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陸ノ壱夜 めぐりあひて

慰霊と書くのだから、初見が厳粛な場を思い浮かべるのも無理はないだろう。

 年の初め、底冷えの季節。寒風が肌に染み込んで赤くなった鼻先も、そろそろ痛い。

 猫又の炎(エン)はこたつから出てこないと文があったのに、ここは物好きが巫女の舞とやらを一目見たいと彼方此方から集まってくる。僕も万に連れ出されることがなければ、今頃家屋の布団に包まっていたところだ。

 どうしても僕に巫女の舞を見せたいと懇願した万は、まずその魅力と話題性を熱弁した。

「——巫女の舞とは、宝守神社が慰霊祭にて古くから行なっておる伝統芸での。水子の涙を拭い、水子を罪から救済するために巫女が舞を披露するんじゃが、所作ひとつ取ってもその秀美は浮世の何物にも代え難いとされておる。

 毎年正月になると怪奇に怯えて籠っておった人も、舞だけは観ようと遥々見物しに来るほどで……」

 僕の中で二択が迫った。落語の真似事と取れる奇っ怪な動きを長々見せられるか、娯楽にはありつけど極寒の外か。なら終わりが見える方がましだ。


 神社は人でごった返し、鳥居の足元にある石段まで観客に溢れていた。風車と自然の音が支配する閑静な神社とは打って変わって、世界そのものの再築を思わせた。

 遠くからでもいいのに、最前列に拘る万の手に引かれながら人の詰まった狭苦しい道を分けて進む。やがて舞台と客席の境界に着くと、鳴物の音は一層鮮明になる。万は早速竹の柵に手を置き、演者を見上げた。

「なんで最前列なんだ」

「初めての慰霊祭じゃ。よく見える位置でないと意味がなかろう」

 万の顔は誇らしげで、何故そんな張り切っているのかと目線を辿った。

 真新しい青々とした畳の上に仕切りの几帳。芍薬の絵が描かれた掛け軸。糸に吊り下げられる、番傘を模して折られた色紙。向こうに見える本殿には猪目の形したお手玉が連なった一面の色鮮やかな暖簾。それを見て、そういえば同じ模様をした巨大な布が鳥居を蝶々結びにしていたな、と思い出す。猪目が好きなのだろうか、左右のぼんぼりにも模様があった。

 肝心の巫女の足元には薄桃色の花笠がふたつ置かれてある。巫女はその中央に立って舞を踊る。

「みよ。月の表現じゃ」万が舞を指した。

 揃えた指が描いた満月は、そこに無いというのに雅に見えた。繊細な首の動きからやや伏し目になった時の物憂げな表情、袖の振り方までも洗練された舞に、たった今、艶やかという意味を教わることになるとは。

「表現とかあるのか?」

「黙って見ておれ。解説を聞くより想像する方が面白い」

 素人目で何を連想したらいいのか。と思いながらその人の瞳を観た。巫女の正装らしからぬ、裾は短く蝶々結びを沢山あしらった少女の、凛とした緑色を。その瞳が偶々僕の目を捉えて——見開いた。

 三味線は巫女を置き去りにし、巫女はしばし静止する。その目線に僕も固まった。このよく分からない時間が他の音を僕の意識から遠ざけたかもしれなかった。代わりに、何より鮮明な巫女の声が僕の元へ、たった一言——。

「………………小娘か」

 僕は更に目を丸めた。


 

 ——また会えるといいな。小娘よ。



 鬼。賽の河原で出会った、僕に仇討ちを命じた鬼が、今、目の前にいる。

 たった今、記憶の声とが重なったのだ。

「成じゃよ」

 ようやくそれ以外の音が入ってきた。万は親しげに巫女へ話しかける。

「久方振りじゃのう。河原にいた頃は随分とげとげしておったが……」

 万が僕を魔法少女にしたのは鬼の命だったことを想起した。古き知り合いということか。

「現世に来てまであんな鬼を演じろっての?」

 巫女は眉間に皺を寄せ反論する。僕は演じると言ったのが引っかかり、万の方を向いた。

「そういう奴なんじゃ。こやつは仕事と私事(シゴト)を分ける性格でのう。鬼、巫女、寧丸で三つの顔を使い分けとるんじゃ」

 普通に私事(シジ)と言え。分かりにくい。

「——成も久しぶり。ゆきんこから話は聞いてたけど、それがアンタだったとはね」

 目元が笑っていないのが唯一気になったが、しかし何も頭に入ってこない。色んな情報がいっぺんに入りすぎだ!

「……ひとつずつ教えろ。お前は本当に鬼なのか?

