伍ノ肆夜 四人目
ふくよかな小槌に耳をすまし一振りすれば、手頃の毬が転がった。てん、てんと跳ねる手まりを小槌で思いきり叩けば、ポン!と破裂して白煙が立つ。尻もちをついたゆきんこの、その前髪は短く切られ、大きな鞠が片側の髪をほんのひと束結っていた。今度は心赴くままいっぱい小槌を振れば、色紙で出来た色んな衣装が落ち、お気に入りの一枚を選んだゆきんこが早速着替えると、色紙は忽ちゆきんこの衣装へ変化した。
「ゆきんこちゃん!」
目を覚ました入佳がゆきんこの姿に歓喜している。ゆきんこは照れくさそうに目線を逸らしたのち、入佳の方に接近する怪奇の姿を捉えて慌てて駆け出した。
踏む度赤黒く染まる水紋の模様に立って、ゆきんこは小槌から万華鏡を取り出した。それを入佳の方に向けて覗くと、万華鏡の中の様な景色が入佳の周りを纏った。怪奇が行く手を阻まれた隙に僕が怪奇の後ろに回り込むと、怪奇も咄嗟に反撃する。その氷の柱を花火が溶かす。そして、僕がとどめに刀を振るった直後、消え失せる怪奇の息が思わず顔に吹きかかった。
「たいへん!成さんが……!」
……入佳の声が遠く聞こえる。意識が薄れ、寒さと睡魔が波のごとく押し寄せた。
身体中が温かいのに気がついて目を開いた。頭上ではゆきんこが正座をして覗き込んでいる。温かいと思っていたものは大量の湯たんぽだった。
「よかった。目を覚ましたのね」入佳の安堵した声も頭上から聞こえる。
周りを見ると万も気の抜けた顔でいた。湯たんぽはゆきんこの妖力で出してくれたそうだ。
ゆきんこは突然入佳の方を向いてひんやりした手のひらをおでこに押し当てた。
「入佳は、お怪我してるからほかほか中止」
「そうじゃの。痕になってはいかんな」万はその光景を微笑ましそうに眺めている。
入佳はほんのり頬を赤らめて笑った。
「ええ。ありがとう」
☽
戻ってきた神社はとても久しぶりに思えた。冬の初めに行なわれる慰霊祭の準備は着々と進んでいるようで、どの人形も余すことなく牡丹が飾られている。その隙間で回る風車も模様があしらわれ華やかになっている。みんなより後方にいたゆきんこから「あの……」とか細く聞こえた。
「入佳、成、うり姫、万……。みんな、どうしてゆきんこを助けてくれるの?みんなは、どうして戦うの……?」
「どうしてって……」と入佳は悩む。そこへうり姫が「——家族」と入佳の隣で呟いた。入佳は納得して手を打つ。
「そう!あたしたちは家族だから!」
「はあ?」
「ワシはお父さんじゃ」
「何を勝手に決めて……」
「余は母親?」
「それだとそのまま過ぎるわ!うり姫さんがお姉ちゃんであたしがお母さんにしましょう?」
万が小さく唸った。うり姫が目下というのは、あまり気乗りしないのだろう。
「ゆ、ゆきんこも……」胸元で手をぎゅっと握りしめ、慣れない調子で声を張っている。「ゆきんこも、仲間に入れて……!」
「そう言ってなかったか?」入佳が、という意味だ。
何故かゆきんこの涙が溢れ出した。そんな悲しむことを言ったつもりなかったのだが、けれど、ゆきんこはその日初めて笑顔を見せた。
「ありがと」
☽
みんなとさよならしてお部屋に帰ると、ちゃぶ台の上ではお夕飯がとっくに出来上がっていた。寧丸の隣に座って、ゆきんこの頭より大きなおにぎりを持った。
「ゆきんこ、今日ね、家族ができたの」
「へえ」
寧丸は頬杖をついて、それで?と興味深くゆきんこの話に耳を傾けている。ゆきんこは、今日あった嬉しいことを寧丸にお喋りした。
☽
ゆきんこと別れたあと、うり姫は思い出したように「すこしいい」と尋ねてきた。分かれ道で踵を返しかけた万はうり姫の方を向き直り、入佳もまた彼女を見た。「どうかしたの?」
うり姫は僕の胸元と入佳の腰元を交互に見た。万から貰った装飾が気になるらしい。
「それは、万からの贈り物と見た。それは、魔法少女になるための道具?」
「ええ、そうよ」入佳は帯留めに下げた装飾を外し、うり姫によく見せる。
それをじっと眺めたあと、うり姫は万へ体を向けた。
「……余にはないの?」
「ん?」
「余は協力関係のはず。ゆきんこも授けられた。なのに余はまだ貰ってない」
「ほ、欲しいのかの……?」
「万のそれは、怪奇の血を持つ人の妖力を引き出す他に、妖力が暴走しないよう抑える力もある。ゆきんこにあげたのもそれでしょう?
