陸ノ弐夜 見しやそれとも
万は僕に金属の容れ物を渡した。もう見慣れた、魔法少女に変身するための装飾品で、これは寧丸の分だという。前にゆきんこの時も思ったが、付喪神が憑いたものがなくても型だけなら作れるそうだ。
「あやつにどやされると怖いからのう。代わりに渡してきてくれぬか?」
「万にも怖いものがあるんだな」
「あやつは怒らせると金棒を振り回してくるくらいには怖い。実際に振られたことはないがのう」
過去に仕出かしたのかと予想したが、万のことだと考えると心当たりしかない。
今度こそ万が金棒を振り回されて落ち込まれる方が後々面倒くさそうなので、承諾した。
「——ということで、万がこれを渡してこいって」
「また人任せな……。
これを持ってれば魔法少女になれんの?」
万への呆れで額に手をやりながら、僕から渡されたそれをまじまじと眺めている。
「いや、付喪神が憑いてるものが必要らしい」
「付喪神か……百年経っていれば十分かな。ちょっと待ってな」
寧丸は神社の蔵に戻っていき、しばらくすると携帯用の小さな太鼓を持ってきた。少し前の話が頭をよぎる。
「金棒じゃないのか」
「あれに神様なんていないよ。あれは鬼が鬼の威厳を見せたいだけの虚飾。そんなものよりウチは、このでんでん太鼓の方がよっぽど大事にしてるし」
「でんでん太鼓……?」
「親友の形見だよ」そう言いながら僕に触らせてくれようとする。
受け取ろうとした手が一瞬躊躇った。恐る恐る握ってみるとほっそりした木の棒は簡単に手の中に包まれる。太鼓の両脇にぶら下がった玉にちょっとした好奇心が湧いて、軽く左右に振ってみた。それを寧丸が目を丸くして見ているのを知った。
「ダメだったか……?」
「あ、ううん。遊び方が違うかな」
寧丸は僕のもう片手を捕まえて「こう」とでんでん太鼓に添えさせた。手を前後に動かすよう教わったのでその通りにすると、でんでん太鼓はくるくる回って玉が勝手に太鼓を叩いた。
「これで合ってるのか?」
「イイ感じ」
これも遊び道具だと知った時、果たして玩具は何種類あるのか気になった。ゆきんこの異空間で見尽くしたと思っていたからだ。
「親友は椿色の髪をしてたんだ」
「母が……」
「成は、それを薄めた色をしてるんだね」
万に桜色だと言われたことがある。椿色を薄めるとこういう色になるのだろうか。寧丸は目を細めて髪を見ていた。
……あまりまじまじ見られると、頭を動かしていいものか分からなくなる。
「……寧丸」
「あ、そっか。こういうコトしに来た訳じゃないもんね」
寧丸が容れ物にでんでん太鼓をかざす。でんでん太鼓は容れ物の中に吸い込まれ、やがて中へ消えた。その拍子に思わず落としそうになった容れ物を慌てて寧丸が受け止める。
「他にも魔法少女がいるっしょ。
もしみんな空いてるなら紹介してくんない?」
☽
入佳はというと、丁度神社の裏手でゆきんこと遊んでいた。手持ち花火をやったことがないというゆきんこに楽しみ方を教えているそうで、手桶には既にいっぱいの使用済み花火が捨てられていた。ゆきんこは寧丸の姿を見つけると喜んで飛びついた。寧丸はその頭を優しく撫でる。
「こんばんは。もしかして、あなたが寧丸さんかしら」
ゆきんこが話していたのだろう。入佳は一目見て気がついた。
「寧丸。ゆきんこたちと花火しよう?」
「……いいかな?」寧丸が入佳に聞いた。
「もちろんよ!ほとんど使ってしまったから数は少ないけれど」
やりたいとは言わなかったが、話の流れで僕も自然と混ざる形になった。入佳から貰った花火は線香花火と呼ぶものだそうで、花火が先端で弾けてる間はじっと動かず、火の玉が落ちるか消えるかするまで待つ。そして、最後まで残った人の勝ち。という遊びがあるそうだ。ということで、みんなで一箇所を囲ってひと勝負することになった。
持ち手はぺらぺらの紙で出来ていて、風が吹くと落とされてしまいそうだ。戦略を編み出すというより運任せなものだと捉えた。