 なら、なぜ僕を魔法少女にした?」

「え?何、魔法少女?」と、彼女は耳を疑った風に聞き返す。隣にいた万から「ぎくっ」と声があがった。

 ——聞くに、鬼が万に送った文は『水子の女をそっちに送った。捜して世話でも焼いてやれ』という意味のもので、魔法少女を集めて怪奇をやっつけよう!といった策は万の独断専行だったということだ。

「つまり?この阿呆は成に危険な役を売り、ゆきんこにまで丸投げし、自分はのうのうと茶を啜っていたと」

 茶というより酒だな。……とは、言わないでおこう。万が殺される。

「ほ、ほれ!成たちは賢くて勇敢じゃろう。魔法少女に適任だと思ったんじゃ!それに、無理強いはしとらんぞ」最後だけ少し得意げだった。

「答えになってないし」

 巫女は頭を抱え、ため息をつく。万のすぐはぐらかすクセは彼女の前でも同様のようだ。

「けれど成は——」万はまたも得意げに何かを話そうとし、咄嗟に巫女がハイハイと遮った。「見ればわかるから」

「言ってみればウチも仇討ちを命じた身だしね。……でも、だからってウチが成の危険を知らんふりするのは看過できない。従って、ウチも協力する」

「ほう……それは魔法少女になるということかの?」

「細かい話は追って話すよ。言っとくけど、あの子の娘を守る為に付き合ってやるって意味だからね。調子に乗って成に迷惑かけたりしたら……」

 巫女の目が鋭くなって万を睨む。万は繰り返し「分かっとる、分かっとる」と早口でなだめていた。

 娘というのが僕のことであるのは気づけた。同時に母を「あの子」と呼ぶのは妙な親しみを覚えた。

「お前は母と繋がりがあるのか?」

 河原にいた頃は水子を管理してる鬼なのだから、知っていた所でそんなものかと割り切っていたが、考えを改めるべきかと思った。

 二人とも一瞬の間呆然としたが、万は納得した様子で気安い笑顔になった。

「そうか。まだ言っとらんかったか。寧丸、つまりこの鬼巫女は

 成の母の親友なんじゃ」


 親友……。河原の鬼が、僕の母の親友?怪奇に殺された母の親友が、同じく怪奇だと言うのか。

 でも辻褄は合う。鬼は僕が腹に宿った瞬間に殺されたと言っていた。親友なら知っていてもおかしくはない。

「寧丸と言ったか」

「そ。雛寺寧丸」

「なぜ母は死んだ?誰に殺された?万は怪奇に殺されたと言っていた。どんな奴か知っているのか」

「——怪奇?」寧丸は首を傾げ、万を見たが、彼すら首を傾げていた。

「はて……誰が怪奇と言ったかのう」

 微笑んでいる。のに、ふざけているようには見えない。

「でも、人ではないって……!」

「仇は人ではないと言った。が、だからといって怪奇になるとも言っとらんはずじゃ」

「じゃあなんだ。神様だとでも言いたいのか?」

「さあ?どうじゃろうなあ」

 また飄々とした態度に戻ってきた。これ以上何を聞いても同じ答えが返ってくるだけだと悟って、寧丸を見上げる。丁度目が合った。「どうなんだ?」

「それを言ったらどうなんのさ」

 予想もしない答えが返ってきた。

「どうなるって、そもそも元はお前が……!」

「言ったよ。仇討ちしろって。でもこうとも言ったはず。真相を知れって。それはアンタの手で辿り着けって意味なの」

 寧丸は真顔だった。賽の河原の時と同じ角度、僕が見上げて寧丸が見下ろしている。

「……なら、あとひとつ教えろ。母は——」「あ、ごめん」寧丸が手のひらを見せた。

「そろそろ戻らないと」

 三味線の音は未だ鳴り響いていた。寧丸が舞台から見渡せる見物人の群れを見たので、舞の最中であったことを思い出した。


 ☽


 明るい茶色の木造建築の、まだ埃ひとつない一室の中。朝日に照らされた赤子が一人、布団も敷かず床に転がって泣いている。その部屋の広さを見るに、布団のひとつも買えない家には見えないが。

 ——ねえ、どうして泣いてんの?父さんと母さんは?

 紫髪が特徴的な少女は泣き声に気がついて庭から入ったのだが、外で感じた通り、周りに家具はなく、おもりの気配も見当たらない。

 ——泣いてちゃ分かんないって。ほら元気だし?

 少女は赤子を抱き抱え、人の見様見真似で上下左右に揺らしてみせた。が、赤子は泣き止まない。

 ——うーん、どうしたら笑ってくれるかな。……そうだ!

 少女は懐に持っていた玩具を片手で器用に取り出し、それを赤子の手のひらに握らせた。

 ——でんでん太鼓だよ。ウチが欲しくて買ったヤツだけど、また買えばいいし譲るよ。

 きっと赤子は反射で握ったのだろうが、けれども一時も離すことはなく、やがて興味深く振り回した。

 ——ああ、そう遊ぶんじゃないって。……いいか。今度やり方教えたげる。


 ——アンタ、独りぼっちなの?ならウチと友達になるか。ウチは雛寺寧丸。鬼っていう怪奇なんだ

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