97話 女の戦い方1
「レティ、どうしたんだい? 眉間に皺なんて作って」
「義兄様」
レティシアが分厚い本とにらめっこをしていれば、部屋に来たリベルトが小さく笑いながら指摘する。顔を向ければ、その手にカップが二つ乗ったトレーがあるのが見えた。
「ああ、これはレティの顔を見る口実に持ってきたんだよ」
口を開く前に弁明されたので、レティシアは無言で義兄をじーっと見るだけに留めた。
「ところで何を見てるんだ?」
レティシアは答える代わりに、正面に座ったリベルトに招待状と本を渡した。ちなみに本は家庭教師から渡された、貴婦人の社交界での心得やらが書かれたものだ。
「チェスティエン伯爵令嬢からお茶会に呼ばれたんだね。……それであまり気乗りしないんだね?」
義兄は香茶を飲むレティシアに同情の目を向けた。
「気乗りしないわけではありません。一昨日マージェ様とお会いした時、お茶会をとても楽しみにしていましたし、義姉様も呼ばれているので、ちゃんとしなきゃと思って」
「クラリスも招待されているのか?」
「ええ。以前、エレンツィオ様に招待された花見の席で、マージェ様と知り合ったんです。そこで意気投合して」
『義姉が』という主語は省いた。
「チェスティエン伯爵家なら、きっとレティシアの状況もちゃんと把握されているだろうから、そんなに気負わないでいいと思うよ」
リベルトは眉を下げて笑う。
「ああそうだ。お昼は外で食べよう」
「外ですか?」
「久々に晴れてるから、気分転換になるだろう」
リベルトはそう告げて部屋を出て行く。
(ヴァスバード侯爵なら、絶対に追求してくるだろうに。義兄様は甘いな)
一昨日、国営軍に行ってから引きこもっているレティシアの状態を探るために、リベルトは給仕の真似をして来たのだろうに、あの程度の軽い説明で納得してしまうとは。義兄は本当に諜報に向かないと思った。
◆◆◆
そして迎えた当日。主催のマージェを中心に、花のように色とりどりのドレスを着た娘たちがきゃぴきゃぴと女子トークを繰り広げていた。
「マージェ様、この香茶、もしかしてハークレーブですか?」
「すごいですわ! 今年は手に入らないと言われていましたのに」
飲めれば全部同じじゃないか。香りの違いなんてわからない元凶賊のレティシアは、作り物の笑顔の下で、そんなことを思う。
茶会に招待されていた客はレティシアとクラリス、マージェの従姉妹のシャロンを含めて十人。皆年の近い娘ばかりなので、話題は香茶にお菓子、歌劇、社交界の恋愛話と、当然この年代の流行や趣味が中心だった。もし招待客が既婚者中心なら、夫や家の問題など、多少は使えそうな情報が出ていただろうに。
同世代の女から得られる情報って、こんなもんだよなと思いつつも、血縁ではない女ばかり集まってるのに平和なことに驚いていた。
(てっきり私をのけ者にするとか、チクチク嫌味を言うと思ってたのに)
一生に一度のお披露目の場で、レティシアは注目をかっさらったのだ。レティシアの存在は、婚約が決まっていない女はもちろん、婚約者がいる女にとっても面白くないだろう。
『自分が悪くなくとも、相手の女と面識がなかったとしても、勝手に恨んでくるもんなのよ』
『表面上は笑顔で優しそうにしてても、裏で企むような陰険な女もいるから、十分気を付けなさい』
適当に相槌を打ちながら、モンテアーノ家で生活していた頃に、女たちから注意されていたことを思い出していれば、
「そういえば……レティシア様はカルロ様と親しいのですか?」
恋愛話の途中で、突然、レティシアに話が振られた。ちなみにカルロとは前の夜会でバルコニーで釣った魚の一人だ。やっぱり平和ではなかった。
「親しいと言いますか、以前、カルロ様に夜会で親切にしていただいたことがありまして」
「あら、そうなのですね? お二人だけで会われたと聞きましたので、てっきり親しい仲なのかと」
(あの魚、ずいぶん話盛ったな。それか尾ひれが付いたか?)
なお直接会ったのは一回で、その後二回ほど書簡のやり取りをしただけだ。それでもうそんな噂が出回っているということは、きっと魚自らが流したのだろう。その点で言えば順調ではあるが。
(女の戦いって面倒くさい)
話を振ってきた娘は可愛らしい笑顔を見せているが、切れ長の目は笑っていない。
さっき聞いた話では、この娘は婚約者有りとのことだが、やはり突然現れた得体の知れないレティシアは面白くないようだ。あの男、エレンツィオほどではないが、ムダに女にもてそうな顔をしていたし。
(溜飲を下げられ、かつ私を貶める噂の種を得られる絶好の機会というわけね)
ここでレティシアが否定すれば、むしろ怪しく見えるので、腹黒令嬢にとっては、噂を立てるにはもってこいの状態になるというわけだ。それを即座に理解したレティシアは、
(やっとこの八日間の頑張りを披露するときが来た)
と、心の中で拳をギュッと握りしめた。リベルトは気づいていなかったが、レティシアが熱心にあの分厚い本を読んでいたのは、貴族の女の心理を利用し、自分に好都合な噂を立てさせるためだ。
社交界はシーズンがあり、星祭りが終わるとほとんどの貴族は領地へ帰ってしまう。だから残りの短い期間で使える男を寄せ集めなければならないので、有益な情報を得られない茶会に出席したのだ。
「なになに?」「そんなお話、初めて聞きました」と、他の娘たちが興味深々にレティシアを見たところで、
「そんな素敵なお話ではないのですが」
と困ったように、けれどまんざらでもないという様子を演じながら、レティシアはその日の出来事は正確に、心に思ったことはまるきり変えて話し始めた。




