71話 現実2
レティシア嬢を安全な場所に隠したヴィンセントは、気配を消して二人組の後を付けた。男たちは大通りから外れると、細い路地へと入っていく。
「もう十日だぜ? こんだけやって尻尾の一つ出さねェんだ。とっくに別の場所逃げ出してんだろ」
「案外もうくたばってんでんじゃねェか?」
「いつまでこんなことやらせる気なんだ」
「オレらがいたから一階層を制圧できたってのに、こんなシケた街に追い出しやがって。ロクなオンナも居やしねェ」
愚痴を零しながら歩く二人。観察している限り、この男たちは巻き狩りの勢子のような役割なのだろう。当人たちにその意識はないようだが。なんにせよ、この二人がほとんど周囲に警戒を払っていないことは好都合だった。
まずは邪魔な右の男を消さなければ。短剣を持っている左の男はその次だ。
周囲に人がいないことを確認してからヴィンセントは一気に距離を詰める。そして右の男の首の動脈を後ろから切り裂いた。
血が飛び散る中、振り返った標的の男の左手を切りつけつつ、柄頭でこめかみを強く殴る。そして動きを止めた男の躯体を地面に叩き付けた。短剣が地面に転がる。
突然のことに対応できなかった男は、顔面から地面にぶつかり、うめき声を上げた。ヴィンセントは男の右手首の腱を切りつけると捻りあげながら膝で背中を押さえ、男が腰に着けていた長い剣を抜くと、遠くに放り投げた。
「テ、メェ……ッ!」
「声を上げたら殺す。動いても殺す」
ヴィンセントは血の付いた己の短剣を男の首に当てて脅す。
「お前が持っていた短剣。あれをどうやって手に入れた?」
「……ハッ。そうか、テメェ」
「質問だけに答えろ」
右腕を捻る手に軽く力を入れると、男は再び呻いた。
「もう一度聞く。あの短剣をどうやって手に入れた?」
「……上で見つけただけだ」
「落ちてたわけではあるまい」
「……落ちてたさ。手首と一緒にな」
「そんな見え透いた嘘がまかり通るとでも?」
「ああ、テメェは表にいたクチか」
男が余計な口を利いた直後、その首にさらに刃を押し付け、肉に食い込ませる。男は呻くと口を開く。脅しが本気であると理解したらしい。
「あんだけの威力だ。残党狩りの前に、建物ごと木っ端微塵になっただろう」
交戦があったとは聞いていたが、まさかそれほどまでの激しい戦いだったとは。男が真実を語っているとは限らないが、情報屋と会った後のレティシア嬢の行動とを照らし合わせると、今の話は真実だろう。
「上で一体何があったーー」
さらに状況を聞き出そうとしたとき、微かに音が聞こえてきて、一瞬、そちらに気が行ってしまった。その直後、死角になっている背後で気配を察した。
「ーーっ!!」
ヴィンセントは男の首に当てていた短剣を振りつつ、間一髪でそれを避けた。背後で動いたのは拘束が甘かった男の右足だった。靴の踵部分に鋭利な刃が光っている。
(隠し武器か!)
何度か足が動いていた気配があったが、靴が暗器とは思わなかった。反撃を避けるために重心をずらしたことで隙が生まれてしまい、男は力づくでヴィンセントを振り払うと、右足を引きずりながら逃げ出した。その直後、男は短い悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。
「……なぜここにいる?!」
ヴィンセントは目を見開いた。安全な場所に置いてきたはずのレティシア嬢が男の目の前にいたのだ。長剣を男に付きつけ、見下ろす彼女の目は昏く光っていた。
「……にをした。ヴァッセに何をした!」
彼女は躊躇うことなく男の右腕に剣を突き刺した。男は力なく呻き声をあげる。
「ダメだ、やめろ!」
あまりの異様さにヴィンセントが急いでレティシア嬢に駆け寄れば、彼女はこちらにその目を向けた。まるで獲物を狙うような鋭い目を。
「私の邪魔をするな!」
彼女が男に突き刺した剣を抜くする前に、ヴィンセントは彼女の鳩尾を一発殴った。正気を失った彼女を止めるにはそれしかなかった。レティシア嬢はガクンと倒れた。その体を受け止めると、男の右腕に突き刺さった剣を抜き、トドメを刺した。
これ以上、この場に留まるのは危険だ。巡回している部下が帰ってこなければ、どこかで異変があったと気づくだろう。
今のヴィンセントは気を失っているレティシア嬢を抱えているので、戦えないどころか逃げることもままならない。とにかく今はどこか安全な場所に移動しなければ。ヴィンセントはレティシア嬢を肩に担ぐと、急いでその場を離れた。




