62話 取り引き2
「話が逸れたな」
レティシアの視線をどう受け取ったのか、ヴァスバード侯爵は再び話題を戻した。
「当時よりも呪いは弱まったとはいえ、今なお呪いは解けていない。そんな中、君が現れた。加護なしでその歳まで無事に育った君が。だから君の存在は奇跡に等しいのだ」
「は?」
奇跡と言われた本人は目が点になった。
「……それで魔女が私を狙ってるって? 奇跡の私は魔女にとっては目障りだから?」
「ああ」
この男、本気で言ってるんだろうか。言ってるんだよな。真面目な顔で冗談を言うような男じゃないもんな。
(あーそういえば)
思い返してみれば、星詠からは理解不能な誉め言葉を、監禁中には狡猾男から「奇跡の令嬢」と言われたこともあった。あの野郎の発言は、いい歳なのに婚約者もいない、生まれも育ちも悪い令嬢に対する厭味だと思っていたのだが、違ったらしい。
それと今の話でもう一つ気づいたことがある。
「だから部隊の長がわざわざ敵地まで出向いたのか」
部下に任せてレティシアを連れ戻すことに失敗した場合、中央部隊の失態になるだけでなく、大将であるヴァスバード侯爵家の名に傷がつくことになるから。
「それは違うな。あの場には判断責任を取れる者が他にいなかったからだ」
判断責任というそれらしい言葉を言っているが、要は実力行使をすると宣言しているようなものだ。レティシアは公爵家の血を引いているとはいえ、五大侯爵家の方がはるかに格上。レティシアをぞんざいに扱っても問題にすらされないだろう。
(スファンのヤツ、後で絶対殴ってやる)
テーブルの下で拳をギュッと握っていれば、彼の口から予想だにしなかった話が飛び出した。
「家族の無事を確認するまで、君に協力しよう。ただし危険が及ばない限りだが」
「……」
レティシアは眉根を寄せてヴァスバード侯爵を見た。
「本音を言えば、私は今すぐにでも君に家に戻ってもらいたい。だがこのまま王都へ連れ帰したとしても、君は大人しくしないだろう。だから君が目的を達成するまで、君を護衛する」
「……本気で言ってるの?」
「もちろん本気だ。その代わり目的は一家の無事を確認することだけに絞らせてもらう」
行動する際はヴァスバード侯爵の指示に従うこと。もしレティシアの身に危険が及ぶような事態になれば、あるいはその可能性が高まれば、その時点で即座に王都に戻るという条件が提示された。
「どうだろう? 君にとってそこまで悪い話ではないと思うが」
レティシアはしばらく考えて、「いいわ」と答えた。裏があるのはお互い様。使えるものは使って捨ててやる。
「ただしあなたが信用できないと思った時点で、今の話は反故にするから」
この一時協定はレティシアに決定権があるのだと言っておく。男に従うのはご免だ。
「それなら君も私を信用する努力をしてくれるということだな」
「ええ」
ただし氷点下からのスタートだと、心の中で付け加えておく。
「話はこのくらいでいいかしら? あなたのせいでムダに体力使ったから、早く休みたいの」
レティシアは返事を待たずに椅子から立ち上がり、当然のようにベッドへ向かった。
「枕くらいは譲ってあげてもいいけど」
「いや、君が使ってくれ」
こちらに背を向けたまま答えるヴァスバード侯爵。
「じゃあ遠慮なく使うわ」
最初から遠慮する気はなかったけど。レティシアは布団に潜り込むと目を瞑った。それから深い眠りに落ちるまで、数十秒とかからなかった。




