91話 調べ事はこっそりと1
長閑な景色が流れて行く。前に見たときよりも緑がだいぶ濃くなった。そんなことを思いながら、視界の端でそわそわした空気を感じ取り、そちらに目をやった。
「……義兄様、酔ったのですか? 席を代わりましょうか?」
レティシアは向かいの席で落ち着かない様子のリベルトに声を掛ける。馬車が合わないのか、それともあの男が勝手に用意していた服が合わないのか。
「いや、そうじゃなくて……、まさか本当に剣を鍛えていただくなんて」
落ち着かないのではなく、ただ委縮していたらしい。なんだ、そんなことかと思いつつ、レティシアはきっぱりと言い放つ。
「義兄様は護衛以外にもあの人の相手もしているのだから、このくらい当然のことです」
ローレンスを「あの人」と表現したことにリベルトはなんとも言えない顔をしたが、指摘することはしなかった。
「でも、わざわざレティシアまで鍛冶屋に行くなんて」
「知っての通り私は暇ですし、あの職人は一癖どころか三癖はあるので、権力を笠に着て圧を掛けに行くべきかと思いまして」
レティシアはさも当然という顔をしながらも、心の中ではリベルトに謝った。
こうなったのは、数日前。切れないペーパーナイフを調べるのに、口が固くて刃物に詳しい人物といsて、あの変人職人爺を思い出したことがきっかけだ。あの変人なら口を割られても、適当に言える。そのうえレティシアが鍛冶屋に行くのに、ちょうど理由になり得るものがある。となればこれを使わない手はない。
レティシアは腹を立てている風を装って、「あれだけ養父様たちに迷惑を掛けておきながら、まだ義兄様に迷惑を掛けるのか。任務だからといって、剣の一本も贈らないなんて人としてどうなのか」とマクシミリアンに小言を零したのだ。褒美に剣を渡すなんて、ひと昔前の領主と騎士のようだが、義兄は軍人だし、欲がないのでお礼として渡す代物としてはちょうどいい。それに新しく剣を鍛えるには、本人に合わせなければならないので、リベルトは鍛冶屋に行くことになり、それに暇を持て余したレティシアが同行するという形を取っても不自然には見えない。
その思惑通り、レティシアの言葉はその日のうちにローレンスに伝わり、リベルトのための剣を鍛えてもらうことに決まったのだ。
数刻馬車に揺られ、目的地の町に着いたレティシアは、宿場に馬車を預けてリベルトと共に歩き始める。
「……もう少しゆっくり歩いた方がいいかい?」
リベルトがレティシアの方を振り向きながら訪ねる。今レティシアが着ているのは、令嬢が旅行するための少し簡素なだけのドレスだ。彼はレティシアがこういう服で動き慣れていないことを知っているので、気に掛けてくれたようだ。
「いえ、大丈夫です。今も十分ゆっくり歩いてくれていますし、それにヒールのない靴を履いてますから」
レティシアは立ち止まってスカートを摘まんで右足をあげると、「ほら」とぺたんこの靴を見せる。
「さすがはレティシア。準備万端だね」
リベルトは眉を下げて笑う。きっと傍から見れば、従兄妹が他愛のない会話をしているだけのように思えるだろう。
(……見張りは二人か)
周辺の気配を探っていたレティシアは、同じように立ち止まった数を数え、やっぱりと目を細めた。リベルトはあくまでレティシアへの牽制としての役割だから、別に見張りを付けていることは想定していた。だからこの外出で見張りの数と熟練度を調べようと思っていたのだ。
(常に二人一組で行動しているのか……? まあ、とにかくこれから動くときは連中を撒かなきゃいけないのは確定ね)
面倒くさいと心の中で舌打ちする。そうして彼らに悟られぬようにいつも通りに振舞いながら、鍛冶屋に着いた。
「お待ちしておりました。リベルト様、お嬢様」
鋼を打つ音が響く中、出迎えたのは変人職人爺のたぶん弟子だ。レティシアが来ることは事前に伝えていなかったが、前にエドモンについて来たことがあるので、レティシアを見ても特に驚く様子もなく、てきぱきと進めていく。
「では一度剣を見せていただけますか?」
リベルトが鞘ごと渡した剣を見る。鞘の色から、国営軍で使っている剣のようだ。
「実際に剣を振ったときの状態を見たいのですが、よろしいですか?」
「えっと……」
「どうぞ。私はその間見物していますから」
リベルトが気遣わしげにこちらを見た瞬間、レティシアは即答した。何を見物するのかは言わずに。
そうして二人が少し離れた所に行き、喋りながら剣を振り始めると、レティシアはそっとその場から動いた。そして工房へと向かった。
(熱っ!)
工房内は金属を熱っするための炉があるから、入り口にいても熱気がすごい。なんでこういうときにドレスなんてものを着てきたのかと後悔しつつ、変人職人爺を探す。剣を鍛えてたら喋りかけられなかったが、レティシアが訪れたときは運よく一仕事を終えた後のようで、変人職人爺は工房の片隅で水を飲んでいた。
「ご機嫌よう。お仕事中に失礼しますわ」
他の職人や弟子とは違い、変人職人爺はレティシアが近づいても驚くどころか一瞥くれることもない。けれどそんなことは気にせず、レティシアは変人職人爺に近寄った。
「あなたなら、この年代物のナイフのことを知っているかと思って来てみたのだけど、どうかしら?」
レティシアの言葉に、変人職人爺はようやくこちらを見た。
(ペーパーナイフもナイフのうち! 嘘は言ってないから!)
