96話 隠し事3
(あの男を尋問できなかったけど、星授の儀に関する文献がありそうな書庫の閲覧の許可は得た。そうすると残すはあれだけね)
面通しを終えたレティシアは、御者に行先を告げて馬車に乗り込んだ。ローレンスは邪魔ではあるが、この男がいる分、自由に動ける。
(見張りの目には私の行動が不審に映ることはないし、監視するのも私の行動ではなく、周囲の人間に向くはず)
そうなるとレティシアが欺くのはローレンスだけ。しかも調べることが輝星石に纏わる伝説についてなので、知っているか知っていないかの二択しかないので、社交界で魚を釣るよりも楽だ。
そうして広場で降ろしてもらうと、レティシアは記憶を辿りながら、例の輝星石のチャームを買った店に入った。店構えもそうだが、店内も相変わらず目に毒な商品で溢れている。
「いらっしゃいませ。お探しの物はお決まりですか?」
今日は金払いの良さそうなローレンスがいるからか、わざわざ店主が話しかけてきた。
「ええ、書簡箋が欲しくて」
「それでしたら色々なものを取り揃えておりますよ」
レティシアは店主に勧められたものを『まあ、素敵』、『これもいいわ』と、心にもない言葉を唱えながらほいほいと手に取っていく。自分で選ぶのも面倒だし、釣った魚二匹とも文のやり取りは今後も発生するはずなので、在庫として持っておいていいだろう。
ちなみにローレンスは、買い物が長くなると思っているようで、入り口付近で待っている。それを確認したレティシアは、さりげなく本題のものについて尋ねた。
「半月くらい前に、ここで幸運のお守りという星形のチャームを買ったのだけど、まだあるかしら?」
ローレンスにも聞こえているだろうが、ごく普通の内容なので問題はない。
「おや。お嬢様は幸運を掴まれたお一人なのですね。実はあれは偶然手に入った数量限定の商品でして、もう入荷がないのでございます」
「まあ、そうだったの。他に幸運のお守りみたいな商品ってないかしら?」
「残念ながら、あのような商品は滅多に取り扱っておりません。『お守り』というと、やはり一番は星堂への礼拝ですから」
(確かにそうだわ)
星も加護も信じていないので、言われるまで思いつきもしなかった。
「じゃあ、あのチャームは輝星石で作っているから幸運ってことなの?」
「ええ。星の輝きを持つ石をこの国の加護である星の形にしていますので、それは幸運以外の何ものでもないでしょう」
営業笑顔でを淀みなく喋っいても、口から出まかせなのが丸わかりだ。
ということはこの男は輝星石の伝説は知らないのだろう。チャームを売りにきた商人なら知っていそうな気はするが、商人を教えろと尋ねる令嬢なんていやしないので、この話題はここまでにする。
「もうないのは残念だわ。義姉様には別のものを買おう。最近人気の商品はあるかしら?」
「もちろん、ありますとも」
店主と適当な情報がそれ一つでは全然足りない。今度星堂にいったついでに聞いてみるとしても、他の人間にも聞いておきたい。
(聞くなら伝説に詳しい人……いや、輝星石の専門家か。よし)
そうと決まれば、もうこの毒々しい店に用はない。レティシアは店主に会計を頼むと、ローレンスが金を払っている間に、包みを持って店を出た。
(宝飾店の方向は、あっちだったっけ)
貴族ならばわざわざ店に足を運ばず、家に呼ぶものらしいが、これまでそういうものを拒絶してきたレティシアがそんなことをしようものなら、それこそ義兄を通して軍に筒抜けになる。だから行動の自由が利く今、行くべきだ。
そう考え、レティシアが侍女から教えてもらった宝飾品店の方向を見ていれば、ふいに声をかけられた。
「あら? もしかして、レティシア様?」
振り向けば、日傘を差した令嬢とお付きの者がいた。中流の商人の娘が着ている服に、義姉が好みそうな髪飾りを付けた栗色の髪。そして深い緑色の大きな目。そしてまだ幼さが残る顔。チェスティエン伯爵家の今年成人した娘だ。
「ご機嫌よう。マージェ様もここにお買い物ですか?」
