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玖ノ壱夜 黄泉帰り

鬼に食えと言われたから、鬼が落とした丸い団子を食べた。お腹が空いていた訳ではない。団子に興味があった訳でもない。ただ、ここが石を積むところだからそうしているように、鬼に言われたからそうしただけだった。けれど団子を口に含むと、なんだか変な感じがした。寒くないのに身体が冷える感覚と、身体が浮いて軽くなるような体験をした。本当に浮いていた訳ではなかった。僕はそれが気になって「おい鬼」と呼びかけてみた。鬼は現れなかった。

 それ以降は特に何もなく……ということもなく、菩薩と名乗る変なやつが賽の河原にやって来て、僕らを迎えに来たと告げた。周りの子らがみんな泣きながら菩薩に集まるので、僕もそうするべきかと、菩薩の近くに集まった。「もう大丈夫ですよ」とみんなを慰めていたが、何が大丈夫なのかは分からない。

 やがて僕らは白い雲の上に導かれて、みんなして雲の上に集まった。僕は少し後ろの方にいたが、不意に菩薩と目が合った。菩薩は僕を見ると一瞬不思議そうに眉を下げた。

「おや。あなたは黄泉の子ですね」

 黄泉とはなんなのか。菩薩の言うことはよく分からなかった。けれどその疑問を投げかけようとは思わなかった。菩薩がそれ以上言及するのを辞めたからだ。

「迷い込んでしまったのでしょう。いいですよ。あなたも一緒にいらっしゃい」

 菩薩は僕らを極楽浄土へ送ってくれると言った。極楽浄土とは、苦しみから解放される安楽の地だとか、美しい場所だとか、なんとかかんとか……。

 難しい言葉ばかり並べられながらも、僕らを乗せた雲は次第に上へ持ち上がっていく。曇天に一筋差し込む光に向かって雲は近づき、僕はその過程を眺めていた。

 ふと、僕の足場だけ沈んだ。足は雲をすり抜け、やがて身体は高所から落下していく。——落ちたらどうなるんだ?

「菩薩!これはどうしたらいい?」

 落ちながら菩薩に向かって大声で叫ぶ。けれど声は誰にも届かず、身体はみるみる地面へ降下する。そうして身体が砂利道に叩きつけられようとした時、視界は束の間に真っ暗となった。

 朧朧とした意識が鮮明になっていき、少し視界が揺れるのを感じながら瞼を開く。僕は浅い水辺の上を立っていた。水辺と言ったが、僕が一歩進む度足元に水紋が浮かび上がるので、勝手にそう喩えただけだ。空の上にでもいるのか、上にも下にも金の雲が流れ漂っている。雲の他には、地平線まで白い光が淡く輝いているだけで何もなく、誰かの気配もなければ風の音もない。

「鬼!いるのか?」

 声を出しても返事はなかった。ここが極楽浄土とやらだろうか。いや、ならば今この悩みはとっくに解決されているはずだ。

「進むか……」

 積む石もないので、僕は取り敢えず歩くことにした。すると何となく、ここには道順がある様な気がして、真っ直ぐ進むべきだと思えてきた。それからはただ真っ直ぐ歩き続けた。何処まで歩けばいいんだとか、その先に何があるんだとか、そんなこと一切どうでも良く、ひたすらに歩き続けた。次第に意識は再び朧朧としてきた。それでも歩き続ければ、視界はやがて真っ白になって途絶えた。

 ——そして僕は、いつの間にやら齢十三の姿で烏夜国にいた。日ノ出成と名付けられ、古い家屋で暮らしていた。


 ☽


 家に帰るつもりもなく、途方に暮れて町を彷徨っていた。以前までなら慣れた一人歩きも何故だか落ち着かず、気が付けば一年、ずっと誰かしらが隣にいたことを思い知らされる。偶々ほのかに灯る千本鳥居の近くを通りかかったので、少し潜ってみた。万と初めて出会った場所。……殺伐としたご時世、夜道を女一人で出歩くとは。そう言って万は僕の前に現れたんだったか。海岸では入佳に出会った。怪奇に襲われているところを助けた。祭りではうり姫と出会った。怪奇と戦っているところを助けて貰った。宝守神社ではゆきんこと、慰霊祭になれば寧丸と……。どの夜も、何処かしらに明かりの灯る綺麗な夜だった。だからたった今、鳥居を潜り抜けて真っ先に明かりのないところを目指した。ここは落ち着かなかったから。

