77話 帰路3
「門は古の時代の遺跡で作った道具、私たちは『鍵』と呼んでいるけど、これを使って決められた記号を書くの。そうすれば同じ鍵で書いた記号同士が繋がって道になる。理屈とかは聞かないで。私も知らないから」
観念したレティシアは歩きながら説明する。
「門を作るには条件は色々あって、まず、一つの鍵で作れる門は入り口と出口の二つだけね」
例えたくさん記号を書いても、道として繋がるのは最初に書いたものだけだ。複数の道を作りたければ、その数分だけの鍵が必要になる。
「門の片方は第五区に作らなきゃダメ。じゃないと古の力が使えないから。あと繋げたい先は予め自力で行って記号を書く必要があるわ。他にも条件があって、書く場所は外なら岩や地面、家なら床や壁に書くとか、あとは人が通れるように大きめに書くとかかしら」
一通り必要そうなことを矢継ぎ早に答える。このくらい言えば十分だろう。
「どうやったら門は消えるんだ?」
十分じゃなかった。
「方法は色々あるけど、門の記号に余分な線を付け足したりとか。そうすると記号だと認識されなくなって古の力が消える。他にも書いた場所を壊すっていう手もあるけど、手間がかかりすぎるかしら」
「店にあった門は今どうなってる?」
「消えてただの床になってるわ。また向こうに行くなら、もう一度書きに行かなきゃいけない」
本当は店側の扉は『閉じられているだけ』で、どこかに出口を書けばまた使えるのだが、それを言ったらせっかく手にいれた鍵を盗られてしまう。だからレティシアは素知らぬ顔で嘘を言ったのだが、彼の薄い緑色の目が疑っているようにこちらを見ている。
「人間よりも大きな物は通れるのか? 例えば馬は」
「その大きさはやったことないけど、たぶん無理。古の力ってけっこう厳格で、綺麗に記号を書かないとダメなのよ。ちょっと線がはみ出たり、潰れたりすると認識してくれないから。だからせいぜい人一人が通れる位の大きさが限界かしら」
ちなみに最小の門の直径は銀貨二枚分だ。鍵の先がペン先のように細くないから、これが限度だった。
「なるほど。その鍵というのは幾つ存在しているんだ?」
「モンテアーノ家で所持していた分で六個はあった。他の四家は知らないわ」
「それを所持している者は、情報屋以外では五老院だけなのか?」
「同然でしょ。これは諸刃の剣だもの」
門は離れた場所を行き来するのに便利ではあるが、その反面、敵に知られた途端、あっという間に攻め込まれてしまう危険を伴っている。だから五老院がこれを管理し、さらに使用する際のルールを設けていた。その一つが市井に作る際の場所だ。
「これは条件以外の物に書いても、門として成立するのか? 例えば動物や布は?」
「動物?」
考えたことすらなかった質問に、レティシアはキョトンとする。
「今の君の話だと、門を作る場所を制限しているのは、それ以外の使い方をされた場合を恐れてのように思える」
例えば凧に門を作り、もう片方の門から岩や弓を放つ。そうしたら凧を通じて下の町を攻撃できるのではないか。
「そう言われると、できそうな気もするわね」
レティシアは彼の発想力の豊かさに素直に感心する。
「過去にそういうことを試した者は?」
「私が知る限りはいな……」
レティシアはヴァスバード侯爵と共に足を止め、目の前の光景に目を丸くした。道がぷっつりと途切れ、代わりに大穴が口を開けていた。
「……落盤か」
ヴァスバード侯爵の声色が少々厳しい。向こう側に道の続きが見えているが、穴が大きすぎて跳んでどうにか行ける距離ではないし、縄とか使えそうな道具もない。
「側面の岩を伝って行くのも無理そうね」
「進めない以上、引き返すしか……一体どうなっている?」
後ろを振り返ったヴァスバード侯爵は慌てたように声を上げた。レティシアも振り向いたが、二股の道が続いているだけで、特に変わりない。
「どうかした?」
「道が変わっているぞ……。さっきまで一本道だったのに」
「ああ、そうね」
ごく普通に答えれば、何を言っているんだという目で見られた。ちなみにレティシアも同じ顔で見返した。何を当たり前のことに驚いているのかと思って、そういえばこの男は市井の人間だったと思い出す。
「前に言わなかったっけ? 第五区は古の力が残っているから、道とか時間とかが土地の気分で変わるって」
住居部分である地表は力が薄いから、ここまで大規模なことは起きないが、凶賊が隠れ場所として使う山の内部や、四階層では時々こういうことが起こる。だから凶賊は己のアジトを示す羅針盤を持っているのだ。
「おかしいのは日が出ている時間だけではなかったのか」
ヴァスバード侯爵は額を押さえながら呟く。この男もこういう表情をするらしい。
「……そういえば、スファンもおかしいと言っていたな。『歪んでいる』と」
「それはいつの話?」
「リーズからこちらに来たときだ。門を潜ってこちらに来た直後に。『なんでここに?』と呟いていた」
レティシアは眉を顰める。それはつまり、門を作った場所ではない場所に出たということだ。レティシアもこちらに来たとき、モンテアーノ家とは縁も所縁もない、三階層の町に辿りついた。あれは門の場所を変えたからだか思っていたが、そうではなかったらしい。
(門が交差したってこと……? でもそんなことってある?)
門は同じ鍵で書いた文字しか繋がないというのに
「……考えられるとしたら、土地が動いたってことだけど、あれは大昔の話だし……」
「土地が動いた?」
「百年前に土地の形が急に変わって、今の形になったったみたい。地表ではそれは甚大な被害が出たと聞くわ」
「……もしこの現象がその予兆だとすれば、今すぐ地上に戻りたいが……」
そう言って鍵を見てからレティシアを見る。
「レティシア。何か隠していることは?」
「ない」
やっぱり疑われていた。でも第五区に戻るためにシラを切り通す。
「ならば仕方ない。一度底に降りてそれから昇るか」
彼は穴の底を照らすように手持ちの明かりを翳した。暗くてはっきりとは見えないが、足場になりそうな凹凸はある。
ヴァスバード侯爵は灯りを地面に置くと、荷物を漁った。武器を返してくれるのかと期待したが、出てきたのは布と蝋燭だった。彼は蝋燭の下の方に布を巻いてから、芯に火を移した。
「君はこれで足元を照らしながら降りてくれ」
燭台をレティシアに渡すヴァスバード侯爵。彼は布巻き蝋燭を使うらしい。
「十分注意してくれ」
「はいはい」
適当に返事をするとヴァスバード侯爵の後に続いて、暗い穴を降り始めた。




