寧丸は立ち上がり、腰に手を当てた。

「結界が薄れたからって外に出ようとした怪奇が、こぞって桃の木を破壊したんだろうね」

 行こっか、と付け足した寧丸は腐った果物の上を通ろうとする。真後ろから「通れない」と困った様なゆきんこの声がした。裾が長いから汚れてしまうのだろう。引き返した寧丸はゆきんこの片手を繋ぐ。

「ウチがこっちの手持っててあげるから、もう片方は入佳の手を握ってな」

 どうする気か。入佳は察したようでゆきんこに手を貸した。

「さあ、ゆきんこちゃん。あたしの手を取って」

 ゆきんこは喜んで入佳の手を握ると、二人の手の高さにのびのびと腕を伸ばす。潰れた果肉でできた小川のような惨状の境目に立って、寧丸が入佳へ合図を送る。「せーの」二人は息ぴったりにゆきんこの腕を持ち上げて、彼女の身体は宙を浮く。

「ばんざーい!」

 三人が元気よく果肉の山を越えていった。それを僕の横にいたうり姫は、面白そうだと思ったのだろうか。渡り終えた三人を指させば僕を見つめた。

「余たちもやる?」

「やらない」

 歩き出して、うり姫を過ぎて三人に追いつこうとした矢先に、うり姫は颯爽と僕の手首を掴んで上へ持ち上げた。無理矢理伸ばされた片腕は、ややうり姫のいる方へ傾けられ彼女の腕と密着する。

「万歳」

「おい!」

 そのまま果肉のところを渡り始め、濡れた砂が水分を吸い込んで踏むたび砂利道のような音を立てた。入佳たちのいるところへ辿り終えれば、僕らを待っていた三人がまた先へ進みだす。

 僕も皆に続けば、やがて足は真っ白な地面を踏んだ。地蔵のところほど広くはないが開けた空間に、辺りは文字通り筆で描いたような景色が、遠くに並ぶ山々や木々に咲く花や紅葉などを創って広がり、水墨画の中に入って迷い込んでしまったかのような風景となっていた。吹く風も黒い墨汁が線を描いて肌を撫でる。触れたところを見ても墨は付着していなかった。

 白黒の世界。けれど僕らが向く景色の奥には光の金色や小川の水縹、彼岸花の群生地は赤く、御札の貼られた古い鳥居にも色はあった。

「初めて見たらびっくりするよね」寧丸が僕の心情を察した。

「元々こういう場所なのか」

「そ。色のあるところには近づかないようにね。あっちはあの世だから」

「でも万はここにいない」

 万がいるのはきっとこの奥だ。そう思って寧丸の反対を押し切ろうとした。そんな中、寧丸は「任せて」と微笑む。

「ウチがこっちまで引き連れてくるよ。だからちょっと休憩してな」

「あたしも何か手伝えないかしら」

 一人で行かせることを心配した入佳が名乗り出る。けれど寧丸は紛らわすように笑った。

「ごめん。ウチは獄卒だから行き来できるけど、黄泉の国の奴じゃないと帰ってこられなくなる可能性があるんだよね。だからここで待ってて。すぐ戻るからさ」

 彼女はそう言って一人で奥へ向かおうとする。無理を言って最悪なことになるくらいなら、寧丸に任せてしまった方が安全だろう。誰も彼女に着いていこうとはしなかった。そんな中、遠ざかっていく寧丸へ横から飛び込んでくる影があった。寧丸の身体が影とともに吹き飛んで、そのまま地面に叩きつけられた。女の姿をしたそのナニカは、抵抗する寧丸の首を掴んで絞めつけている。

「寧丸!」真っ先に叫んだゆきんこが魔法少女に変わって彼女の元へ急ぐ。打出の小槌を構え、寧丸を助けようと小槌を振りあげようとした——刹那、何処からか別の女が現れて、ゆきんこへ飛びかかった。

