61話 取り引き1
古の一族はやはり滅んでいなかった。
六十八年前、絶世の美女といわれた伯爵令嬢がいた。彼女はその美貌で王子の婚約者になるが、彼女こそ魔女の末裔だったのだ。魔女は一族を滅ぼした初代国王の血を絶やすため、伯爵の愛人となり、己の子を貴族社会に入れたのだ。しかし結婚する直前に王子たちに正体に気付かれ、報復は果たされずに終わったという。
ヴァスバード侯爵から話を聞いたレティシアは開口一番、「ほんっと、いつの時代も馬鹿な男が多いのね」と歯に衣着せぬ感想を述べた。
正妻がいながら愛人を囲うわ、妻が腹の子と共に死んだからといって、愛人の子を嫡子として偽るわ、まんまと古の一族に利用された伯爵は世紀の大馬鹿野郎だろう。その馬鹿のおかげで一体何人の罪なき親族や使用人が刑に処せられたことやら。
ちなみに見た目で選んで結婚を強行しようとした王子も十分間抜けだと思うが、伯爵と違って伯爵令嬢という肩書があった分、同じ括りに入れないでおいた。
「耳が痛いな」
ヴァスバード侯爵は痛くも痒くもなさそうな顔で返答する。
「とにかく魔女を処刑したのだが、魔女は死の間際、『もう一人が必ず成し遂げる』と叫んだ。それから軍は全力で生き残っているもう一人を探した。何年も費やして国中、いや隣国まで調査したが、魔女を見つけるには至らなかった」
「もしかして……昔、第五区にちょっかいを出してきたのはそれが理由?」
幼かった頃、かつて第五区で攻防戦の末に、見事に国営軍を追い払ったという武勇伝を聞いたことがある。まさかその理由が魔女だとは思わなかった。
「伯爵の愛人だった魔女は娼婦だった。そのうえ国中探して見つからないのならば、第五区に潜んでいるとしか考えられなかったからな」
「その理屈はわからなくはないけど、生き残りがまだいるっていう根拠は魔女の発言だけでしょう?」
レティシアはそれが魔女の嘘だろうと思っていた。復讐ができなかったのなら、せめて爪痕を残そうとするはずだから。ちなみに自分ならやる、絶対。
「いや。魔女が生きているのは確かなようだ」
「その魔女の痕跡とやらも見つけられてもいないのに?」
そう問えば、ヴァスバード侯爵は重そうな口を開いた。
「公にはされていないことだが、この国の女性、とりわけ王家の血を引く女性には呪いが掛けられている」
「……はい?」
今、なんて言った?
目を点にするレティシアを余所に彼は話を続ける。いわく、最近でこそ女性の平均寿命が四十歳を超えるようになっているが、ひと昔前は三十路を迎えられれば長生きだと言われていて、王族の女性に至っては二十歳を越えたら奇跡と言われるほどだったという。
「えっと? 呪われてるのって、血筋問わずに女なら誰でも? 男じゃなくて?」
「正確には貴族の女性だ。女性は男に比べて霊的な影響を受けやすいから狙われたというのが星詠の見解だ」
レティシアは無言でヴァスバード侯爵を見る。霊的な影響だなんて、そんなもの本気で信じているのだろうか。いや、信じているのだろう。
「女性は出産の際に命を落としたり、病弱になりやすいことはわかっている。医療が未熟だったことも。だとしてもあまりにも不自然な死亡状況だったのだ。だから星詠の一族の方では魔女がまだ生きていて、呪いを掛けているのではと疑っていたようだ。……そしてそんな中でその話を裏付ける証拠が現れた」
「それが処刑した魔女ってことか。でも魔女が生きてたからって、女が短命なのが呪いのせいとは限らないでしょうに」
「実は魔女が王子の婚約者になる前、他に王子妃候補に挙げられていた令嬢が五名、突然死している。彼女たちは当然まだ若く、持病もなかったというのにだ」
「令嬢? 王子じゃなくて?」
「ああ、令嬢だ」
レティシアは困惑する。呪いの対象が初代国王の血筋ではないうえ、呪い殺したのが王子ではなくて令嬢とは、意味がわからない。
