伍ノ壱夜 大作戦
入佳は今日も神社にいた。ゆきんこという座敷わらしが彼女に懐いているのは知っているが、入佳もここまで夢中になっているのは何故だろうと、遠くから二人の和気あいあいとした空間を眺めながら思う。
「あの、……入佳」
おずおずした様子で、ゆきんこは葉っぱの包みを膝の上に乗せた。この日のために用意してきたのだろうか、蝶蝶結びになった白い紐をするりと解くと、中からは不格好なおにぎりがひとつ現れた。不格好ながら、丹精込めて作ってきたというのが、ゆきんこの緊張した表情から伝わってくる。
自分の手のひらより大きなおにぎりを両手に乗せて、入佳を見つめる瞳は何故だか潤んでいた。
「おにぎりあげるから、ゆきんことお友達になって……?」
「ええ。勿論よ、ゆきんこちゃん」差し出されたおにぎりを受け取って、入佳は嬉しそうに微笑んだ。ゆきんこの瞼が見開かれ、長い前髪で隠れた片目から一雫零れた。
「もういいかのう」と僕の隣で隠れていた万が立ち上がる。
「——ゆきんこよ。ワシもおぬしの為に甘〜いくず餅を用意してきたのじゃが……」万は慎重な声色で、足取りはなるべく普段通りを意識しながらゆきんこに近づく。
それが却って不審に繋がったか、ゆきんこは一瞬のうちに姿を隠した。「あ。」と万の喉から潰れた音が鳴った。
どうしてこんな事をしているんだったか。昨日からの出来事だった。それは覚えてる。覚えているが、何故僕まで一緒に隠れさせられているのか、一部始終のどれかを切り抜いても分からなかった。
☽
——遡って昨夜。
「ゆきんこといったな。どうじゃ、魔法少女になってワシらと共に怪奇と戦っ……」言い終わるより先に、入佳の後ろに隠れていたゆきんこはどこかへ消えた。
万はゆきんこを勧誘しようと神社を訪れていた。が、彼女は万にとことん怯えきっていた。
「諦めるのか?」
「……いや。ワシもゆきんこと仲良くなれるよう、ここは手を尽くそう。名付けてお友達大作戦じゃ」
「はあ……」
☽
万はああいって得意げにしていたが、今のところ手応えはないに等しい。翌日も万は神社を訪れた。
「ゆきんこちゃーん。入佳じゃよー」といって登場したのは、似ても似つかない手描きの入佳を顔に当てて現れた万だった。——あれは僕でも逃げるだろう。
そのまた翌日は僕が代わりに会うことになった。なんとか取り合ってくれないかと言われて神社に着くと、ゆきんこは誰かを待っていた様子でこちらに近寄ってきた。
「あ。……ゆきんこ」
「……」
そこへ、腕に躍動をつけて彼女が差し出してきたのはあの日入佳にあげていた不格好なおにぎり。僕はそれをどうして良いか分からず、受け取らないでいた。
ゆきんこの瞳が真っ直ぐ僕を見つめるので、僕もしばらくその目を見ていた。万の瞳は瓶覗の青をしているけれど、彼女のはもっと深い青をしているんだな、とか考えているとその瞳は下瞼いっぱいに涙を溜めてきた。
「……別に、いらないとは言ってない」
このままでは泣き崩れてしまいそうだな、と気づいておにぎりを受け取った。ひと口入れると「うまいな」と自然に口に出た。その時の彼女の顔はよく知らない。
翌々日。万の頼み事をすっかり忘れていたな、と呑気に考えながら万と鳥居を潜る。ゆきんこは本殿のそばでいつもの様に立っていたが、僕らを見つけた途端姿を隠してしまった。
いつも通りか——と思っていた矢先、後ろから服を掴まれる感覚がした。
「……?」
見れば、ゆきんこが警戒の目線を送りながら隠れている。万はわざとらしく泣きべそをかく。
「成……っ、おぬしまで、ワシを裏切るのか……!」
「なんの話だ!」
……そのまた翌日も万は神社を訪問した。今日は珍しく逃げない、という状況に手応えを覚えて近づいた万は、それが単に恐怖で固まった結果だと知る事となる。
「たいへん!ゆきんこちゃん!」と入佳が心配して駆け寄った光景はよく覚えている。
万が彼女を餌付けしようと準備した飴やかりんとうは僕がいらないと言うので、全てうり姫のお供物になった。