 ゆきんこが気がつく頃には女の長い指はゆきんこの細い首に触れかかって、彼女が身を守るために魔法を使うには間に合いそうもなかった。入佳の悲鳴に似た叫び声が響く。しかしゆきんこは別の影に連れ去られ、次の瞬間には高く飛び上がった。間一髪、難を逃れたゆきんこはうり姫の腕の中で、驚いたまま固まっている。うり姫はゆきんこを抱えた状態で、未だに追いかけてくる女を牽制する。その隙に僕は寧丸の方へ急いだ。けれどまだ別の仲間が隠れているかもしれない。

「入佳!掩護を頼めるか」

「ええ、勿論よ」

 僕らも変身し、僕は刀を抜いて寧丸を襲う女へ向かい、入佳はその周りで和傘を振り回した。予想は当たっていたようで、高速で向かってきた女に入佳の花火が思わず当たった。

「ごめんなさい!」

「謝っている場合か!」

 入佳はそれでも花火を打ち続け、懲りず向かってくる女に抗う。女は入佳の動きを覚えたか、花火を避けきって入佳へと飛びかかる。なんとか和傘を盾にして食い止めた入佳だったが、女に押されて動きは封じられてしまった。

「成さん行って!」

 入佳の方は任せて寧丸の方へ急ぐ。するとまたも横から別の影がやってくる。四人目——いや、両側から来ていた。

 うり姫と空を飛んでいたゆきんこがそれに気がついて、打出の小槌を激しく振り、折り紙で僕の身代わりを作ってくれた。奴の形をした折り紙は敵との間に立ち塞がり、盾になって僕を守る。ようやくたどり着けば、寧丸に掴みかかる女目がけて刀を突き刺そうとした。けれど女は寸のところで振り向き、僕の刀を食い止めた。解放された寧丸は息を吸いこんで何度も咳き込む。治る間もなく寧丸は立ち上がり、背中を向けた女に市松人形の奇襲を仕掛けた。女は避けて僕の刀も解放される。

「黄泉醜女(ヨモツシコメ)。かなり厄介なのと居合わせたね」

「入佳の花火があまり効いていないように見えた」

「そりゃね……アイツらは妖力を使わない。霊力なんだよ。ウチらの妖力だと太刀打ちできない」

 折角うり姫が妖力を貸してくれたというのに、それが使えないということか。

 そこへ、なんとか入佳も醜女を退けてこちらへやってくる。話を聞いていたようで、「どうしたらいいかしら」と寧丸に質問する。

「普段は桃の木が彼女たちを封印しててくれてたんだけど、今はみんな枯れちゃってるし……」

「桃が苦手なのか?」

「アレは魔除けの力があるって言ったっしょ?黄泉の国の入り口にある桃は、霊力や妖力を持つ者が素手で触ると大怪我するの。成は半怪奇でウチは獄卒だから例外だけど」

 ゆきんこが桃の上を通るのを躊躇ったのはそういう理由だったらしい。確かに、ゆきんこは裾が汚れるくらいではあまり気にしなさそうだ。

「成さん、寧丸さん!あれを見て」

 入佳は何かに気がついて、小川の方を真っ直ぐに指さした。澄んだ川に伸びた枝に引っかかり、たわわな実が川に揺られている。それはまだ腐っていない新鮮な桃だった。寧丸は急いで拾いに行き、川からあげた桃を眺めて確認した。

