捌ノ参夜 しだり尾の
どうすればいいかと万に訊ねる。寧丸と酒呑童子は僕らを置き去りにして、互いに殴り合いを始めている。
「二人は昔からこういう仲でのう。酒呑童子は何かと言って寧丸を戦わせたがるんじゃ。止めるには仲裁に入るしかないのう」
「仲裁って……」
こうして話している間にも、寧丸は酒呑童子から一歩距離を離して魔法少女に変身する。僕も戦うしかないのだろう。と、胸元の変身道具に手をかける。入佳の背後にいたゆきんこもいつの間にか近くまで来て、「ゆきんこも手伝う」と名乗り出た。続けて入佳も腰元の容れ物に触れる。
「二人を仲直りさせましょう?」
四人の手元が眩く発光し、辺りを包んだ。僕は刀を鞘に収め、入佳は和傘で身を隠す。うり姫は花と戯れ、ゆきんこが手まりを叩けば、みなの装いは豪華な衣装に早変わりする。
その一部始終に酒呑童子は気を取られ、目を丸めた。
「どしたの?急にお洒落して」
「僕らは魔法少女だ」
酒呑童子は更に目を開いて魔法少女?と五人それぞれを一瞥する。寧丸が補足し「妖術師ってとこかな」と言い換えれば、納得した様子で目を細めた。
「なるほど。ねーまる以外も戦えるんだ」
入佳の方へ酒呑童子が襲撃する。僕は咄嗟に鈴を大きく鳴らし、童子の動きを止めた。彼女の前に接近し刀を振るう。そのとき丁度鈴の効果が切れた。振るい落した刀は彼女の手に受け止められ、止まる。今度は寧丸が酒呑童子の背後にまわり拳を向かわせるが、刃を掴む手は童子の背後へ引っ張られ、僕の身体は寧丸の前に差し出された。
驚いた寧丸の瞳に光が消えるのが見えた一瞬、頬に固いものが当たる触感の後、身体は後方へ飛ばされた。
「成ッ」
喉を引き裂かんばかりの寧丸の声。しかし僕に気を取られてか、寧丸は童子の腹蹴りをくらい、弾かれてしまう。
が、寧丸の身体は万に支えられた。万は寧丸の肩を持ったまま酒呑童子と目を合わせている。
「喧嘩は大目に見ていたが……少々おいたが過ぎるのう。——成を殴ったな?」
どうやら、童子を見る万の目は笑っていない。「いや、あれは」と酒呑童子も何か弁明しようと慌てだす。
「なんじゃ?直接殴ったわけではないと言い訳する気かのう?それとも、実の友人に責任転嫁するか?」
万が怒っている理由が明らかになって、ようやく頬の痛みが伝わってきた。先程の衝撃で切った口腔から真っ赤な花弁が散った。ふと、軽い足音が目の前まで駆け寄ってくるのが聞こえ、顔を上げればゆきんこが顔を覗き込んでいた。しゃがんだ彼女の小さな手が頬に触れると、段々と痛みは癒え、口内の傷もなくなった。
「……ありがとう」
僕が起き上がってもゆきんこは未だ傍にいる。心配もあるだろうが、今は人の影に隠れていたいのだろう。酒呑童子から見えないよう、僕の後ろに身を潜めてしまった。
一方で、万は手前に向けて指の先を伸ばす。「浮世成句」と唱えれば、酒呑童子は「何?」と首を傾げる。
「ワシも合言葉が必要なんじゃ」
万はまた笑顔に戻り酒呑童子に笑いかければ、今度は寧丸の方を見た。
「寧丸よ。初めて酒呑童子に勝つ一騎当千の機会じゃぞ」
寧丸が万から離れた後のこと、彼女はひと呼吸置いて瞳に鬼火を灯す。辺りは瘴気が立ち込めた。
「すご。威厳のまるで無かったねーまるの妖力が……」
「二人してうっさい!」
「彩り百花繚乱!」
寧丸の怒る声の直後に重なって、入佳の明るい声色と沢山の破裂音が会場を埋め尽くす。入佳の周りには色・大きさ様々な花火が打ち上がり、一種の絵画みたいな光景が鮮やかに咲き乱れていた。
それに導かれたのか、会場の扉が開かれたかと思うと、数多くの怪奇が一斉に入佳の元へ集まってくる。
「怪奇さん。あたしと一緒に、仲直りのお手伝いをして欲しいの」