悪徳商人のような言葉であるが、何を言えば変人職人爺の興味をそそるか考えた結果、こういう言い方になったのだ。
ちなみにレティシアの予想した通り、変人職人爺は人間に興味はなくても、刃物には興味があるらしい。眉をピクリと動かし、如何にも気難しそうな表情のまま、無言でレティシアがハンカチの上に広げたペーパーナイフ擬きを手に取った。
レティシアが固唾を飲んで見守る中、職人はしばらく刃を指で弾いてみたり、目線上に持ち上げて片目で凝視したりと色々していたが、ふいに炉のそばの灰を一つまみほど取ると、刃の根本に擦りつけた。一体何をしているだろう。レティシアが首を傾げていれば、変人職人爺がぼそりと呟く
「これは鉄でも鋼でもない。……もしかしたら、輝星石かもしれん」
「輝星石って、宝石の?」
輝星石とはこの国でしか採れない宝石で、星のような美しい輝きを持つという鉱物だ。だがこの刃の光は鈍すぎて、輝星石とは似ても似つかないし、このサイズの輝星石なんて国宝でも存在していない。それにだ。なんで宝石をペーパーナイフなんかに加工するのだろう。
「輝星石はただの鉱石ではない。その昔は奇跡の力を宿すといわれた特別なものだった」
「?!」
「奇跡の力が結晶化したものという説もあったな。輝星石で鍛えた剣はそれはもう美しく、古の戦いで活躍したという」
「古の、戦い……」
思わぬ話にレティシアは目を瞠った。
「その話を師から聞いた時は心躍ったのう。選ばれたものだけが鍛えられた輝星石の剣。いつかそんな剣を己の手で鍛えたいと願い、日々鍛錬に励んだものじゃ」
しみじみと昔語りをしはじめる変人職人爺。しかしいつまでも思い出に浸られては話が進まないので、レティシアは相槌も打たず、話を戻すことにした。
「その輝星石の剣って、有名な話なのでしょうか?」
「有名ではないじゃろうな。そもそも輝星石の剣は一部の地域で伝えられてきた伝承でしかない」
文字がない時代は口頭で語り伝えるしかなく、元の話とは全く別ものになることもしばしばある。
(たぶん、輝星石の剣も)
このサイズの輝星石ですら珍しいのに、長剣など鍛えられるほどの巨大な輝星石があるわけがない。きっとあまりにも真偽が怪しかったため、伝承は廃れていったのだろう。だからこそ一部の地域の伝説に留まった。
「でもどうしてこれが輝星石の剣だと思ったのですか? 全然輝いていないのに」
「剣の形もそうじゃが……ほれ、これの刃の根本。ここに模様があるじゃろう?」
爺から返されたペーパーナイフ擬きを見る。確かに刃の根本、剣なら樋があるだろう場所に、先ほど擦りつけた灰によって紋様らしきものが浮かび上がっていた。レティシアは眉根を寄せる。
「わしの師匠が持っていた書に描いてあった剣と同じ意匠じゃからそう思った。模造品の可能性もあるが……それを熱に入れれば輝星石かどうか判別はつくが」
「いえ、そこまでしなくていいわ」
熱に強い輝星石なら炉に入れたところで、溶けることも柔らかくなることもないが、もし輝星石でなかったらという可能性も考えて断った。これだけ情報が集まったのだから、材質を明確にする必要はないし、熱して壊れてしまったらと思うと怖い。
「……輝星石に奇跡の力があったって言っていましたよね? 今はないということかしら?」
「ないじゃろう。でなければ輝星石を鍛える技術も職人も、途絶えるわけがないからの」
「確かにその通りだわ」
こちらに近づいてくる気配を感じ取ったレティシアは、素早くナイフ擬きを布で包むと、スカートのポケットにしまった。
「ありがとうございます。さすがは国一番の職人ですわ。刃のことなら何でも知っていらっしゃる」
レティシアが礼を言うのと同時に、リベルトが「レティ、ここにいたのかい」と言いながらやってきた。姿が見えなくなったから心配したようだ。
「ああ、それと父からの依頼の剣だけれど」
レティシアはリベルトの腕を引っ張り、自分の前に出す。
「ぜひこの人にピッタリの剣をお願いしますわ」
レティシアはわざと満面の笑みで厚かましくお願いをする。突然話に加えられたリベルトは訳がわからないという顔をしながらも、癖のある職人が目の前の爺だとわかったようで、頭を下げた。爺は「この小僧か」とぶつくさ言っていたが、リベルトを下から上まで見た後、「うむ」と頷いたので、たぶん引き受けてくれたはずだ。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。それでは剣を楽しみにしていますわ。義兄様、行きましょう」
そうして至って普通の様子で工房を後にした。胸騒ぎを隠しながら。
◆◆◆
中央部隊の基地の執務室では、ヴィンセントが手にした書簡を険しい顔で見つめていた。先ほど早馬で届けられたそれに記されていた内容は、既に予想していたことだ。それが一番近道で確実な方法だとわかっていたから。しかしできる限り関わらせたくなかったというのが本音だった。
「明後日、本部へ行く。予定を調整してくれ」
「は。承知いたしました」
副官に頼むと、ヴィンセントは短い書簡をしたためた。宛先はもちろん、国営軍の総司令官であるイーツカルツェ公爵だ。




