67話 情報屋1
女子トークがメイン
情報屋の後継ぎだというアビの案内で、ヴィンセントはレティシア嬢と共に敵の目がない路地裏を歩く。道が複雑なうえ、町並みにも家にも特徴がないというのに、アビはすいすいと進んでいく。
「ルタ。おまえ、追放されたって聞いたけど?」
「そーだよ。それが何か?」
「別に。ただもうパトロンまで捕まえてるから、意外とヤるなァって」
「ねえ、頭と首どっちがいい?」
「恐ェよッ! おまえ相変わらずおっかねェなァ」
和気藹々と喋っているレティシア嬢とアビ。どうやら情報屋と客という関係ではなく、もっと親しい間柄のようだ。不特定の家を相手に商売しているなら、肩入れしないよう、近づきすぎないようにするはずだが、女性同士だから通ずるものがあったのだろうか。
しばらく路地を歩き続け、ようやく一軒の古い建物に入った。ガラクタが散乱していて、人の気配もないので、隠れ家の一つのようだ。
「悪ぃ、鍵を掛けてくれ」
「ああ、わかった」
錆びた扉の鍵を掛け、振り返ったヴィンセントは目を瞠った。アビの目の前、先ほどまでは壁だったはずの場所に大きな穴が開いていたのだ。
(いや、これは門か……?)
向こう側が見えないほど真っ黒な穴は、リーズで見たものと同じく怪しげな光を放っていた。ほんの少し視線を外していた間にどうやって出現したのか。ヴィンセントが考えてる間にも、レティシア嬢はアビから受け取った燭台を持って穴の中へ入っていく。
「ほら、あんたも。罠じゃねェから行った行った」
アビに促されたヴィンセントはやむなく観察をやめ、門を潜った。前と同じように視界が真っ暗になると思っていたが、今回は左前方に小さな薄明かりが見えた。それがレティシア嬢が持っている蝋燭の火だとわかったとき、ヴィンセントは既に別の場所にいた。岩肌のように見える壁に手を触れ、本物の岩であると認識する。
「念のために確認するが、ここは店ではないな」
「店なら今さっきいた家がそうよ……って言ったじゃない。趣味悪いって」
ヴィンセントの反応を見たレティシア嬢は呆れたように言う。
「それ、本人に言うなよ」
ため息交じりの声が聞こえて振り向き、ヴィンセントは眉を顰めた。アビの後ろ、今出てきたはずの門が跡形もなく消えていたのだ。
「止まってないで、早く来い」
「……ここは洞窟か?」
「いや、旧道だ。親父が言ってた」
レティシア嬢は「旧道?」と首を傾げる。
「ほとんどの奴は存在すら知らないんじゃねェかな。オレも滅多なことじゃ使わねェんだけど、追っ手に来られちゃ敵わねェから」
「道っていうか迷路じゃない? 横穴もけっこうあるし」
「迷うなよ。迷ったら最後、生きちゃ出られねェぞ」
アビはニヤリと笑い、冗談めかした口調で言うが、冗談が本当だと思えるほど旧道は複雑だった。
「ここって何階層くらいに位置してるの?」
「四階層に近いんじゃなかったかな。けっこう昔に作られたモンらしいぜ」
「へえ」
(四階層は最初に市井から流れ着く場所と言っていたな)
ヴィンセントは静かに記憶を手繰る。
かつて魔女討伐のため、第五区に侵攻した兵たちの証言の中に、道が蟻の巣のように幾重にも張り巡らされているとあった。あれは廃坑内の道のことを言っていると思ったが、もしかしたらこの道だったのかもしれない。いや、旧道と廃坑が繋がっている可能性もある。
ヴィンセントが考えを巡らせていると、視線を感じた。
「ヴィンスだっけ? ずっと気になってたんだけど、あんた何者?」
アビはそれまでの無邪気な雰囲気とは変わって、狩人のような鋭い目を向けた。
「あんたはここの住民でも、凶賊でもねェ。だろ?」
「なぜそう思う?」
情報屋ということは凶賊事情に精通しているはず。下手に適当なことを言って見抜かれれば、敵と認識される危険もあるため、あえて質問で返した。
「あんたはそこらへんの有象無象とも違う。……そうだなァ。強いて言えば、ヴァッセに近……痛ェッ!!!」
突然頭を抱えて唸るアビ。その横でレティシア嬢が拳を握りしめている。
「何しやがる!!」
「ふざけんなッ!! あの人とどこがどう近いんだよッ!!」
レティシア嬢はアビに詰め寄り声を荒げている。ヴィンセントの認識が正しければ、今彼女がアビを殴ったのはヴィンセントの正体を隠すためではなく、恐らくーー
「って、怒るとこソコかよ!! ルタ、おまえ相変わらずヴァッセ一筋だな。報われないってのに……」
「なんか言った?」
「いいえ、別に」
ヴィンセントはしばらくの間、目を丸くしてレティシア嬢を見つめていた。少々暴力的だが、こんなにも感情を露にする彼女を見るのは初めてだったからだ。そして確信した。
(ヴァッセという人物がモンテアーノ家のボスか)
ヴィンセントは己の仕事上、記録にある凶賊一家の名や構成、犯罪の特徴などの情報を頭に入れている。しかしモンテアーノ家は二十数年前に新頭に代わったらしいという情報を最後に、何一つ情報が入らなくなっていたのだ。恐らくはボスが情報統制をしているのだろう。
「あの人を愚弄した詫びに、相応の情報を差し出すんだよね? 当然」
「愚弄はしてねェだろーが」
戯れているようでしっかり対価を要求するレティシア嬢に、アビは肩をすくめる。
「情報を売るかどうかはオレじゃなくて親父の判断だ。昔のよしみだから店には連れてってやるけどさ」
アビは右の壁に何かを探すように触る。それから間もなく、彼女が触っていた岩肌に黒い穴が開いた。レティシア嬢の話だと道は移動すると言っていたから、これが道を探し当てて『作った』ということなのだろうが、ヴィンセントは違和感を感じながら門を潜った。
「え? ここって……」
前方からレティシア嬢が戸惑う声が聞こえ、何事かと身構えたが、穴が繋がっていた先は、先ほどの趣味の悪い店と同じような所だった。ガラクタが置かれているが、あちらよりも数が少なく、また生活感があるからよく使われている住居のようだ。
「アビ、まさか店に直接繋げてんの?」
「そ。超近道だったろ?」
「せめて近くの廃屋とかにするべきでしょ」
「大丈夫だって。途中寄り道してっから」
自慢げなアビと、呆れた様子のレティシア嬢。二人が他愛ないやり取りしている後ろで、ヴィンセントは一人、警戒心を抱いていた。門というこの不可思議なものは、国の脅威になると。