 ……どのくらい歩いたのか分からないが、僕は真っ暗なあぜ道を提灯も持たず歩いていた。田園に反射する月明かりだけが静かに辺りを照らしていた。

「すみません……」

 後ろから声をかけられ振り返る。白無垢姿に、顔を綿帽子と自らの袖で隠した変な女。経験上、こういう怪しい奴は大体怪奇……。いつもの慣れた調子で僕は、癖みたいに刀を抜こうとした。


 ——僕はどうして戦っているんだったか。魔法少女だから?

 ——母の仇討ちのため……鬼に仇討ちを命じられたから……万に手を貸せば仇を知れると思った。戦っていればいずれ僕の前に仇が現れて、僕は役目を全うするものかと思っていた。けれどその仇は——。


 僕が戦うのはなんの為だろう。それはとっくになんの意味も持たないと気がつき、刀を抜こうとする手は止んだ。白無垢の女はやがて袖を退かすと、歯の真っ黒な大口を開けて笑いながら迫ってくる。目や鼻のないのっぺらぼうの様な姿だった。

「——えいっ」

 僕らの間に立ち塞がった小さな人影が、打ち出の小槌をひと振りし手前に大きな赤べこを作った。怪奇はただ驚かせたかっただけなのだろう。赤べこに道を塞がれると諦めて夜闇に消えていった。僕はたった今現れた小さな人影を見下ろした。振り返った少女の水縹の髪が揺れて、前髪で隠れていた青い片目と目が合う。

「……ゆきんこか」


 ☽


 ゆきんこに連れられて着いたのは宝守神社だった。ゆきんこはそのまま神社の裏手に回って、木にぶら下がるふらここの紐を握った。彼女のお気に入りらしい。

 ふらここに座ったゆきんこが、ちらちらとこちらの様子を窺ってくる。何がしたいのかよく分からずしばらく眺めていると、身体を揺すってふらここを動かし始めた。ようやく背中を押して欲しいのだと気がついて、僕はゆきんこの肩を軽く押した。ふらここは前後に揺れ、ゆきんこは満足そうに足を動かしている。

「……泣かせて悪かった」

「ゆきんこも、困らせてごめんなさい」

 ゆきんこはふらここに揺られながら、こっちを振り向いて謝罪した。ゆきんこが謝る必要はなかったと思うが。

「みんなはどうした」

「入佳はたぶん、うり姫といっしょ。寧丸はゆきんこと神社に帰ったあと、疲れて寝ちゃった。けど、ゆきんこは寝付けなくて」

「探しにきたのか?」

 ゆきんこは僕を見ながら頷く。そしてまた前を向いた。

「……成は、水子なの?」

 少し驚いてゆきんこの肩を押す手が止まった。行き場を失くした両手はゆきんこの肩を捕まえ、ゆきんこは再び僕の方を振り向いた。

「何故それを?」

「成からは神社のおにんぎょと同じ匂いがするから」

 宝守神社は水子供養の神社だから、あそこに並べられた人形達に水子の魂が入っているのはもう知っている。が、ニオイってなんだ。水子はニオイがあるのだろうか。生乾きの臭い……ではないだろうな。

「確かに水子だか、それがなんだ」

「ゆきんこ知ってる。水子は賽の河原に居る子供。成はどうして現世にいるの?」

 ゆきんこに首を傾げられ、気にするようなことでもないだろうと思いつつ、特に隠す必要もないので打ち明けた。寧丸から変な団子を貰ったこと。菩薩から黄泉の子と言われたこと、変な空間に迷い込んだこと……。

「成が食べたお団子、もしかして黄泉竈食?」

「よもつ……なんだそれ」

「食べると黄泉の国の住民になるの。住民以外が食べると危険だからって、寧丸、よく持ち帰って捨ててる」

 ふらここから飛び降りて、ゆきんこは何処かに立ち去ろうとした。見送ろうとすると、立ち止まってチラチラと振り向いてきたので着いていくことにした。たどり着いたのは小さな蔵だった。