「魔女を捕らえたのち、彼女の部屋を調べたところ、血で描かれた魔法陣が見つかった。その陣の中央には、突然死した令嬢たちの髪や耳飾りなどが捧げられていたそうだ」
そう言われて、以前発見した魔法陣を思い出す。あれの近くには犬の死骸があったが、どうやらあの死骸は供物だったようだ。
「死という強い呪いを掛けるためには、対象者の体の一部が贄として必須らしい」
「確かにその呪いなら令嬢を蹴落とした方が早いわね」
常に護衛に守られている王子の髪や所持品を手に入れることは不可能だろう。それなら多少身分の差があっても警戒されずに近づける同姓を狙った方が確実だ。確実ではあるが。
(頭使えって)
自分が王子の妻になって復讐するなんて思考が短絡すぎるだろう。というかなぜ一族を滅ぼした初代国王の血筋じゃなくて、血筋構わず貴族の女を呪っているのか。貴族の女すべてを呪う方が力を使いそうなのに。
そう考えて、ふと昔聞いた一家の女たちの話が頭を過った。女の怒りが女に向かう最たる理由は一つだという話を。
(いやいやいや。さすがにそれはない)
レティシアは急いでかき消した。
「何か気になることでもあったか? まだ腑に落ちてない顔をしているが」
鋭い男はレティシアの微妙な表情の変化を見逃さなかったらしい。うっかり口に出して不敬罪で投獄されたくないので、別の話を持ち出す。
「だってそれだと、魔女は新しく貴族の女が生まれる度に持ち物を盗んでるってことになるでしょう?」
「いや、貴族の女性にかけられている呪いは、体の一部や所持品を使わないで発動されているらしい。だから昔の呪いに比べて効力が弱いのだという結論が出ている。……信じてなさそうだな」
「むしろ何を根拠に信じろというのよ。というかそんな思考状態でよく婚約者が魔女だと気づいたわね」
それこそ奇跡ではないかと思う。
「それは……王家に嫁ぐ者には必ず『試練』が課されるからな。魔女は貴族社会には入れても、王族には紛れ込めないようになっている」
「試練?」
「正確には儀式だ。かつて魔女を倒した『奇跡の剣』を使ったもので」
「……はい?」
思わず素っ頓狂な声をあげた。試練やら奇跡の剣やら、三文小説すぎやしないか。
ヴァスバード侯爵は呆れ返っているレティシアを余所に話を続ける。それによると古の一族は肉体に致命傷を負わせても、不可思議な力でたちどころに傷を癒した。だからまずは力の源を絶つ必要があったという。
「それが唯一できたのが奇跡の剣だ。初代国王が奇跡の力を込めて鍛えたもので、その剣で魔女の心臓を刺せば無力化させられたという」
(初代国王は鍛冶職人だったのかあ……)
元々胡散臭かった歴史がなおのこと胡散臭くなった。初代国王を神格化させるためか、それともただの人間である初代国王が、超人的な力を持つ魔女をどうやって滅ぼせたのかという疑問を解決するための辻褄合わせか。どちらにしろ当時の権力者たちが考え抜いて作り上げた話がこれとは、世も末だ。
「詳しいことは知らないが、儀式と言っても難しいものではなく、昔行われていた騎士の叙勲のようなものだと聞く」
「あー、儀式じゃなくて試練って言っている意味がよくわかるわ。そんなことをやってきてよく嫁に逃げられなかったわね」
蝶よ花よと大事に育てられた箱入り娘にとって、剣先を突き付けられることは、いやそれ以前に剣を目の前で見せられた時点で失神するだろう。
「逃げる? あれは魔女にしか使えない剣だ。人間にはかすり傷一つ付けられない代物だから恐くはないだろう」
「……ねえ。周りから女心に疎いって言われない?」
「よく言われるな」
レティシアは半目で目の前の男を見る。スペックは悪くないはずのこの男が、なぜ妻帯していないのかわかった気がした。