集った怪奇はそれぞれに、僕らを守りに来るものや酒呑童子へ飛びかかるもの、個人なりの方法で相手の足止めを始めた。
「入佳の必殺技は、妖力の低い怪奇を味方につける魔法じゃ。会場近くにいた怪奇が音を聴いて寄ってきたのじゃろ」
味方につけるといっても、入佳の思う通りには動いてくれないのだろう。入佳は怪奇の行動にやや慌てている。
「あら?待って怪奇さん、寧丸さんのお友達を攻撃して欲しいわけじゃなくて……」
酒呑童子は怪奇の群衆をものともせずに、襲いかかってくる群れをなぎ倒そうと金棒を振るった。
今度はゆきんこが僕の影から立ち上がり、小槌を降って声を上げた。
「福福御霊!」
振るわれた金棒が怪奇に当たることはなく、怪奇の身体は透けて通り過ぎる。酒呑童子はやむを得ず敵襲を避けた。その隙に僕は刀を振り上げ、童子へ斬りかかる。彼女も武器を振るって牽制するが、どうやっても僕の身体は金棒をすり抜けて攻撃が入らない。
「つまり、ゆきんこちゃんの必殺技は、相手の攻撃を無効化するってコト?」酒呑童子が訊く。
「そういうことだな」
けれど、効果は無限じゃない。そろそろ効力が切れそうになったのを見計らって、金棒を刀で受け止めた。
「へえ、そんじゃ、次は誰の番?」
酒呑童子は僕を置いて飛び上がる。その先には必殺技を唱えようとしたうり姫が、間一髪で奇襲を防いでいた。
「無間夢幻之摂理」
うり姫は動じず、静かに唱え直す。天からみるみる雨が降ったかと思えば、酒呑童子は慌てて避けようとして、随分手遅れだったと知り大人しく濡れた。偶々、雨水が舌に触れたようだ。
「……甘い」酒呑童子は首を傾げつつ口元を舐める。そこへ、うり姫も首を傾げた。
「甘露のつもりはない」
「じゃあ何これ」
「鬼のみよく酔える強い神酒」
酒呑童子が咳き込むのと同時、危険を感じた寧丸が入佳の番傘へ避難する。
「あーしを酔わせて勝とうなんて……鬼に横道はないのに!」酒呑童子がうり姫を睨む。
「ただ、そなたは酒好きと聞いて……」
「今じゃないっしょ!」
その一言には同意見だ。けれど、酒呑童子がなんと言おうが、彼女の顔は赤く火照り、瞼は抗う間もなく落ちてきている。
我慢ならず、酒呑童子は再びうり姫へ襲いかかった。けれどその攻撃を受け止めたのは寧丸だ。
「そんなん言ったらアンタだって、断り入れず喧嘩ふっかけて来たっしょ」
雨は既に止んでいた。寧丸はまた拳を振るい、酒呑童子が避ける。
「月に叢雲鳴神恋衣」
寧丸が静かに言葉を並べれば、寧丸の周囲には長いあやめ色の数珠が広々と漂い、数珠の不規則な間隔には、金箔の模様がついた鞠が下げられていた。やがて数珠は寧丸の舞に合わせ、操られ、酒呑童子へ襲撃する。
酒呑童子は数珠を掻い潜り、寧丸に近づこうとするも、寧丸の召喚した市松人形はそれを許さない。そうしているうち、酒呑童子はみるみる酔って、遂には数珠が誤って絡みつく。「成!今!」寧丸が僕を見た。
「——鈴鳴・月華閃斬」
光を放った刀は僕の手を離れ、長く伸びて形を変える。それはたちまち大きく、巨大な神獣の形へ変化する。やがて刀は龍となった。背後の龍は横から顔を出して、僕の目線の先を同じく見据える。その先にいる酒呑童子に龍は飛びかかった。うねる鱗は視界の端で疾風迅雷の如く通り過ぎ、鋭利な牙が酒呑童子を襲う。しかし、今回は怪奇を倒す必要などなく、龍は寸のところで動きを止めた。
酒呑童子はすっかり青ざめ、龍が消えて刀に戻ったあともしばらくは空を見て硬直していた。
「何今の……」ようやく出た彼女の声はか細い。
「成の刀は魔除けのこもった妖刀での。鈴鳴・月華閃斬はそのまじないを具現化し、忠実な神獣を顕現させるんじゃ。成が望めば家事も手伝ってくれるぞ。
……さて。勝負はついたかの」
