捌ノ壱夜 あしびきの
『冬が濃くなりおって、雪もしょっちゅう降るようになった。おぬしが生前可愛がっておった雪椿も、頭に山が積まれて重たそうにしておったぞ。勿論、退かしておいた。
なかなか会いに行けなくて申し訳ないのう。何度も言うが、おぬしの墓がある家には今や成が住んでおる。ワシが庭の片隅で頻繁にしゃがんでいれば、成に訝しがられてしまうじゃろう?じゃが、心配は無用。おぬしのことは一時も忘れたことはない。
最近はあの世話好きの鬼が魔法少女になったぞ。成の為だと言って自主的に協力してくれた。心強い味方が増えればワシも安心じゃよ。
成なら元気にしておるぞ。みなで温泉旅行に行ったのじゃが、成が初めて笑いおったのじゃ。赤子をあやして、初めて笑顔を見た父親もみな、ああいった気持ちだったのかのう。
……また長々話してしもうた。次期、話に戻ってくる。
またの。お菊』
目の前にはみっつ重ねられた積み石が庭の片隅でひっそりあった。手前を掘るとつい先月埋めたばかりの手紙が土の隙間から覗いている。そこへ、また一枚手紙を埋めるのだった。
☽
だいだらぼっち、という名の怪奇は、丸い頭を海面から大きく突き出して、その半身で上弦を隠していた。「みんな、行きましょう!」と入佳のかけ声に僕の刀は真っ直ぐ突進する。その間、背後を着いてくる入佳が和傘を振り、襲いかかってくる蛸の触手を花火が払う。寧丸の破魔矢が僕の横を通り越して、怪奇に刺さって牽制した。そこへ、近くまで辿り着いた刀が斜めに大きく斬り捨てる。ゆきんこは振った小槌から大きな奴凧を浮遊させ、空から落ちてくる僕を受け止めた。怪奇が弱ったのを確認すると、頭上で待機するうり姫に目配せした。うり姫の詠唱に、金魚の群れが応えて怪奇の周りを漂い始めれば、たちまち淡い光が怪奇を包み、やがて天に昇る光の粒子になって消えた。しばらくして、地上で始終を眺めていた万が「見事じゃ」と手を打つ。
「すっかり息も合っておる。そろそろ華を加えてみるのも良いのではないか」
「華って?」万の隣に立つ寧丸が首を傾げる。
「怪奇退治における魔法少女の切り札。会心の一撃。——即ち必殺技じゃ。格好良いじゃろ?」
「妖力って、自力でどうこう出来るものなのか?」
「そこはほれ、どうこう出来る魔法少女が一人おるじゃろ」
万の言葉につられて、全員の視線が寧丸に集中した。「ウチ?」と寧丸が叫ぶ。
寧丸は狸との戦いで妖力を強化する魔法を扱った。そのことが万の目に止まったのだろう。
「そう嫌がるでない。おぬしに負担を丸投げすることはせん。今後はワシも退治に協力する、という訳じゃ」
「万が?」と、今度は目を丸める。万はうむうむと首を振った。
「妖力は封印しているんじゃなかったか」
「封じておらぬ力もあったはずじゃ。あれこれ封じて、やはり荷が重いと、後々はち切れてしまっては堪らん。
その妖力の一つこそ、おぬしらがよく知る力じゃ」
「藤の森で聞いたわ!神様が宿っている御守から力を借りて、御守を魔法の道具に替えるのでしょう?」
「そうじゃ。が、ワシが出来るのは精々媒体を作るまで。そこで寧丸の強化魔法じゃ」
そこまで言い終えたところで、入佳の近くでゆきんこの「くらくら……」という声が聞こえてきた。難しい言葉が出てきて目を回しているのだろう。
「ここからは簡単に説明するかのう。
——まず、ワシが寧丸の妖力を作り替える。すると、寧丸の妖力はワシの妖力が通る器になる。その状態で寧丸が魔法を使うと、ワシの妖力と寧丸の妖力が合体して、おぬしらの魔法道具が強化される。するとおぬしらは、どっかーん!と、強力な新技が使える訳じゃな」
「なんだか楽しそうね!」入佳は抑揚をつけ、寧丸は「不満は無いけど」と納得している。
戦術が増えることは楽しい……のだろうか。
「が、ひとつ問題があってのう。あまり強大な力を使うとなると、ワシの妖力が自ら力を封じようとしおってな。おぬしらが必殺技を使うには、一々合言葉を言わねばならぬのじゃ」
「つまりは何だ?」
「みなで決め台詞を考えんか」
