肆ノ参夜 お遊戯
いくつ目の襖を開けた頃か。目の前に怪奇が降ってきたのを斬り捨てると、それは黒い塵にはならず沢山の花札となって木製の床に音を立てて散らかった。
「なんだ?」と言わずにはいられなかった。
それからも何度か怪奇は出てきたけれど、倒す度に花札に変わるばかり。それに、襲いかかってくる気配もない。
「なんだか、不思議な場所ね」
お互い怪奇より空間そのものがおかしいということには察しが着いていた。また襖を開く。
「出口はないのか?」
「窓の外に出てみるのはどうかしら」
そう言われて僕は窓に向かって斬りかかった。しかし、木製の壁に傷一つさえつかなかった。そんなに脆い刀ではなかったはずだが。
「……進むしかないな」
——襖を開いた。しかし今度は先程神社で出会った少女がその先にいた。床には丸い輪っかがひとつ、またはふたつ並べられて、次の襖に差し掛かるまで連なって書かれていた。その輪っかを少女は飛び越えている。
「それってケンケンパよね」入佳が声をかけた。
遊んでいたと思われるその子はびくりと肩を跳ね上げ、ちょっとばかり振り返ろうとする仕草をみせたあと、逃げるように去っていった。
「ケンケンパってなんだ」
「さっきあの子がやっていた遊びよ。あたしも小さい頃に遊んだ覚えがあるけれど、成さんも試してみる?」
「いや、いい」
輪っかは無視して廊下を進み、作業のように襖を開けた。今度はお手玉やおはじきが、そこらかしこに散らばっていた。
「これは玩具だったか」
「ええ。お手玉のやり方は知っているかしら」
「しらない」
入佳は沢山のお手玉のうちの適当なものをふたつ選んで両手に乗せた。そのひとつを天井まで高く放ると、放った方を見ながら片手の玉をもう片手に移し替えた。そして、落ちてきたお手玉を空いた手で取った。それをぎこちなく繰り返す。
「どう?できてる?」
「知らないからなんとも……」
やがてお手玉を受け取る手の位置が外れて、お手玉は片手をかすめて床に落ちた。その時、襖が少しだけ開いているのに自然と目がいった。少女が様子を見ていた。
「あなたも遊ぶ?」
入佳が誘うと少女はまた驚いて襖を強く閉め、去ってしまった。
「あいつ、何がしたいんだ?」
「あたしもハッキリしたことは言えないけど……でも、もしかしたらあの子、一緒に遊びたいんじゃないかしら」
「ならどうして逃げてばかりいる?」
「初対面だからだと思うわ」
だからどうして初対面だと逃げるんだ。思いながら、襖を開けた入佳に着いていく。今度はかるただった。
☽
駒だとか、すごろくだとか思いつく限りの遊びが部屋ごとに用意され、入佳は夢中になって遊んでいた。それはあの少女を誘い出すためだとはすぐに気づいたが、けれどさすがに疲れてきたので、僕は襖の近くで座って休むのを繰り返した。その最中に「きゃっ」と入佳の小さな悲鳴が聞こえた。
「どうかしたのか」
「今、誰かに背中を叩かれた気がしたのだけれど……」
そう言うので僕も入佳の背中を確認したが「誰もいないな」と返して入佳に向き直る。実際、誰もいなかった。
それから些細なことが繰り返された。振袖を引かれたり手に触れられたり、どれも襖を開けようとした直前で入佳だけに起こっていた。
そして遂に、入佳の肩が大きく斜めに傾いた。また襖に手をかけた瞬間。よろめいた入佳は腕に何かがぶら下がった感覚を覚え、重たい腕を持ち上げながら姿勢を直す。そこに目をやると、二人の視界には同じ子供が映った。小さな少女が腕にしがみついてふらここのように揺られている。何も言わないけれど満足げに揺れ続けるその子に、入佳も目を丸くするばかりで見つめていた。
それがおしまいの合図だったのだろう。次の瞬間には僕らは元の回廊に戻されていた。
「楽しかったわ!ありがとう」入佳は誰もいない回廊の先を見て声を張った。先程の少女はもう見えなくなっている。
「本心か?」
「ええ。最初はびっくりしたけれど、なんだか遊んでいるうちに懐かしい気持ちになったのよ」
入佳は続ける。
「この出来事がなかったら、あたし、きっと昔を思い出すこともなかったわ。だから楽しかった」
「昔って……」
「小さな頃に遊んだ思い出はとても素敵な思い出なのよ。——さあ、帰りましょう?」
☽
手水舎の近くを通り過ぎた頃、鳥居の向こうから見知った人物がこちらへ歩いてきているのを知った。人物、というよりは怪奇だが。
「なんじゃ、ここにおったのか」
「探していたのか?」
万の顔はいつもの笑った顔で、そういえばちょっと前まで喧嘩していたのを思い出した。誰も気まずそうにしないから、すっかり忘れかけていた。
「当然じゃ。すぐ戻ってくると思っておったのに中々帰ってこんからのう」
どのくらいの時間が経っていたのか僕も入佳も知らない。が、随分神社に居座っていたのは確かなようだ。
「心配かけてごめんなさい」
「いや、ワシが言いすぎたせいじゃの
——それで、何をしておったんじゃ?」
「とっても楽しいことよ!今度万さんにも教えてあげるわね」
「ほう。それは期待せんとな。それで、もう巫女にはあったのか?」万は僕と入佳を交互に見る。
「巫女?なんのことだ?」
「なんじゃ。会っとらんのか。……まああやつは多忙だからのう……中々会えるもんでもないか」顎に手を添えながらぶつぶつと呟き始めた。
「何を言っている?」
「独り言じゃ。が、おぬしも会っておいて損はない相手……というより、いずれは出会うことになる相手じゃ。心の準備を済ませておくと良い」
万は悪戯心を含ませた顔で笑う。心の準備が必要とはどういうことだろう。
ふとその時、先程の少女を思い出して万に問い質す。「その巫女は背が低いか」
「うん?低くないと思うぞ。入佳ほど大きくはないがの」
「入佳はデカすぎる」
「万さんの方がずっと大きいわ?」
例の少女は思い違いか。なら一層謎は深まるばかりだと、先程の回廊を横目でしばらく凝視した。
「さて。帰るとするかのう」
こんな時こそ怪奇に詳しい万に頼めば一瞬で正体を掴んでくれそうなところだが、先程の喧嘩も相まって、怪奇のことを話すのは気が引けた。ましてや、本当に仲良くできそうな怪奇だなんて……
——またきて
そんな声が聞こえた気がした。




