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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編2
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85話 嵐の予感3

 近づいてくる豪邸をレティシアは睨むように見ていた。


(またここに戻る羽目になるとはね)


 事情聴取を終えたレティシアを待ち受けていたのは、ローレンスだった。事情聴取のときにいなかっただけマシだと思うことにしたが、馬車内でこちらを窺いながらも喋り掛けてくるので、非常にうざかった。視線で黙らせたが、視界内に入るだけでもイライラする。


 そうして不愉快な時間が流れ、王都内の邸に着いた頃には既に日が暮れ始めていた。馬車が停まり、扉が開くとレティシアはローレンスのエスコートを無視して馬車を降りる。


「お帰りなさいませ。お嬢様、よくぞご無事で……」


 玄関で待っていたマクシミリアンは、声を詰まらせる。その目には涙が浮かんでいる。レティシアはただいまとは口にせず、「大げさすぎじゃない?」とだけ言って、玄関を潜り、目を丸くした。玄関には侍女の他に、頭部に包帯を巻いたエドモンが直立不動で待っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「申し訳ありません……! お守りしなければならなかったのに、お嬢様を危険な目に遭わせてしまい……」


 レティシアを見るなり、頭を深々と下げるエドモン。すっかり忘れていたが、彼は誘拐された時に襲われていた。


「あなたが謝る必要はないから、顔をあげてちょうだい」


 声色はどうだったっけと思いながら、借りてきた娘の演技をするレティシア。反応を見る限り、彼らはレティシアの生い立ちを知らされていないようなので、ならばこちらもそれに合わせなければいけない。


「ああいうのは慣れてるから気にしないで」

「え? 慣れてるって」


 エドモンが戸惑った顔でこちらを見るが、それは無視する。


「それよりあなたはベッドで寝てるべきじゃくて?」

「オレ、いや僕は頭を殴られただけなので、もう大丈夫です」

「頭は打ちどころによっては危険だから、あと一ヶ月くらいは大事を見た方がいいわ」

「いえ、しかし……」

「ほら、怪我人は安静にして」

「お嬢様の仰る通りですよ、エドモン。お嬢様に心配を掛けさせるものではありません」


 マクシミリアンにも促されたエドモンは、すみませんと、下げなくていい頭を再び下げて自分の部屋へと歩いていった。


(……なるほどな。ヴァスバード侯爵が難しい顔をするわけだ)


 彼から話を聞いても、まだエドモンが黒幕に買収された可能性を排除しきれずにいたのだが、その線はたった今、完全に消えた。


(だとしたら新種の薬……? そんなピンポイントな薬ってある? 情情報屋(おやじ)に聞いておけばよかった!)


 これが黒幕を絞るヒントになったかもしれないのに。聞かなかったことを悔やんでいれば、マクシミリアンが声を掛けてくる。


「お嬢様もお疲れでしょう。すぐにお食事をご用意いたしますので」

「食欲ないからいらないわ。お風呂だけ用意してくれる?」


 レティシアの要求に、侍女が「畏まりました」とテキパキと動いた。彼女が自分の正体を知っているのかわからないが、余計なことを言わないので助かる。レティシアは部屋に行こうとし、


「レティシア、少しいいかな」


 突然呼びかけてきたローエンスを横目で睨んだ。


「いつか君とちゃんと話しをしなければと思っていた。疲れていると思うけど」

「あなたと話すことはありません」


 話を聞くだけムダなので、レティシアは無視して歩き出す。


「レティシア!」


 後ろから左手首を掴まれた瞬間、レティシアはパッと振り返り、自らローレンスと向かい合った。レティシアの予想外の行動にたじろぐローレンスを尻目に、左腕を回しながら手首を起こした。その結果、レティシアの左手を掴んでいたローレンスは、外側に己の手を捻ることになり、手から力が抜けた。その瞬間を逃さず、自分の左手を抜いたレティシアは、素早く右手でローレンスの手の平を掴むと、彼の手をさらに外側に捻った。


「だ、旦那様っ?!」


 肩から捩ることになったローレンスが情けない悲鳴をあげると、マクシミリアンは血相を変えて飛んできた。ローレンスはどうでもいいが、若くないマクシミリアンの心臓に負担を掛けるのはかわいそうなので、手を離した。


「何もできない人間が」


 レティシアは立ち上がりながら吐き捨てると、ローレンスに一瞥もくれずに自室へと戻った。





 高級な家具や寝具が置かれた広い部屋は、相変わらず他人の部屋のようで、居心地が悪い。こんな部屋よりも第五区の狭くて安い宿の方が落ち着くと思いながら、フカフカのベッドに座ると、サイドテーブルから宝石箱を取り出した。誘拐時に大活躍した護身用の指輪と、それを収納するバングルはヴァスバード侯爵に没収されたままなので、いま手元にある宝物は小さな木箱と、古びたペーパーナイフ擬きの二つだ。


(まさかこの箱がね……)


 箱を手にとったレティシアは感慨深く眺めた。二年半前、一家を追放されたときに『誰にも教えず、隠せ』と言われてカイから渡されたものだったから、ずっとカイからの餞別だと思っていたのだが。


(クソジジイがヴァッセに渡してたやつだろうな)


 朧げな記憶ながらも、儀式っぽいことをした直後、ジジイがレティシアの目の前で妙な動作をしていたことを覚えている。何か虫を捕まえるような、そんな動作を。そしてぽかんとしているレティシアを残してヴァッセの元へ行き、箱らしきものを渡していたのを見ている。


(予想が合っていれば、この中に入っているのは)


 中を確認しようと箱を取り出し、すぐに異変に気づいた。蓋の溝どころか継ぎ目がなかった。どういうことかと、レティシアは箱の全ての面を引いたり押したりと、思いつく限りの動作を試してみたが、びくともしなかった。斧で割れば開くだろうが、そうまでして中身を確認する必要性も緊急性もないので、宝箱の中に戻した。


(隠し場所が決まるまではここに置いておくとして、予想外だったのはこれだな)


 レティシアはペーパーナイフ擬きを手に持った。これはボスから「災厄が起きた時に使え」と言われている、切れないナイフだ。

 そしてカイが言っていた、『災(・)厄(・)が(・)起(・)こ(・)る(・)ま(・)で(・)は全部言った通りにしとけ』という言葉。あれは箱のことだけではなく、このナイフのことも指していた。

 皮一枚切れないのに、肌身離さず持つ必要性がわからないが、言われたので持っておこう。


(……というか災厄ってなに?)


 ヴァッセは教えてくれなかったし、カイも教えてくれなかった。災厄だから災難のことを言っているのは確かだけど。


(それって今じゃん!)


 心の中で文句を言いながら、災厄のことも調べておくかと、頭の中の調査リストの下の方に追加した。

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