漆ノ肆夜 再回答
まず経緯を話そうと思う。そう言って成が食べられた出来事を見たまま話した。
「だからウチは宿にいた成を偽物だと思った。けど、多分あの時ウチが見た成が偽物で、アンタは本物だった。
化け狸は木の葉か何かを成の姿に変えて、ウチが本物の成を見て混乱するように、ワザと食べたフリをしたんじゃないかな」
「様子がおかしかったのはソレか」
疑問が拭えた、といった様子だった。疑われ、辛く当たられたことは気にもしていない。それが耐えられなかった。
「ごめん!」深々と頭を下げる。
「ウチは成を信じず、ずっと偽物扱いして酷いことまで言った。料理作ってくれたのにお礼も言わず、成の夢を否定した」
「そうなのか」
「そうなのかって……ウチは成を疑ったんだよ?」
再び顔を上げた時、成の表情は何も変わっていなかった。気にしていない。というのが一貫していた。
「食べられた方を本物だと思うのは、自然じゃないか?」成は当たり前、という風な顔をしていた。「どっちが本物か分からないなら、危機にある方を優先する」
正当化しようとしないで、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。成は本気で正当だと思って発言したんだろう。一度疑ったのに、二度も決めつけてはいけない。
「成はなんでウチを許せるの」
「?怒る理由がないから」
怒鳴った。睨んだ。殺そうとした。ここまでされておいて、それでも成は『怒る理由がない』。これが気遣うための言葉だったなら、ウチはまだ頭を下げていたものを。これ以上続けていたら、逆に成を困らせてしまいそうだった。
「……分かった。それじゃあ今から言う言葉は、独り言ってことで。——本当にごめん。成」
「……どう反応すればいいんだ?」
「なんも反応しなくていいよ」微笑んでみせると、困惑していた成の顔がほんのり和らぐ。
「それにしても、あの化け狸は何がしたかったんだ?」
成から話題を変え、難しそうな顔をして悩み始める。もうこの話を続けるつもりはないのだろう。
「ま。ウチが成に対して妙な感情抱いてるの察して、魔が差したとか大方そんな所っしょ」
「せいかーい」
足元から子供の声が聞こえ、腹鼓がしつこく鳴る。二人で同時にそっちを見ると、化け狸が面白おかしくウチらを見上げていた。憎たらしいクソ狸は、睨みつけると明らさまに目を逸らして、笑いながら太鼓の音を大きく鳴らした。途端に白煙が舞い上がり、視界一面を煙が覆う。
「こら!悪戯狸!」
変化した狸は今度は巨大な提灯お化けになっていた。
「デカいのに化けなきゃ虚勢張れないの?マジ卑怯者!意気地なし!」
「小さくてきこえな〜い」
「こんの……っ」
提灯の一つ目がウチを凝視し見下ろしていた。かと思えば隙を見て成の方に大きな口を開け——ぱくんと飲み込んだ。
「成!」
成が抵抗する間もなく食べられたまま、提灯お化けはウチを飛び越えて廊下の先を逃げ去っていく。「こっちまでおいで〜」と挑発しながら。
狸を追って細い廊下を駆け抜け、受付横の階段を上がる狸に着いていく。その先では無数の青白い布が波のように天井から垂れ下がり、奥には一面金箔でできた本殿に、極彩色の襖絵が並び、提灯お化けはその手前で立ち止まった。空間には色鮮やかな凧が大小様々に魚の形をして泳いでいる。雅やかな光の演出と、畳には大きな辰の絵。竜宮城を題材に作られたようだった。
袂に仕舞ってあった異国の時計のような、小さい金属の容れ物の蝶番を開くと、身体は鏡の中に閉じ込められた。全身は白い糸に縛られ、それを無理やり噛み切って鏡を叩き割った。長い髪は肩より上まで切られ、前髪は編み込まれ、縦巻きの髪が風になびいた。割れて地面に落ちた破片はやがて地面を流れる霧となり、上を真っ赤な椿が流れていく。そのうち一つを手に取ると、ぐしゃりと握り潰す。紅い液体が手の中から噴き出し、糸になってウチの身体を覆う。そして、それは魔法少女の装いへ変えていった。
魔法少女になれなかった理由がようやく分かった。ウチは成を守りたいと思いながら、それは結局成の顔に親友の面影を重ねていただけで、成自身を見ようとしなかった。ずっと乗り越えたと思い込んでいた親友の死は、未だにウチを縛り付けていたようだ。けれど、もう違う。
今度こそ、日ノ出成を助けに行こう。
「成を返せ!」
でんでん太鼓を振り回し、音が一度鳴るごとに人形が一体現れる。人形は破魔矢を槍代わりに提灯お化けに突進した。今度は両手で太鼓を回し、周囲に沢山の御札が現れ燃え盛る。それらはすばしっこく逃げ回る提灯お化け目がけ襲いかかった。それでも懲りず逃げるので今度は太鼓を片手で激しく叩く。