「ええ。ここはいつ来ても可愛いものがたくさんあるから、大好きで。レティシア様もそうでしょう?」
「ええ、もちろんです」
きらきらした笑顔を向けられたレティシアは、「別に私は好きではない」という言葉を心の中に留め、代わりに正反対の言葉を発した。この場に同類令嬢がいてくれたらよかったのにと思い、むしろいたら収集が付かなくなっていたかと考え直す。
「ラインベール公爵にお目にかかります」
マージェは店から出てきたローレンスに、淑女の礼をしようとしたが、彼女がお忍びだと気づいたローレンスがそれを手で制した。連れは侍女しかいないのに、令嬢だとわかるような動作をさせるわけにはいかない。
「こんにちは、マージェ嬢。今日は買い物かな?」
「ええ! 社交界期間中しか王都にはいないので、思う存分楽しもうと思いまして」
(へえ。社交界が開かれてる最中は王都にいるのか)
養父であるファンルドー男爵は王都に出掛けることはあっても、一カ月単位で領地を空けることはなかった。上流貴族でないので社交界にさほど呼ばれないということもあるだろうが、それよりもレティシアがいたこと理由だろう。話を聞いた限り、レティシアの扱いを取り決めるために、一年以上前からローレンスとやり取りをしていたようだし。
「ええ。レティシア様はお父様とお買い物にいらしていたのですね」
んなワケあるか。レティシアは喉元まで出かかった言葉を、グッと押さえ、代わりに引き攣った笑顔を浮かべる。
「ちょうどよかったわ。今度のお茶会なんですけど」
「お嬢様」
主の言葉を遮り、侍女がこっそりとマージェに耳打ちする。唇の動きを読むと、招待状を出したのは今朝だから、まだ届いていないだろうと言っている。
「そうよね。私ったら気が早くって」
恥ずかしそうに照れ笑いするマージェ。
「今朝招待状をお送りしたのですけど、今度、王都の邸でお茶会を開くんです。お披露目して最初のお茶会だから、お父様が親しい人を誘ったらと仰ってくださったので、ぜひレティシア様にお越しいただきたくて」
親しい人と聞いたローエンスが驚いたような視線を送ってくる。だが、驚いているのはレティシアの方だ。
(一体いつ私は親しいと呼べる間柄になったんだ?)
チェスティエン伯爵家の領地は西側なので、ハインカルツェ公爵家と交流はあるのだろうが、レティシアがこの令嬢とまともに話したのは今日で二回目。それに前回お喋りが盛り上がっていたのは、レティシアではなく、クラリスだ。あのあと書簡は来たが、あくまで挨拶程度のものだったはず。頭でも打って記憶が混乱しているのではないかと思っていれば、
「他にお呼びしている方は、レティシア様がご存じのご令嬢ですと、シャロンやクラリス様とか」
(ああ。これ、本命はクラリスか)
すぐピンときた。西と東。家門同士の交流のないから、気兼ねなくクラリスに来てもらうために、レティシアを出しにするつもりのようだ。そんなことをしなくても古参に入るチェスティエン伯爵家の誘いなら、婚家であるビシェンロ子爵家のためにも断りはしないだろうに。
「家に帰ったら予定を確認しますね」
「ええ、ぜひ!」
もはや出席が決定事項のような笑顔を見せられ、レティシアは半目にならないように気をつけた。
「では御者を待たせていますので、私たちはこの辺で失礼しますね」
なんとか笑顔を張り付けて手を振ると、レティシアは西へと歩き始めた。若い娘が中心のお茶会なんて出席しても、情報収集なんてほぼ期待できないから出たくはないのだが。
(ああ、でもお茶会を口実に義姉様を呼んで、あのチャームを……)
色々考えていると、隣を歩いていたローレンスが、
「その……あの子とは親しいのかい?」
「……顔見知りです」
必要がないのに答えたのだから、詳しいことは一切言わない。ただそれでもローレンスには十分だったようで、「そうか……」と意味ありげな独り言をつぶやいた。
「ああ、レティシア。馬車ならそっちじゃなくて……どこに行くんだい?!」
レティシアはローレンスを無視して歩く。向かうは宝飾店だ。




