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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
第五区編
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66話 上層階へ3

 羅人盤(らじんばん)を奪えないままさらに二日が過ぎ、レティシアたちは客が教えてくれたと言う『大きな街』らしき街に着いた。らしき、というのは第五区は土地や資源の関係上、どの町も見た目は変わらないからだ。


(まあ、たぶんここであってるだろうけど)


 そう判断した理由は街の活気や物価。そしてもう一つ。


「気になることはあるか?」


 横を歩くヴァスバード侯爵が小声で聴いてくる。曖昧な質問だが、何を聞いているのかは一目瞭然だ。


「これだけの街なのに、ずいぶん不釣り合いだなって」


 レティシアもヴァスバード侯爵にはわかる言葉で伝える。これまでの町とは違い、時おり監視らしき凶賊を見かけた。それ自体はごく当たり前だが、問題はそいつらがリーズにいたような三下共だったことだ。ここはまだ三階層とはいえ、これくらいの規模の街になればそれなりに力のある凶賊が治めているはず。そして力のある家ならば、例え下っ端だろうとそこそこ貫禄があるというのに。


(こんなのが蔓延ってるってことは、何か起こったと考えるべきなんだけど……)


 レティシアは行き交う人々の様子を観察する。凶賊同士の争いがあったり、支配者が変わって間もないと治安が不安定になり、生活に影響が現れるのだが、物価も安定しているし人々の表情にも警戒や不安の色はない。ということは何かが起こったわけではないのだろう。


「可能な限りの情報を集めたいところだが……この分ではそう簡単にはできないな。少しの間、滞在することになるかもしれない」


 こうもあからさまに凶賊が監視しているとなると、慎重にならざるを得ない。それはわかっているが。


「長くても二日以内で。それで終わらないなら出発する」

「無茶を言わないでくれ」


 レティシアの要求に情報収集をする側のヴァスバード侯爵は情けない返事をする。しかしこれでも十人分に妥協しているのだ。メモを盗んでからもう二十日近く経っている。これ以上の足留めは御免だし、そもそもこの男が来なければ、もっと先に進めていたはずなのだ。


「ここに君の昔の知り合いがいれば話は別だが、いないだろう?」

「聞く必要ある?」


 追放された身ということは置いておいて、ここは三階層だ。この階層に有力凶賊であるモンテアーノ家の傘下の一家はいなーー


(いや)


 とある顔を思い出したレティシアは、彼に耳打ちする。


「情(・)報(・)を(・)買(・)い(・)に(・)行(・)く(・)から、その店の情報を集める」


 第五区には情報屋という商売人が存在する。彼らはどこの家にも属していない諜報のようなもので、第五区内の確かな情報を売っているのだ。商品に見合う対価さえ払えればだが。


「なるほど」

「ただ欲しいものがあるかどうかは、行ってみないとわからない」

「店はここから近いのか?」

「さあ。私が行ってた店は近くないけど、あちこちに見せを構えているから、そのうちのどこかの店に行き当たるでしょう」


 情報屋は凶賊から頼られると同時に、命を狙われる立場でもある。だから身の安全のために、いろんな場所に拠点を構えて頻繁に居場所を変えているのだ。


「ずいぶん楽観的だが、そんな簡単に情報が集まるものなのか?」

「十数人に一人くらいは知ってるんじゃない? あの親父、趣(・)味(・)悪(・)い(・)から」


 レティシアの言葉に彼は怪訝な顔をする。諜報たちは敵の情報を探ると同時に敵の目を欺くために、目立たないようにするから信じられないのだろう。普通なら。


「まぁとにかく、ガラクタ掴まされたとか、そんな感じで聞けば大丈夫。じゃあよろしく」


 さらに怪訝な顔にさせるヴァスバード侯爵。だがレティシアはそれ以上説明しなかった。というより説明するよりも見た方が早かったからだ。


 そういうわけで何人かに聞いて回ってもらった結果、レティシアの予想通り、半刻もせずにそれっぽい店を知っているという情報が数人から集まった。その多さにヴァスバード侯爵は罠ではないかと半ば疑っていたが、進路を北へと変えた。


(うまく行けば今日中に着くかもな。……その前に)


