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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
第五区編
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72話 現実3

 ヴィンセントはレティシア嬢がベッドで寝ていることを確認してから、部屋の扉を閉めた。そして短剣を袖に忍ばせると、燭台片手に人の気配がする店のへと足音を立てずに向かう。


「オレだ」


 ヴィンセントの気配に気がついたアビが自ら声を上げる。アビ以外にも人がいる可能性を考慮し、ドアを少しだけ開け、相手を確かめてから中へ通した。


「悪いな、無駄に警戒させちまって」


 そう言いながらアビは両手に抱えていた鍋と籠をテーブルの上に置く。


「皿とか窯はあんだけど、飯や木炭は置いてねェからな」


 そう言ってチラリと店の奥の扉を見る。


「彼女はまだ意識を失っている。手加減しなかったからしばらく起きて来れないだろう」

「そうか……」

「改めて君に礼を言う。君があの場に来てくれなかったら、私もルタもどうなっていたかわからない」


 ヴィンセントは頭を下げる。


 レティシア嬢を担いであの場から離れたものの、複雑な路地を抜け出ることは非常に難しかった。袋小路になっている道に入ってしまったところにアビが現れたのだ。恐らくレティシア嬢の跡をつけて来ていたのだろう。アビの案内で路地を抜けて(アトロプ)を使ってあの街から脱出できたうえ、情報屋の隠れ家の一つであるこの家に連れてきてくれたのだ。


「別に礼を言われることじゃねェ。オレが自分の意思でやったことだからな」

「少し時間を貰えるか? 君に話しておきたいことがある」


 アビは部屋の隅に置いてあった椅子を引っ張り出して座った。


 ヴィンセントはヴァッセの死はほぼ確定したこと。それで彼女が取り乱したことを伝えた。アビは終始落ち着いていたところをみると、想定内だったのだろう。


「んであんた、後悔してんのか? ルタのワガママ聞いてあの街に行ったこと」

「……当然だろう」


 指摘されたヴィンセントは表情を固くした。あのとき強引に連れ帰っていれば、彼女は辛い現実に直面することはなかったのだから後悔しないはずがない。


「別にアンタが後悔することじゃねェ。あいつは親父から話を聞いた時点でヴァッセが死んだ可能性があるのはわかってたんだから」

「わかっていた?」


 ヴィンセントは眉根を顰める。レティシア嬢はそんなことは言っていなかったし、漏れ聞こえていた話の中でヴァッセが死んだという言葉は一言もなかった。


「ヴァッセに送った連絡鳥(れんらくちょう)が帰ってきたんだから、とうぜ……」


 話しながら何かに気づいたアビは、ヤベェと頭を抱える。「それはどういう意味だ?」というヴィンセントの問いにアビはしばし唸り、まァいいかと観念したように顔を上げた。


「えーっと、連絡鳥っつーのは伝書鳩だと思ってくれ」

「つまり相手に鳥を使って相手にメッセージを送るのだな?」


 ヴィンセントは知らない体で話を聞く。


「そうだ。んでも伝書鳩とは色々勝手が違って、手紙を届けた相手が死んでいた場合、送り主の元に戻る習性がある」

「ほう」


 その説明は初めて聞いたが、これで合点がいった。スファンが誘拐されていたレティシアが生きていることを明言していたのは、彼女に送った連絡鳥が帰ってこなかったからなのだと。


「……なァ、なんでそんな簡単に納得するんだ?」

「ああ、どことなく星に近いものがあると思ったんだ」

「星……ああ、市井(おもて)の信仰のことか」


 星とは加護であり、その人物の生死を表している。生きている間は星堂の天井の星は輝き、亡くなると星は流れて消えるのだ。ヴィンセントの説明にアビはへぇと珍しそうに耳を傾けた。


「他にも敵が話していた内容からわかったことがある」


 ヴィンセントが直接聞き出したのはモンテアーノ家のボスのことだけだが、男たちが愚痴っていた内容もちゃんと記憶していた。


「まず一階層と二階層の大半の街はすでに敵の手に落ちたと考えていいだろう。南でも建物を木っ端微塵にするほどの攻撃に加えて、残党狩りも行われたらしい。上を根城にしている者たちが生き残っている可能性は低いとだろう。逃げていたら別だが」

「まァ、絶望的だろうな」

「敵は取り分や任務のことで、内部の不満がくすぶっているようだ。街を巡回している末端の奴らは特に。少し余計なお世話かもしれないが、君たちも早く安全な場所へ身を隠した方がいい」


 五老院が支配する一階層の街を一気に制圧するために、数を集めたのだろうが、それが完全に裏目に出ている。忠誠心のない凶賊を従わせるのは不可能に等しく、そう遠くない未来、一般人を巻き込んだ内戦状態に突入する可能性は高い。


「忠告確かに受け取ったぜ。んで、あんたはこれからどーするんだ?」

「ルタが動けなくても、明日にもここから()()()()()へ連れて行こうと思う」

()()方法はわかってんのか?」

「彼女の幼馴染だという男が教えてくれた」

「そうか」


 アビはレティシア嬢が表側の人間になったことは想像していたらしい。ヴィンセントの言葉に驚きもしなかった。彼女は椅子から立ち上がり、


「……なぁ。あんた本当は」


 そこまで言って、けれど口を噤んだ。


「いや……。オレたちにとっちゃ敵でも、ルタにとって敵じゃねェんならそれでいい。あいつを頼む」

「ルタのことは心配いらない。家に送り届けるまで、私が責任をもって守る」

「頼むぞ」


 アビはニカッと笑った。

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