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漆ノ伍夜 約束

うり姫がまた大量の玩具を床に広げているのを見て、「また買ったのか」と声に出た。万の泣き顔が目に浮かんでくるようだった。けれど今回は土産を買っていないと言う。

「全てゆきんこから貰った」

「ゆきんこから?」

 呼ばれるのを待っていたのか、ゆきんこは魔法少女の姿にめかして部屋へ入ってきた。その手に握った打出の小槌を振ると、中から沢山の玩具が落ちてきた。こま、福笑い、でんでん太鼓…………。

「遊び用の玩具ではないだろ」

 そこへ、化粧を直し終わった寧丸が慌てた様子で戻ってきた。

「ねえ、ウチのでんでん太鼓知らない?」

 この小槌は人の形見まで取り出せるらしい。怪奇の退治中には起こらないで欲しい。

「寧丸。ここにあるよ」

 ゆきんこから受け取るなり寧丸は「こんなところに置いたっけ?」と首を傾げていた。

「まあいいや。あんがと」

 頭を撫でられてもゆきんこは少し後ろめたそうに目を逸らしていた。

 が、しかし、寧丸が再び部屋を留守にした途端、ゆきんこは背中に隠した打出の小槌をそろりと握り直した。懲りている様子はなく、また振った。

「またでんでん太鼓がない!?」と遠くから寧丸の声が聞こえ、ゆきんこの顔が青ざめるのだった。

 丁度、襖が音を立てて開き、ゆきんこは肩を跳ね上げて振り返らないようにしていた。けれど襖を開けたのは万だ。

「おぬしら、もう出かける準備はできたかの」

 万の開けた襖の隙間から入佳も顔を覗かせた。二人とも準備は済んでいるようだった。

「今日はあたし達でお弁当を作ってみたのよ。みんなで食べましょう?」

「弁当を?」

「ゆきんこはだし巻きたまご作った」

 ゆきんこが袖口を引きながら僕の目を見上げてきた。単純な報告だろうと思い「そうか」と頷くと、衝撃を食らったように突然涙目になった。——なにか良くない返事をしただろうか。

「子供心がわかっとらんなあ。成」

「なんなんだ一体!?」

 万は面白おかしく笑っているだけで助けてくれそうにはない。代わりに入佳が教えてくれた。

「えっと……ゆきんこちゃんね、成さんにも褒めて欲しかったみたいなの」

「そうなのか?」

 再びゆきんこを見ると、しゃくり上げながら既に大粒の涙を流している……。

「ゆきんこ……だし巻き……っ」

「ご、ごめん。ありがとう」

 ゆきんこの涙がぴたりと止んだ。瞼の腫れた目で数秒見つめてくると、やがてホッと胸を撫で下ろしていた。


 泣き止んだゆきんこがどうしても今味見して欲しいというから、全員揃ってから少し食べることにした。味見で無くなってしまわないか心配したものの、僕の背丈を超えるほど高く重ねられた重箱が現れてから、寧ろここで半分くらい食べなければ身の危険が迫ると思った。……半分も食べられるだろうか。

