幕間2
レティシアがヴァッセに助けられ、第五区に来てすぐの頃の出来事
「……趣味を変えたのか」
「なに寝惚けたことを言ってやがんだ、クソジジイ」
レティシアはヴァッセの後ろに隠れ、「クソジジイ」と呼ばれたものを見上げていた。頭からすっぽり被ったローブの下に見えるのは、猛禽類の顔を模した仮面。上嘴までの半仮面だから口は見えるし、手足や体は人間のそれと同じだから人間なのだろうが、とても不気味で怖かった。
「どうするつもりだ? ただ刻むだけではないのだろう」
クソジジイの口から飛び出したとんでもない言葉に、レティシアは完全にヴァッセの背後に隠れ、彼の外套を強く掴んだ。このクソジジイに殺される。ギュッと目を瞑ったまま、ガクガク震えた。
「…ェが……ナか……ンタにゃ……ぅのチャンスだろうが」
「……ガワリがいるな……れぬ……ノチがあるという……だぞ」
「……ってるが、……ツワもタマシイも…………ろえてんだろう」
(あれ……?)
一向に何も起きないため、レティシアは片目をそっと開けてヴァッセの背後からクソジジイを見た。クソジジイはレティシアそっちのけでヴァッセと何かを話し込んでいた。何を話しているのかわからなかったが、なんとなくヴァッセがクソジジイを説得してるように感じた。
一体何だろう。首を傾げていれば、二人の間で何かが決まったらしい。ヴァッセについてこいと言われ、扉を潜った。
扉の先は部屋ではなく、下へと続く階段だった。一体どこに向かっているのか。もしかしたらこの後、切り刻まれるのではないか。不安が募ってきたところで、ようやく扉から漏れ出る明かりが見えた。やっと目的地に辿り着いたらしい。
レティシアは安堵しながら出口の扉を潜り、目を見張った。
空よりも高い天井から差し込む一筋の光。最初にいた暗い部屋からは想像できないほど美しく、幻想的だった。
その景色にレティシアは恐怖を忘れて呆然としていたが、クソジジイに声を掛けられて現実に戻された。
「ほれ、そこの中に立ってみろ」
クソジジイは光の真下にある、円形の演壇らしき場所を指差した。一体何されるのかと、レティシアは慌ててヴァッセにしがみ付いた。
「大丈夫だ。何もされなねェから安心しろ」
ヴァッセが頭をぐしゃぐしゃと撫でて頷いたので、レティシアはおっかなびっくりしながらも一歩を踏み出した。そして演壇に上がる。演壇は白い石でできていて、綺麗な模様が描かれていた。
「娘。名は?」
「レティ……」
口に出した直後に、慌てて止めた。その名前は昨日捨てたのだ。レティシアは大きく息を吸って心を整えた。
「私の名前は」
そうしてあの人から与えられた新しい名前を堂々と告げた。爺は「なるほどな」と意味深に呟くと、それからごにょごにょと何かを言いながら、レティシアの額に皺が刻まれた手を翳した。