見下ろして、近寄ってくる万を睨みつけ、唇を噛む。やがて酒呑童子は万に金棒を振った。
「っまだついてない!」
万は相変わらず飄々とした笑みで、童子の振るった金棒を片手で受け止める。
「負けず嫌いじゃのう」
彼女は負けじと金棒を振り回し続け、万はその動きを先読みし、次々かわし、又受け止める。
「そもそも必殺技って何さ!魔法少女だって、全然ねーまるの妖力じゃないし。人の力を借りて勝とうなんてズルいっしょ!」
「そうかのう?一人で勝つのも立派な才能じゃが、仲間と協力して勝つことも絆や信頼、連携があってこそじゃ。それと、確かに魔法少女にしたのはワシじゃが、それを使いこなせるかはこやつらの腕次第。つまりこやつらは、こやつらなりに正々堂々と戦っておる」
人差し指が横から来る金棒を軽くつつく。金棒が勢いつけて弾かれ、酒呑童子は体勢を崩す。
「もとより、おぬしは何十年都で悪事を働いた鬼の頭領。その強大な力ならば、六人相手でも太刀打ちできるであろう」
「……今日はほんとにツイてない」
辺りは瘴気が立ち込め、鬼火が会場を包む。酒呑童子の角にも同じく赤い鬼火が灯り、金棒も稲妻を纏う。
「ねーまるのダチだからちょっとは加減してたけど……殺す気で行って良さそ?」
……万は煽りすぎだ。怒らせてどうする。……そんな文句を考えたところで、この状態では手遅れだろう。
「みなのもの。集合技は覚えておるな」
万は決め技とやらを打たせたいらしい。他の魔法少女らもそれに応え、それぞれの道具を構えている。
「成さんも早く!」入佳の明るい声がした。
入佳の番傘、うり姫の枝扇、ゆきんこの打出の小槌、寧丸のでんでん太鼓……その真ん中に僕の刀を構えれば、それらの先端は酒呑童子へ向かって一点に集中する。目配せせずとも、誰かが合図せずとも、息は揃った。
「万丈廻談!」
黄金の空が頭上に現れ、金色の雲間から巨大な梵鐘が降り注ぐ。それは激しい閃光と共に酒呑童子へ直撃する。間一髪、童子の金棒がそれを受け止めるが、大鐘はみるみる押し返し、彼女の武器はあっという間に砕け散った——。
☽
会場はひどく荒れ果て、合体技が終わった頃には酒呑童子もいなくなっていた。「お友達さんは?」入佳が訊ねる。
「さっきの技で地獄に戻ったんだろうけど……アイツのことだし、すぐ戻って来るっしょ」
寧丸は呆れた様な、少し疲れた様な顔で息を吐く。ゆきんこもその隣で座り込み、ぼうっと目を瞑っていた。
「……勝ったのか」
「よい活躍じゃったぞ。刀の名に鬼切丸でも追加せんか」
もういいだろうと口に出しかけたのを遮って、ゆきんこが座ったまま万歳し、「おにぎり!」と聞き間違えた。しかし、それを聞いた万が面白がる。
「前言撤回じゃ。そやつの名はヤマタノ蜘蛛斬り野菜おにぎりじゃ」
「……勝手にしろ」
☽
『お菊へ。
寒さは和らいだと思ったのに、今日はまだ窓を開けるのが躊躇った。今朝方春真っ盛りを勘違いしおった夢見鳥が、庭で一匹舞っておったぞ。烏夜国の寒暖差に、成はくしゃみをしていたな。
しかし心配せずとも、成は元気じゃ。
今日も入佳に誘われて遊ぶ約束を取っておる。前の桜並木がまた見頃を迎えたらしくての。今度は六人で行くことになった。
成の周りも随分と賑やかになったのう。心優しい入佳も、懐っこいうり姫も、遊び好きのゆきんこも、面倒見の良い寧丸も……本当に成は良い友達を持った。
そっちはどうじゃ。どんな所か。仲の良い友人はできたかの。おぬしのことじゃから、友達作りに苦労とは想像つかんが。
のう、お菊。ワシがしようとすることを知れば、流石のおぬしも怒るかの?
じゃがワシの時間も有限だった。その有限の中で、ワシは何回有限を忘れていたことか。
成の役目を、いつか終わらせねばと』