「入ったことバレると寧丸に怒られちゃうから、ないしょ」

 指切りげんまんを求められ、小指を絡めた。蔵を開くと、早速中から飛び出してきたのは怪奇だった。

「ぴゃ!」

 ゆきんこの小さな悲鳴が聞こえ、かと思うとゆきんこは素早く僕の背後に隠れていた。怪奇はゆきんこを狙っている。

「ゆきんこは下がって——」

 刀を抜こうとした。そこへ、一足先にゆきんこが魔法少女に変身し、怪奇に向かって飛びかかった。攻撃を避け、壁を走り、打ち出の小槌をひと振りすれば玩具を召喚して攻撃を防ぐ。そして——打ち出の小槌を思いきり振り落として怪奇を叩く。怪奇は塵になって消えた。

「成。悩んでる時は、無理しちゃだめ」

「……ありがとう」

 先程刀を抜けなかったところを見て気遣ってくれているのだろう。けれど今は、今の騒ぎで寧丸が起きてこないかが気がかりだ……。

「成。お団子これ?」

 ゆきんこは包袋にたんまり入った団子を持ってきて僕に見せてきた。それはあの日食べた団子を確かに思い出させた。

「間違いはない」

「寧丸はお団子が好きで、黄泉の子によく作ってあげてる。お仕事で寄るからって」

「賽の河原では鬼をしていた」

 ゆきんこが頷き返す。

「でも最近は、あの世のお仕事あんまりしてない。現世に帰って来づらくなるって」

「そうなのか?」

「冥界と現世は時間の流れが違う。冥界に長居してたら、現世ではあっという間に年月が経つの」

「詳しいんだな……」

「寧丸がお勉強会してくれるの。冥界の時間は早いけど、賽の河原にいる子供の歳は変わらない、とか。……なら、成はどうしてゆきんこより大きいの?」

 ゆきんこがまた首を傾げた。僕に訊かれても分からない。賽の河原にいた頃は背が高くなることもなかったし、あのおかしな空間を通ってから気がつけば十三歳になっていた訳だから……もし原因があるとするなら、あの空間が関係しているのだろうか。

「僕が通った空間は何か関係しているのか?」

「成はすごく珍しいし、謎空間も聞いたことないから……多分そう。成は変な空間を十三年間歩いてた、とか?」

 あの世とこの世の時間が違うなら納得がいく。たった数分歩いていただけのつもりでも、現世では十三年の月日が流れていたのかもしれない。

「ならあの空間はなんだったんだ?」

「ゆきんこも分からない……でも、どうして寧丸は水子の成に黄泉竈食をあげたのかな」

 黄泉竈食を食べると黄泉の国の住民になる。つまり黄泉の国から出られなくなると、ゆきんこから追加で教わった。けれど水子は親不孝の罪により、黄泉の国へはおろか、菩薩がいなければ極楽浄土へ行くことすら出来ないんだとか。

「つまり成は、黄泉竈食を食べてから黄泉の国にも、極楽浄土にも、賽の河原にも居られなくなっちゃった」

「まさか、僕だけ極楽浄土へ行けなかったのは黄泉竈食が原因か?」

「でも成は賽の河原にも戻れなかった。だから、変な空間に来ちゃった?」

「寧丸はそれが狙いだったのか?なら、あの空間の役目はなんだ。なんの目的もなくあそこに飛ばす真似はしないだろう」

「成。あそこから現世に来たんだよね。普通あの世へ行っちゃった人は蘇りできない。もしかしたらあの空間は、寧丸が成のために用意した裏道……?」

「僕を賽の河原から蘇らせるためか?」

 そこまで考察すると、遂にゆきんこは「くらくら……」と頭を回し始めた。そろそろ頭が限界なのだろう。難しい言葉は苦手なはずだ。

「なぜそこまで勉強している?」

「ゆきんこ、将来福の神になるの。座敷わらしは大人になったらみんな福の神なんだって、寧丸が」

「怪奇が神になれるのか?」

「寧丸言ってた。怪奇も人も、誰かに望まれたらみんな神様になれるって。ゆきんこは福の神になるよう願われてるから、将来は福の神」

 ゆきんこが福の神……色んな遊びを教えてくれそうだな、と思った。ゆきんこはそんな僕にまた話を振る。

「成の将来は?」

「……巫女だ」

「寧丸とお揃い?」

「そうだな」

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