参ノ弐夜 屋台
そこは山奥だというのに祭りで賑わっていた。お面を被り、わたあめやたこ焼きの列に並ぶ人、水ヨーヨーを叩いて遊ぶ子ども……氷売りは長蛇の列ができていた。
万が提案した通り、山の上は幾分涼しかった。たまに屋台から漂ってくる熱気が鬱陶しいが。けど嫌そうにしていると万が「まだ暑いのか〜?成」と紺色の扇子を顔の前で扇いでくる。たまに熱風しか来なくて余計に暑くなったりもした。
「万は何が好きなんだ?」
「ワシか?何でも好きじゃが……
強いていえば、今はりんご飴の気分じゃの」
「買ってきてやる」
そういうと、万は不思議そうに僕を見た。そんなに珍しい発言だっただろうか。
「……。
どうしたんじゃ〜?成。鮎の塩焼きだったら何もせんでも買ってきてやるぞ?」
一瞬驚いただけか。万は上機嫌だ。
「別に。日頃のお礼だ」
「……」
万がこっちをまじまじ見ている気がしたが、りんご飴にも既に行列が出来ており、これ以上長くならないうちにさっさと並びに行った。
ふと、並んでみて気になったことがある。どうして皆して面を被っているのだろう。何かを食べる時も被り物は外さず、お面の顎をわざわざ持ち上げながら食べるなんて、面倒くさくはないのか?……そういう祭りなのだろうか。
順番が来た。店主もお面を被っている。
狐、ひょっとこ、おかめ……被っているお面は人様々だ。
「買ってきた」
「ご苦労様じゃ。自分の分はよかったのか?」
「僕は食べたいのないし」
「それなら成さん、あたしと射的をしにいきましょう?」
「射的?」
射的が何かは分からないが、入佳はよく暇つぶしという時間の使い方を教えてくれる。どれも退屈はしないから嫌いじゃない。
「万。ちょっと行ってくる」
「転ばんようにな」
入佳の手に連れられ、人混みの中を進んでいく。こんなに人がいるのに、よくぶつからずにいられる。
「ねえ成さん。このお祭りちょっとだけ奇妙だと思わない?」
「入佳もか」
「やっぱりそうよね!」
足を止めて僕に振り返った。急に止まるから入佳にぶつかるところだった。
「……ちょっとというより、この祭り――」
僕の言葉を遮るように、長い腕が僕らの腕を掴む。腕は人混みの中から僕らを引っ張り出して茂みの中に連れ込んだ。正体は万だった。
「しー、じゃ」
万は口元に手をやって小声で言う。つられた入佳も声を落とした。
「万さん、どういうこと?」
「気になっても口に出してはならぬ。これは怪奇の祭りじゃ」
「やっぱりか」
「まあ落ち着け。害はない。
奴らの正体は大方ひとつ目小僧やのっぺらぼうといった悪戯おばけじゃろう。ああして面を被って、人の真似事で楽しんでおるんじゃ。怖がらなければ問題はない」
「お前まさか最初から知ってて……」
「よ、良いじゃろう。人里の祭りは大半が中止か延期ばかりで退屈じゃろ?」
焦って弁明する万を前に、入佳が愉快に手を合わせた。
「まあ!あたしは好きよ。そういうちょっと特別なお祭りも。
お祭りは楽しいものね。きっと怪奇さん達も味わってみたいのだわ」
そう言って立ち上がると、入佳は早速どこかに駆け出そうとした。僕は何気なく聞いた。
「どこに行く?」
「打ち上げ花火をするの!怪奇さんにもっとお祭りを楽しんでもらいたいもの」
入佳はそのまま駆け出していく。入佳の姿は人混みに紛れて、あっという間に見えなくなった。
「ならワシは場所取りに行こうかのう」
万もそう言ってふわふわと飛んでいってしまう。僕一人が残された。
「……何か食べるか」
ただ、人混みの中に戻ってきても周りは怪奇だらけだ。楽しもうといった気持ちより緊張が強く出てしまう。
万はああ言うが、もしかしたらコイツらは僕を食べる隙をうかがっているのかもしれない。そう思うと祭りの気分どころではなかった。
怪奇でごった返す道を十数分ほど散策していた頃か。怪奇は絶えず僕を横切っているのに、たった一度だけ妙な空気を感じとった。
その何かは周りと同じように面をつけていた。ここでは見慣れた狐の面で、周りと同じように浴衣姿で、なのにその何かだけ無性に気になったのだ。けれど、振り返った頃にはその影は人混みに紛れて消えていた。
「成」
万の声に振り返る。屋台で買った両手いっぱいの飯を抱えて、いつの間にか戻ってきていた。
「どうかしたかの?」
「……なんでもない。場所取りに行ったんじゃなかったのか?」
「成が好きそうな屋台が沢山あってのう。選んでいるうちに買いすぎてしまったようじゃ」
「だから僕は別に……」
言い終わらないうちに人形焼をひとつ詰め込まれる。
「食わず嫌いは損をするぞ。一度でも食べてみよ」
嫌いとは最初から言ってないが、初め興味もなかった人形焼は確かに美味かった。
「ほれ。コイツも美味いぞ、成」
「一度に食べれない」
――ドーン!と背後の空から音がして、一瞬、万の顔に鮮やかな光が反射する。見上げれば入佳の花火が空高く、咲いては散っていた。
しばらくして白色の大きな花火も打ち上がる。
「菊か」
「お。覚えておったか」
「そんなに経ってないし」
花火を見る為に近くの縁台に腰掛けようとする。けれど、万が買ったご飯の山に先回りされて座れなかった。買いすぎだと思った。
「そうじゃ、成」
「なんだ?」
「今やったイカ焼き、ワシにもひと口くれんか?」
「いいけど――」
串刺しのイカを万に近づけようとした。その僕の腕を万の手が掴む。強引に引かれ、顔を近付けられた。細まった目に笑顔は見えない。
「ちょっと休憩せんか?成」
よく分からないけど、どう言い訳しても休憩の雰囲気ではないだろう。