「みんな、準備はできたかしら。せーので点けるわね」
入佳は持ち前の妖力で線香花火を一斉に点火した。魔法少女の力をこういった遊び事に使う発想は彼女ならではだと思う。
「——線香花火は燃え方によって形が変わるの。
燃え始めの状態は蕾というのよ」
夜闇の中、草陰で羽を休める蛍のように先端だけが灯る様子は、この花火が線香と呼ばれる理由を物語る。すると花火は段々と火花を散らせて弾け始めた。「牡丹よ」と入佳の解説が入るやいなや、火花はみるみる激しく広がった。線香の周りを彼岸花が飛び回っているようだと思ったが、これは松葉というらしい。
しかしあんなに元気よく燃えていた花火はまた弱まって、ぷっくり膨れた蕾が地面に落ちて消えた。「……あ、」
「——散り菊」寧丸が僕の花火を見て言った。寧丸の花火は未だ赤く燃え盛っている。
「寧丸も詳しいのか?」
「親友も花火が好きでさ。よく教えて貰ったんだ」
やがて寧丸の花火も落ち、続け様にゆきんこのも落ちた。地面で小さくなっていく花火にゆきんこは負けてしまったと肩を跳ね上げる。
「あたしの勝ちね!」
入佳の花火は落ちることなく、蛍が生命を終えるように静かに消えてゆく。
各々が花火を手桶に捨てようと立ち上がり、楽しかった、などと余韻を語る中、ふと入佳が足を止めた。
「あ、まって、寧丸さん!」
寧丸を含む、僕らも思わず振り返った。「どうかした?」と寧丸。
「あたし、うっかり自己紹介を忘れていたわ。
ごめんなさい。入間入佳よ」
「ああ、ウチも忘れてた。雛寺寧丸。これから魔法少女としてアンタらに協力することになったから、よろしくね」
「魔法少女?」入佳がびっくりして片手を口元にやった。
びっくりしたのは入佳だけではなく、ゆきんこも目を丸めたかと思いきや、次の瞬間には寧丸にしがみついていた。
「……寧丸、おそろい」
喜んでいるらしい。けれど寧丸はゆきんこを優しく引き剥がしてしゃがむ。子供を叱る目をしていた。
「ゆきんこ、ウチ、アンタから魔法少女になったって聞いてないよ?」
「……寧丸が心配すると思った」ゆきんこはやや俯きがちに答える。
「もしそれで怪我して帰ってきて、理由が分からないんじゃその方が心配する。大事な事はその日にきちんと伝える。分かった?」
「ごめんなさい……」
容姿は似ていないが、こうして見ると親子か、もしくは姉妹に見えた。ちゃんと謝ったゆきんこに寧丸は「いい子」と頭を撫でて笑う。ゆきんこも気分を取り戻したようだ。
「さて。別の魔法少女にも会いに行こうか。お……——」
最後に何か言おうとして慌てて留まった風だった。
「……いや、ごめん。行こうか、成」
……名前を間違えそうになったのだろうか。
「もう行くの?」入佳が聞く。
「うん。花火楽しませて貰ったよ。あんがとね」
「ええ。また一緒に遊びましょう!」
入佳の手に振り返したのを最後に僕らは神社を後にした。
☽
うり姫を探して古い家屋の前を通りかかると、ふと屋根に人影が見えた。同居人とは思えず、屋根を登ることにした。
「何をしている?」
屋根に立って月を見上げていたうり姫が、変わらない無表情で振り向いた。今晩は月が明るく、月光が彼女の顔を濃く照らしている。
「成の家から、月はどのように見えるのかと」
「どこも同じだろ」
「そんなことはない」
会話を交わしていると屋根登りに苦戦していた寧丸が追いつく。そしてうり姫を見た途端、驚愕して屋根から危うく落ちかけていた。
「うり姫様?」
うり姫は寧丸を見る。どこか不満げに見えた。「余はただの常世うり姫。礼儀は不必要」
「いや……しかし……」
動揺の隠しきれない寧丸に彼女はひと呼吸おいて、「うり姫。」と静かに圧をかけた。どうしても格上として接されるのが不服なのだろう。寧丸も察せざるを得ず、「…………うり姫……」と強く目を瞑った。うり姫は納得したようだ。
