95話 隠し事2
「無事終わりました。ご協力に感謝いたします」
レティシアを連れて再び応接室に戻ったヴィンセントは、開口一番ラインベール公爵に頭を下げた。この面通しは本人ではなく、父親の方の精神的な負担が大きい。だからこそラインベール公爵の信用があり、かつ、責任が取れるヴィンセントが護衛として付いたのだ。
娘の姿を見た公爵は、やつれ気味のその顔に安堵の色を浮かべる。
「ご苦労だったな、レティシア嬢。疲れているだろうから、休んでいくといい」
「結構。ここじゃ気が休まらないのでね」
イーツカルツェ公爵から茶を勧められたレティシアは、即答で断った。もう猫を被るつもりはないらしく、顔にも「こんなところに長居するものか」と書いてある。
「では私はこれで」
レティシアは父親に目を向けることもなく、くるりと背を向けた。ラインベール公爵は慌てながら手短に挨拶をすると、彼女の後ろを追いかけていく。扉が完全に閉まると、イーツカルツェ公爵がぽつりと呟く。
「……やはり難しいか」
「ええ。彼女の護衛につけたフェンゼン中尉からも、『親子関係が改善する見込みは薄い』と報告が来ています」
レティシアの従兄のリベルトを護衛に就かせた理由は二つ。一つは、レティシアの
には、親子の正確な状況を把握するよう指示を出していた。リベルトが側にレティシアがこれまで通りの生活をさせながらレティシアを黒幕から守れるのか確認するために。そして任務が始まって最初の報告がこれだったのだ。
「予想はしていたが、現在の方法では彼女を保護できんな」
ヴィンセントは無言で同意する。この数秒の出来事を見れば、事情を知らない者でもこの親子がどのような関係なのかよくわかるだろう。『危険から守る』といっても、レティシアの場合、彼女自身が危険な行動を取れないよう抑止しなければならず、そのためには彼女より強い人間が側にいる必要があるからだ。
故に次の手を打つことになるのだが、レティシアが嫌な顔をするのが目に浮かんだ。
「……先ほどの面通しの結果ですが、一名、監禁に関与した者がいました」
「一人いたとは、上出来だな」
捕らえた凶賊の中で黒幕と会ったことのある連中は、相手の人相はおろか、性別すら碌に記憶していなかった。どんな拷問を与えようともだ。
ヴィンセントもその場に立ち会ったが、連中が嘘を吐いているようには見えなかった。さらに奇妙なことは、その前後の出来事に関しては、些細なことまではっきり覚えていたのだ。その状況に拷問に慣れている部下たちでさえ戸惑っていた。
それよりも連中の曖昧な記憶の様子が、レティシアが誘拐された時の従者二人と似ているように感じた。故に密かに星詠を呼んで視てもらったのだ。
その結果、魔女の痕跡は見つからなかったものの、七十年前の事件で判明した呪いの影響と類似点が多くあることが判明した。その当時の資料によると、呪いは使用人ではなく、場所に対して掛けられていて、星詠が呪いを解いても、彼らの記憶は戻らなかったという。
ただ掛けられていたのが場所ならば、その範囲から外れていた時の記憶はあるかもしれない。そして彼女が誘拐された際、最初の馬車は連中が用意したものではなく、公爵家のものだったのだ。もしかしたらというわずかな可能性に賭けて、レティシアに面通しを依頼したのだ。
「しかし先ほどの様子を見る限り、呪いが掛けられている可能性は否めません。その場合は公爵家の馬車にも術が掛けられていたということになりますが」
使用人二人の話を考えると、呪いが掛けられたのは劇場で、彼らを狙い撃ちで呪うのなら馬車だが、壊れた馬車は既に修復作業に取り掛かっているだろうから、今から調査して魔女の痕跡が出てくることはあまり期待できまい。そうなると結局は呪いが掛けられた可能性があるという、憶測の域を出ない結論しか出せないのだ。
それに劇場に聞き込みをしても、不審者を特定することができるとは思えなかった。
「例え口を割れなくとも、魔女が黒幕と繋がっている可能性が高いとわかれば十分だ。尋問はこのまま任せる。それとおぬし以外にレティシア嬢に対応できる者はいないか?」
「護衛を増やすのですか?」
「いや、面通しの対価に人員が必要でな。ははは、あれはなかなかに肝が据わっている」
ヴィンセントは額を押さえたくなった。レティシアが国営軍の総司令官にまで対価を要求したことに驚きはなかったが、とてもではないがいい予感はしない。
「……それで、対価は一体何になったのですか? 税収調査の資料ですか?」
「国営軍の書庫の自由閲覧だ」
ヴィンセントは思わず目を瞠った。国営軍の書庫に国内外には貴重な文献があり、申請すれば閲覧できるのだが、どう考えてもレティシアの目的はそれではないとわかったからだ。
「どうやら凶賊たちに、機密情報の保管場所が知られているようだな」
イーツカルツェ公爵は相変わらず面白そうに笑っているが、これは大問題だ。一体どこからその情報が流出したのか。軍内部に諜報が潜り込んでいる可能性がある以上は、徹底的に調べなければならない。
「それで、まさか了承したのですか?」
「機密情報は公開不可ということで彼女も同意している。それに内部の様子を探ったところで外部から侵入はできまい」
公爵の言う通り、書庫への侵入は容易ではない。警備はもとより、城や星堂と同様の加護が掛けられていて、魔女の呪いからも守られているのだ。
「確かにそうですが……」
やはり面通しをさせない方がよかったという言葉は飲み込み、ヴィンセントが額を押さえていると、イーツカルツェ公爵が見透かしたような目をこちらに向ける。
「おぬしの心配もわかるが、彼女の協力は必須だった」
「……」
「それに次の護衛策なら、レティシア嬢の行動は今以上に制限できる。魔女の存在に勘づかれないように手を回すことも十分可能だ」
そしてその策は黒幕に対して有効でもある。国家転覆を目論む者なら、その計画が露見するような行動はしないからだ。それは軍略に疎い魔女も同じ。王族が滅亡できる絶好の機会を棒に振ってまで、レティシア嬢を狙いはしないはずだ。
説明されずともその理屈はわかっているのだが、簡単には返事ができなかった。