それなら余も授かる理由がある。余は神力の強大さ故、怪奇が恐れてしまう。余に加減ができれば、怪奇も安心して浄土に行ける」
万が妖力を抑えられて、天御母神であるうり姫が抑えられないとは。なにか理由があるのだろうか。
「——余も変身したい」
とても単純な理由だった。
「ううむ……まあ、数がないことはないが」
少々渋々といった様子で万は「付喪神が憑いたものはないかの」と伺う。うり姫は葉っぱの形のうちわを差し出した。
「て、天狗のうちわかの?なぜそんなものを持っておるんじゃ」
「浄土へ向かった天狗が捧げ物としてくれたもの」
お気に入りのものらしい。うちわはみるみる小さくなって丸い金属の容れ物になった。表情からは読み取れないが、うり姫は容れ物から目を離さず、裏返してみたり蝶番を開いてみたりと好奇心のまま弄っている。
「……変身しても構わない?」
「ここでかの?」
「あたしも見てみたいわ!うり姫さんの魔法少女姿!」
ここだとちと狭い、と万が一本道を見回したので、僕らは火車と戦った、あの浅い湖へ赴いた。
あの日と何も変わらない蓮の湖で、僕らは固まってうり姫の変身を見届けている。蝶番を開き、温かい膜が周囲を張る。装飾内部の硝子に閉じ込められていた金魚たちがうり姫の周りを泳ぎ、大群は一瞬うり姫を隠した。
再び現れたうり姫の手にはうちわがひとつ。おおぬさや丸鏡などを豪華につけた神聖なものに生まれ変わっていた。
地面に張った水はうり姫が振るううちわに操られ、化粧を、髪型を優雅に変えていく。
やがて空から舞い落ちる香花を手の甲に乗せ、花が消えると同時、うり姫の衣装も変わった。
瞬きも忘れて魅入っていた入佳は、拍手をして「お似合いよ!うり姫さん!」と声を上げている。しかし、うり姫は一本下駄が履きなれない様子でふらふらして……やがて諦めたのか、宙を浮いて何事も無かったように振る舞われた。
「万。浄土へ行きたいと思わない?」
「ワシは浄土へ行けぬ系の怪奇じゃ」
それはどういう系だろうか。
「なら、他にこの力を使わせてくれる怪奇を探そう」
慈愛の神が試し狩りに行って大丈夫なのか。とつっこむより先にうり姫が僕の手を掴んで引いた。
「さ。成、行こう」
「は?まて、なんで僕が……!」
地面から足が離れ空高く昇っていく。二人はそれを見送るばかりで止めようともしない。
「——なんだかうり姫さんって、成さんのこと気にかけているみたい」
「成は危なっかしいからのう。放っておけんのじゃろ」
入佳は、ふとゆきんこのことを思い出して、「気持ちはわかるかも」と笑っていた。