「うん。状態もばっちし。これを投げつければ何とかなるかも」

「でも、一個だけね」

「切り分けられないか?」

「それだと効き目が無くなっちゃうっしょ。なんとか醜女を一箇所に集めていっぺんにお見舞いしよ」

 寧丸の提案に乗っかって僕らは持ち場に散った。そして僕はまだ頭上で戦っているうり姫とゆきんこの方へ向かう。

「怪奇を一箇所にまとめられるか?」

「何処がいい?」うり姫が上から見下ろす。

「中央だ」

 真上で、うり姫はゆきんこと何かを話し合っている。腕に抱えられていたゆきんこはやがてうり姫の召喚した和紙の金魚にまたがって、作戦決行へと出発する。

 うり姫は僕の目前へ舞い降りて僕の妖刀と瓜二つの刀を抜いた。

「妖力が効かなくても、退けることはできる」うり姫は隣に立って、いつの間に近くまで来ていた醜女に向かって刀を構える。

「力は余っているのか?」

「あと二回分」

 うり姫は「必殺技」と囁いて僕も刀を構えるよう促した。大技も真似ることができるらしい。僕らは息を合わせて、向かってくる醜女たちへ詠唱した。

「鈴鳴・月華閃斬」

 僕らの刀は巨大な神獣となって現れ、合計二体の龍が醜女を襲う。奴らが避けようと神獣は後を追い回し、隙を見極めた入佳も横から詠唱を始めた。

「彩り百花繚乱!」

 花火が打ち上がり、黄泉の国にいる怪奇たちが誘われる。やはり黄泉の国だからか、呼び寄せられた怪奇の量は最早数え切れない……。

「怪奇さん。あの子たちを真ん中に集めてきて欲しいの」

 魑魅魍魎の怪奇が入佳の願いに応え、醜女に立ち向かう。そこへゆきんこも援助に駆けつけた。

「福福御霊!」

 攻撃の当たらなくなった怪奇たちはみるみる醜女たちを中心へ追いやる。

「月に叢雲鳴神恋衣」

 現れた数珠を握って中央目掛けて振るえば、数珠はあっという間に奴らを捕らえた。僕は醜女の集まる真上を飛んで、鞘で桃を打ちつけた。桃は醜女へ向かって加速して、遂に奴らにぶつかろうとした。——醜女のうちの一人が桃を睨みつけたかと思うと、桃は空中で破裂して一雫当たることもなく散り散りに砕けた。

「そんな——っ」入佳が口を手で覆う。

 縛り付けていた数珠は破られて、ゆきんこの魔法が切れた怪奇たちは次々に倒されていく。桃はもう残っていない……。

 寧丸は歯を食いしばって、黄泉醜女へ向かって怒鳴った。

「聞け貴様ら!ウチは地獄の獄卒だ!これ以上乱暴な真似を続けるようなら、鬼の名をもって貴様らを……」

 寧丸は最後の言葉を出し切れず、ただ息を震わせた。

「どう制裁しろっていうの……」

 万に会わなくてはいけないのにと、寧丸は俯く。彼女のすぐ近くには色のある景色が広がり、行くべき道はもう目前にある。僕は寧丸の前を通り過ぎて小川の境目まで歩いていく。「成?」と呼ぶ誰かしらの声がした。

「万を呼んでくる」

「待って。成は危険だからウチが——!」

 寧丸が慌てて名乗り出、僕を引き留めようとする。

「僕は寧丸から黄泉竈食を貰った水子だ。故に、黄泉にも賽の河原にも居場所がない。僕だって安全なはずだ」

 誰か一人が万を見つけて連れ戻すことができれば、この状況も打破できるかもしれない。それに、僕らはアイツを助けるためにきたんだ。こんな所で足止めを食らっている暇はない。

「それに……僕がいかないと」

 寧丸が言い返してくることはなく、僕は一度あの世へ背を向けていた踵を返そうとした。片足が立っていた位置からずれて回りかける。そんな僕の肩を、寧丸の腕が囲った。身体は吸い寄せられるまま寧丸に張り付いて、抱き締めてくる腕はもっと強く僕を抱き寄せる。

「そうだよね。成のこと信じようって決めたのに、ウチが怖がってちゃいけないよね」

 僕を抱く腕も寧丸の声も震えていたのに、その声色はゆきんこに優しく微笑みかけている時のような、明るく穏やかな声だった。寧丸はまたひと呼吸置いて、僕を送り出そうと手を離した。

「行ってきな。成」

 笑って見送られ、僕は頷いて小川を飛び越えた。醜女が追いかけてくる気配はなく、今のうちにと彼岸花の咲く丘、更に奥へと走り出していった。遠ざかっていく中、寧丸が仲間へ向かって叫ぶ声が微かに聞こえた。

「うり姫、ゆきんこ、入佳。ウチらで時間稼ぐよ!」

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