「多いな」

「でも、万さんが成さんは沢山食べるべきって言っていたわ」

「限度ってものがある」

「ゆきんこも食べるなら、このくらいで足りるっしょ」

 足りるってなんだ。

 そもそも、どうやってこの量をたった三人で完成させたのだろう。

「ゆきんこはどのくらい食べられるんだ?」

「十段」

「余は五段」

 ……案外二人だけでも食べきれそうだと思った。

「ゆきんこ、一段味見していい?」

「ええ。よく噛んで食べるのよ」

 ゆきんこは万に身体を持ち上げてもらい、うきうきしながら上段の重箱を手に取った。そして蓋を開け、バランと仕切りを丁寧に取り除くと、箸も使わず弁当箱を傾け——

 顔の面積が半分埋まるほど大きな口が開かれ、その穴にご飯が吸い込まれてしまった。

「こら!行儀悪いって前も言ったっしょ」

 今度は僕が狸に化かされているんじゃないかと疑いそうになった。

「お腹がすいていたのか?」

「ううん。味見」


 重箱や食器類の入った包袋を万が背負い、あとは手分けして皆で持つ。うり姫だけやけに荷物が多いのは、たんまり買った土産のせいだ。

「うり姫さん、少し持ちましょうか?」

「心配はいらない」

 宿を出るとすぐ階段に差しかかる。足元は見えているのか心配しても、うり姫は問題ないの一点張りだった。そんな様子にまた僕は気を取られていた。

「成。前見て歩きな」

 後ろからやってきた寧丸が手を繋ぐ。驚いて振り向くと寧丸の瞳と目が合う。すると寧丸も驚いたように目を丸め、慌てて繋いでいた手を引っ込めた。

「ごめん。ウチ、また……」

 無意識に親友を意識してしまったと思ったのだろう。けれど、以前と僕を見る目は変わっている気がした。それを下段にいた万が笑いながら見ていた。

「気にしすぎなんじゃなかろうか?」

「けど……」と寧丸が困った顔をする。

 けれど今回に限っては僕も万と同意見だった。

「おぬしは昔っから世話焼きじゃった。親友の面影がなくとも、同じように世話を焼いてる子がいるはずじゃろう?」

 その言葉に寧丸はゆきんこの方を見た。ゆきんこは何か用なのかと首を傾げているよう。

「……そっかな」

「入佳とうり姫もよく繋いでくるな。

 こういうのはあまり気にしてない」

「えっ、でもこの前は……」

 僕が階段で転びかけた時のことを言っているのだろう。確かにあの時は手を繋ぐのを断った覚えがある。

「あれは、繋ぐべきって言われたから」

「えっ、言ったっけ」

「会話の流れでそう聞こえることもあるじゃろうなあ」

 笑ってくる万に対し、「そうなの?」としばらく顔をしかめていた寧丸は、やがて僕の方を向くと柔らかい表情で……

「じゃ、改めて。繋いでもいい?」

「構わないけど……」

 寧丸は優しく微笑んで僕の手を引き、階段を下っていく。僕もその手に連れられて降りようとすると、寧丸が段差を踏み外して滑り落ちていった。

「寧丸!?」

 もう片手で掴まれるものを探し、縋る思いで握りしめたのは細い葉柄だった。当然葉柄は力に耐えきれず、根元から切れて僕も一緒に滑り落ちていく。入佳が心配して叫ぶ声がみるみる遠ざかった。

「これまた大惨事じゃのう」

 万が呑気にしていたのは、最下段まで落ちた僕らが大した怪我もなく起き上がったから。

「ほれ。痛いところはあるか?」

 万が最下段まで降りてきて、他の全員も後から追いついてくる。落ちた張本人は「ごめん成!大丈夫だった!?」と周りよりよっぽど心配していた。実際、雪が積もっていたお陰で痛みはほとんどなかった。けれど、寧丸は僕の服に着いた汚れを必死に取り払おうとする。

「ふふっ」

 寧丸のあれだけ慌てていた手が止まった。寧丸は僕の方を見て信じられないものを聞いた様な顔をしている。

「……今、笑った?」

「悪かったか?」

 すると寧丸は心配していたことなど吹き飛ばして万の方へ一目散に駆け出した。

「万!やばい!成が笑った!」

「嘘じゃろう!?何をしたら笑いおった!?」

 なぜ僕が笑っただけで騒がれるのだろう。

「成。余にも笑顔をひとつ」うり姫までこの調子だった。

 入佳とゆきんこはその様子に安堵して、二人して笑っている。騒がしいな……と思いながらも、嫌気のさす冬の寒さも今はどうでも良く、また冬になったらこの六人で来てもいいと思えた。その時はこうして同じ様に騒がしいことを想像したら、自然と込み上げてくるものがあった。

「あはははっ」

 全員が一斉にこちらを向いた。


 ☽


 寧丸が親友に家事全般を教え込むようになった原因はここからだった。少女の椿色の髪が良く似合う季節。寧丸が待つ家に来客がやってきた。少女は来客の腕に両手を巻いて、身を寄せ合うようにして微笑んでいる。独りぼっちで泣いていた赤ん坊の、これ以上はないほど幸せな笑顔。

「私、結婚することになったのよ!」

 弾けるような声に、いつの間に結婚なんて言うようになったのかと寧丸は気持ちをしみじみ噛み締めながら、幸せそうな二人の笑顔につられて頬を赤らめた。

「そっか」

 この子はどんな大人になっていくのだろう。子供は産むのだろうか。こうして将来を想像するのは親友というより親だな、と思うと寧丸は可笑しくなってしまうのだった。そうして親友の隣で同じ様に幸せ顔のお相手を見上げれば、彼は更に目を細めたのであった。この人なら彼女を大切にしてくれるだろう。寧丸は思った。

「じゃあその子、幸せにしてやりなよ。万。」

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