 先ほどから背後にひしひしと感じる気配に、レティシアは神経を研ぎ澄ませる。特に目立った行動はしていないつもりだったけれど、敵に勘づかれたらしい。

 この通りは人が多いのでまだ動かないと思うが、店までついてこられては困る。早く始末しなければと思っていれば、


「……次の建物を左へ」


 ヴァスバード侯爵は真正面を見たまま小声でレティシアに指示を出す。


「人のいない路地まで行ったら、君は安全な場所に下がっているように」


 どうやら実力行使に出るようだ。


「そう。じゃあよろしく」


 武器はないし余計な体力を使いたくないので、ここは彼に任せ、高みの見物をすることに決めた。


 そうして左へ曲がり、大通りからどんどん外れて人通りのない路地と入る。建物の角を曲がて追跡者から姿が見えなくなったところで、レティシアは薪の山の影に潜んだ。


 ヴァスバード侯爵はレティシアが隠れたのを横目で確認すると一人そのまま歩き、追跡者が同じ路地に入ったところで、敵に姿が見えるようにゆっくりと右に曲がった。


 その後ろを追跡者は足早に進む。そして角を曲がって奴の姿がレティシアの視界から消えた直後、微かに呻き声らしきものが聞こえた。


(ふーん。これが現場で鍛えた実力ねえ)


 もう終わったらしい。レティシアは隠れていた薪の山から姿を出すと、男が消えた路地へと入る。そこには伸びた男と、その両手を手際よく縛っているヴァスバード侯爵がいた。



「殴打だけって、ずいぶん優しいのね」

「剣だと血跡が残る。……なぜ薪を持ってる?」

「護身用。私の武器は取られたままだからね」

「そんなものを持っていると目立つぞ」


 ヴァスバード侯爵は男の口を布で塞ぎながら、涼しい顔で嫌味を受け流す。レティシアはそれが終わるのを待ち、男の懐から金の入った袋や時計などの所持品を漁る。残念ながら拠点の位置を示す羅針盤はなかった。


「あとはこ(・)れ(・)を捨てる場所だけど……この辺はなさそうだな」


 これとはもちろん、伸びた男のことだ。できれば穴や水路などの発見されづらい場所に隠して、時間稼ぎしたいところだが、そう都合の良い場所はなかった。今から土を掘って埋めるのも、別の場所に運ぶのも現実的ではない。となると方法は一つ。


「ボコボコにして服剥いで転がしておくか」


 そう言うなりレティシアは持った薪を振り下ろし、容赦なく男の顔を殴った。あまりの早さにヴァスバード侯爵は止める暇もなかった。

 そして二発目が飛び出した直後だった。足音がしてレティシアがパッと振り返れば、大通りの方に向かって走り去っていく人影が見えた。


(他にも追手がいたのか!)


 自分としたことが、全然気づかなかった。絶対に逃がすわけにはいかない。


 レティシアが薪を離して走り出すより早く、人影目掛けて何かが勢いよく飛んでいった。それが見事に当たって、追跡者は倒れた。


 それを気にすることなくレティシアは全速力で走ると、上半身を起こしながらこちらに顔を向けた追跡者に飛び掛った。


「ってェ!」


 彼の襟元を掴んで地面に押し倒したところでレティシアは「はあっ?!」 と短く声をあげた。短く手入れされた黒髪に空のような青い瞳が印象的な切れ長の目、そして手首にある鳥の刺青。

 いや、まさか。でもここまで同じって。

 確認のために襟元は掴んだまま、片方の手で下敷きにした人物の胸部を掴んだ。服の上からでも柔らかな感触がある。ということは。


「てめッ……」

「アビ! 私だ、私」


 相手がわかったレティシアは帽子を上げて自分の顔を見せる。アビは声も出せないほど驚き、口をあんぐりと開けたまま、切れ長の目をパチクリさせてレティシアを見つめていた。


「よかった、これから店に行くつもりだったんだ」

「オレの店に?」

「そうよ」

「……とりあえず邪魔なんだけど」

「ああそうね。悪かったわ」


 レティシアが退けば、アビは痛ェと言いながらのっそりと起き上がった。


「……そこの彼は君の知り合いで間違いないのか?」


 乱入してきた低い声で、レティシアはそういえばヴァスバード侯爵もいたことを思い出す。


「知り合いも何も、店の二代目(あとつぎ)だよ」


 レティシアは簡潔に説明する。情報屋に行く予定が、あっちから来てくれるなんてツイてる。市井では外出運がすこぶる悪かったが、故郷では良いのかもしれない。レティシアは転がり込んできた運に感謝した。

アビ:情報屋の二代目。レティシアと同じく男装してる。

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