そしてまた次の日——
「ううむ……どうすればゆきんこはワシにも懐いてくれるのか……」
万の喋り方をしていたが、その声が万でないことはすぐに気がついた。僕以外は万の友達大作戦とやらに意識が向いて気がついていないようで、僕だけが声のした方を振り返った。
真後ろでギョロッとした目が僕を見ていた。
「うわっ」
大きく声が出た。と同時に、ようやく万も入佳もこちらを見る。大きな猿の見た目をした黒い毛むくじゃらの怪奇が僕らの目に映り込む。
……ゆきんこはと言うと、まだ万の方を向いて固まっている。
「覚じゃな。人の心を読み、隙を見て食べてしまう怪奇じゃ」
「菊…………菊……」と怪奇が何やら途切れ途切れに語り始めた。万は目を見開き、感心した様に頷く。
「なるほど、これは凄いのう。菊花火のことじゃろうか」そう言って万は入佳の方を振り向いた。まあ、と両手を口に当て頬を赤らめる。怪奇は毛むくじゃらの首をゆっくりとゆきんこに向ける。
「怖い怖い!たすけて入佳!」怪奇がゆきんこの心を真似た。
「ワシ、覚より怖いかの!?」
相変わらず固まっているゆきんこに、万は項垂れてしまう。
……けれどこうしているうちに覚は今も誰を先に襲うか値踏みしているだろう。そろそろ手を打ちたい、が、無闇に攻撃しても見透かして上手くかわされてしまうだろう。項垂れる万に相談を持ちかけた。「どう倒せばいい」
「そうじゃの」万は姿勢を正して考える素振りを見せる「おぬしの刀に動いてくれるよう頼んでみたらどうじゃ」
そういう時こそ刀の出番、と言いたいのだろうが、生憎コイツは僕が危機に陥らないと動こうとしない。その事に最近気がついたのを万にも教えた。
「それなら囮作戦じゃ。危ない真似をすれば良かろう」
「無茶苦茶だ!」
「問題あるまい。なんせワシに投げられ慣れている成のことじゃ」
「お前……僕は玩具じゃないんだぞ!」
様子を見ていた怪奇はやがて万の方を凝視して、その黒光りする瞳で万の内を覗き、やけに甲高い声で真似るのだ。
「カッカしとるのう!これが反抗期というやつか!」
……気がつけば怪奇は黒い塵になっていた。刀で斬った感触があった。僕がやったのだ。
「……万」
随分と楽しく盛り上がっていた心の声とは裏腹に、目に映る万は、さて、何をそんなに慌てるのか。
「ま、待て待て!誤解じゃ!あれはその……怪奇が冗談で言った戯言じゃ!」
「んなわけっ」
これ以上言い訳をさせる気はなく、万に向かって突進した。
☽
その日、入佳と万は神社に敷かれた石畳の真ん中で向かい合っていた。ゆきんこのことで話し合っている。
「やはり、ワシは子供心を理解出来ていないようじゃな」万はため息をついている。
「あら。あたしだって子供だけど、万さんのことは信頼しているつもりよ」
「おぬしは誰にでも心を開くからのう
はて、ゆきんこが心を開いてくれる日は来るじゃろうか」
万は気難しい顔をして、入佳は困ったように俯かせた。しばらく沈黙して、入佳が口を開く。「そのことで思ったのだけれど」
「ゆきんこちゃんは、ゆきんこちゃんなりに色んな事を頑張っているのだわ。それでも、どうしても苦手なものってあると思うの。
だからゆきんこちゃんも、無理して魔法少女にならなくて良いんじゃないかしら」
入佳の言い方はいつも、口調の強さや話す速度によって責め立てるようになってしまわないか注意を払っている。本人はそんなつもりなくても、相手からすればそう聞こえてしまうという事案は、ごく当たり前に耳にするからだ。
「そうじゃのう……強制するもんではないか」
次についたため息は意味が打って変わっていた。帽子の位置を直そうと何気なく頭を下に向けた時、万の視線は自然と足元に落ちる。——万はようやく気がついたみたいだ。さっきからその子はずっと足元で待っていたというのに。
ゆきんこはうんと腕をのばしたまま、万に不格好なおにぎりを差し出していた。さすがに疲れてきたのだろう。腕が細かく震えている。