赤い鬼火が瞳に灯り、瘴気が辺りを漂う。提灯お化けが突然悶え始め、内側から斬り裂かれた提灯から成が飛び出す。成の片目には同じ鬼火が灯り、その瞳には日の出の模様があった。
「成!無事?」
「……前にも似たような事があったな」
「何?」
「羽々に食べられて、助けて貰った」
成の案外のんきな様子に少し気が抜ける。けれど、それは何だか安心できた。
「アンタって人は……」
提灯お化けの身体は使えなくなったのか、狸はまた別のものに化けようとしていた。そうはさせまいと成が駆け出す。妖刀の力は一切借りていないのに関わらず、距離は一瞬で縮まり、刀を振り上げた成の姿が天井から降ってくる鈴の雨と共に落ちてきた。成の刀が提灯お化けを斬る寸のところで、お化けは白煙をあげて狸の姿に戻った。畳の上で縮こまる狸を捉えた成は、振り下ろしかけた刀を空中で空振りさせた。狸は成の足元でひどく震えている。
「もう悪さはしないって誓えるか?」
狸は更に縮こまった。しない、という意味で受け取っていいだろう。成もそうしたみたいだった。
「寧丸。助かった、ありがとう」
「ウチは全然……」
振り返った成に手を振ると、階段の方から複数人の足音が近づいてきた。「——成さん!寧丸さん!」と入佳が一番乗りで駆けつけて、後から万やゆきんこ、うり姫様も追いついてきた。
「なんじゃ。月が赤くなっておったからビックリしたぞ」
万は胸を撫で下ろす。赤い月を見てここへ来たというが、ウチらがさっき戦ったのは化け狸で、前だって狸がいて月が赤くなった試しはない。悩んでいると、月が指し示すのはウチと成だとうり姫様は言った。「寧丸、魔法少女になったの?」続けてそう聞いてきた。
「なるほどのう。おぬしは自身や仲間の妖力を底上げできるようじゃ」
「心強いわ!これからよろしくね」と入佳が手を合わせると隣にいたゆきんこも「寧丸、すごい」と拍手を送ってくる。祝ってくれるのは有難かったし、魔法少女になれたのも嬉しい気持ちはあった。……けれど、ウチは金属の容れ物を万に手渡した。
「ありがとう。でも、いいや」
万の瞳が僅かに丸くなる。周りの笑顔も消えてしまった。
「万。ウチは成の首に手をかけた。どんな理由であれ、大事な人を疑って殺そうとしたんだ。ウチには成を守る資格はない。だからこれは返す」
「……——だそうじゃ。成よ」
万は笑いながら成の方に視線を移した。何故か悪戯な気持ちを含んでいるように見えた。
「絞められた覚えはない」
「——と言っておる」またウチに視線を戻してきた。なんでこんなにも呑気な返答なんだ。
「……分かってんの?ウチは成に手を出したんだよ?」
「成が許しておる」
「だからってアンタはいいの?そんな考えならウチが許さない」
「寧丸よ」万は優しく宥めるような声で微笑む。どうして成が危険に晒されたと知ってそんな顔ができるのか、訳が分からなかった。
「ワシも成も、おぬしに一緒に戦って欲しいと望んでおる。果たしてそれに、資格の有無は関係あるかのう?」
「関係なくても、ウチがウチを許してない」
「はて?何がそんなに許せんのか」
「だから、ウチは成を傷つけて——!」
「堂々巡りじゃのう。怒れば気が済むか?」万は笑ったままウチの胸ぐらを掴み、思いきり引き寄せた。上に身体が持ち上げられ、つま先が何とか地面に着いている。一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「成が怒る時によくやる癖じゃ。
どうじゃ?成の代わりに叱っておいたぞ?」
手を離した後も万はにこやかだった。やっぱり意味が分からない。
「寧丸」うり姫が肩を叩く。「己を責めてばかりいては前へ進めない。寧丸は親友の子を前にして、立ち止まってしまう?」
そんなの……と言いかけたところで今度は万の手が肩を叩く。「ほれ」万の愉快な声が響いた。
「今日は最終日じゃ。とことん遊びに行くぞ」
「ねえ、また枕投げをしましょう?」
「枕投げ!」ゆきんこが万歳の姿勢でうんと手を伸ばす。
「その前に土産を買いたい」
「う、うり姫……ワシの財布がそろそろ痛いのじゃが……」
各々が階段を降りていく。成もそれに着いていこうとして足を止めた。ウチがまだ立ち止まっていることに気がつき、振り返る。「寧丸?行くぞ」
何も変わっていないはずの成が、新しく生まれ変わったように見えた。成の顔にはもう、親友の顔はない。なんだか少し、心が軽くなった気がした。
「……今行く」