☽
「おにぎり……ほかほか……?」
ゆきんこはお気に入りの単語を羅列しながら、先程から難しい顔で首を傾げている。万の一言で唐突に始まった台詞決め討議から数分、まずゆきんこが入佳の技名を考えたいというので、早速付き合っているところだ。けれど、このまま行くと入佳の技名におにぎりが浸透しそうなほど、同じ単語が繰り返されている。
見かねた寧丸が彼女の正面にしゃがみ、顔を覗き込む。
「じゃーさ、入佳が好きなものを入れてみたら?入佳は何をあげたら喜びそうかな」
寧丸が助言するのをじっと見つめていたゆきんこは、しばらくして入佳の顔を見あげた。彼女が聞きたいことを入佳は容易く察して、軽く首を傾け、笑顔で返す。「あたしは花火が好きよ」
「花火。色いっぱい……きらきら」
ゆきんこはまだ悩んでいた。けれど明らかに、顔色には熱が入り、先程より意気込んでいるのが分かる。
「時に夜空に咲く大輪は、百花繚乱と喩えられることがある」
「ひゃっかりょーらん?」うり姫の言葉に首を傾げた。「綺麗なお花がいっぱい咲いていることよ」と入佳が教えると、ゆきんこはみるみる目を輝かせ、「入佳にぴったり」と喜ぶ。「それにする?」寧丸が訊ねると、ゆきんこは首を縦に振った。
「じゃ、今度はウチがゆきんこの技名考えたげる」
「余は日ノ出成の術名を考えよう」
「いや、僕は自分で……」
「そう言って、おぬしは保留にするか適当な名でも付ける気でいよう。うり姫に任せて貰ったらどうじゃ?」
そんなことない……と反論しようとしたが、言い返す言葉は見つからなかった。それに、うり姫は早く考えたくて堪らない、というような顔つきで見つめてくる。
「何を考えているんだ」
「余は成が持つ日輪の名が好きである。だから、夜明けを意味する名を与えたい」
「夜明け?」
「黎明……とか?」自分で言っておいて疑問符を付ける。多分どうかな、という確認の意味だろう。僕は勝手にしろと言った。
そうして数十分。寒さも限界に近づいてきた頃に、やっと僕らの台詞とやらが決まるのだった。全員の名前が決まってから第一声、寧丸が万に物申す。
「やっぱ、この台詞長くない?技っしょ?」
「なんじゃ。詩的で良いじゃろう」
「詰め込めば良いってもんじゃないの!」
寧丸の技名は万が考えたらしい。一方、ゆきんこは先程から放心状態の様な表情で、微風に乗るように身体を揺らし、その頬はほんのり火照っていた。寧丸がゆきんこに名付けた決め台詞の由来で、「ゆきんこが神社に来て、ウチは幸福だから」と言われて以降、ずっとあの調子だ。うり姫のは入佳が考え、大層満足した様子でいた。うり姫の場合、適当な名前でも喜びそうだけど。
「で、この後はどうするんだ?」
「大舟に乗ったつもりで居よ。後のことはワシに任せておけ」
大舟も何も、特に初めから心配はない。
☽
『寒さは段々と和らぎ、庭木の枝に小ぶりの蕾が膨らみつつあった。早咲きの桜じゃ。春も近づいてきたのう。この間成と再会できたばかりと思っておったのに、もう時期一年になるとは、早いものじゃの。
成は相変わらず元気じゃ。以前文に送った必殺技についても、最近はすっかり慣れたそうでな。決め台詞も板に付いてきた頃じゃ。
今日はいつもの六人で歌舞伎を観に行く予定でな。先日、入佳から面白そうな歌舞伎があると誘われて、ゆきんこやうり姫が大いにはしゃぎおってのう。急遽予約を取ってみなで行くことになった。必ず土産を持って帰るから、楽しみに待っておれ
……またの。お菊』
合わせた手の中で、折り畳まれた手紙が温くなっていた。また話しすぎてしまった。あまり時間がないので慌てて両手で土を掘ると、前送った手紙は変わらずそこにあった。新しい紙を添えて、土を被せれば、掘った痕跡でこんもりと小さな山が出来上がった。丁度、後ろから成の呼ぶ声がかかった。
「何してる?」
「庭の手入れじゃ」
何故と聞かれたら頼まれたことにしようと決めていた。が、成は変わらぬ態度で「遅刻するぞ」と催促した。
「今しがた、終わったところじゃよ」