それにしても、あの時の万の反応はやや大袈裟に見えたが、寧丸までこんな反応を見せるなら天御母神はよほど尊い地位なのだと分かる。
「ウチは雛寺寧丸。——えっと、なんでうり姫がここに?まさか万が何か……」
異常事態が起こった時、まず怪しむのは万。というのは彼女の中で基準のひとつなのだろう。それには深く同意する。
ところで、もしここに万がいたらなんと答えるかと妄想する。万なら、「まて、ワシは何もしとらんぞ!……そんなには」だろう。
「罪とは、秩序を守る為の掟。余にそれを管理する責務はない。あるのは万物に愛をもって慈しむことのみ」
誰が何をしたかというのは重要でない、と言いたいのだろう。うり姫らしくはあるが、逆を言えば、そうだよ。万がやらかしたよ。と言っているようにも受け取れてしまう。少なくとも寧丸はそう解釈したようで、頭をくらくらさせている。
「それと——」うり姫は続ける。
「虎視眈々と、この家に近づくものがいた。余はそれを知ってここにいる」
「月を見に来たと言ってなかったか?」
「それも事実」
万から貰った容れ物を早速手に取って変身する。暖かい光がうり姫を包んだ後、うり姫は先日見た一本下駄の装いで立っていた——が、まだ慣れない一本下駄に平衡を失い、瓦の屋根を滑り落ちていく。
「成、手伝ってほしい」そう言いながら庭に落ちた。その庭から何かが逃げていく影を見て、追いかけるのを手伝えという意味だと察した。胸元の容れ物から刀を引き抜いて変身し、寧丸と共にうり姫の後を着いていく。彼女が追いかけているものは長い毛を全身に纏った四足の奇妙な怪奇だ。
「なんだあれ」
「たぶん、毛羽毛現じゃないかな」息を軽く切らしつつ寧丸は僕の隣を走る。「滅多に見れないって意味の希有希現から名付けられたそうで……」
「つまり——」足を動かしながら寧丸の方を見た。寧丸はその目線に頷く。「見失う前に決着つけよ」
再び怪奇の方を見ると、怪奇は角を曲がったり塀を越えながら逃げ回っている。当てずっぽうかと思えるが、行き止まりになるところは敢えて避けているように見え、その先の狭い路地に入ろうとしているのが窺えた。
「うり姫、先に路地の出口へ回れるか?」うり姫に聞こえるよう怒鳴った。うり姫は少し振り向いて「わかった」と空を飛んでいく。怪奇は予想通り路地に入り、敷石の敷かれた緩い坂道を駆け上がっていく。その先には先回りに成功したうり姫が地面に立って待ち構える。そして——
「——余は天御母神なり」
うちわを構え、詠唱と共に金魚が怪奇を囲う。怪奇は、やがて消えていった。
「あれ、なんでだろ」と、僕の背後から声がする。振り返ると寧丸が容れ物の蝶番を開いて中を覗いていた。
「ウチも二人みたく変身しようとしたんだけど……結局出来なかったや」寧丸は苦笑した。
☽
赤子はいつの間にか泣かなくなった。そしていつの日か寧丸より背が高くなっていた。寧丸はそれを見上げる度、嬉しいような勿体ない気持ちにもなった。
「寧丸。私ね、また怪奇の友達ができたの」
「ほんとに怪奇と仲が良いんだね、アンタは。そろそろ人間の友達も作ってみたら?」
「作ろうとしてないんじゃないよ?ただ、怪奇の方が打ち解けやすいだけ。私がそういう性格ってだけだけどね」少女はおかしくて笑う。
その少女は稀に見かける憑かれ体質の子だった。でもこの子はもっと特別で、それを嫌がる素振りも見せなかった。幼い頃から鬼がそばで世話を焼いているお陰だろうか。
少女はとても無邪気な人で、大人になっても尚寧丸から貰ったでんでん太鼓を握って、両手でころころ回して遊んでいた。
「そんなの、まだ持ってるの?」
「うん。大好きな寧丸から初めて貰った贈り物だから」
「覚えてないクセに」寧丸の表情も、つい少女の元気な笑顔につられた。
「そう?
意外とね、覚えてるもんなんだよ」
「嘘つけ」そう言って、二人して笑った。




