58話 予期せぬ邪魔者1
ヴァスバード侯爵に連行された先は、三階層では高級に分類される宿だった。
一階の酒場兼食堂に入ると、すぐに彼は宿の主人を呼び止め、部屋に湯を運んでくれるよう頼む。
(最っ悪!)
その横でレティシアは顔を歪めていた。市井と違い、こうして宿の個室で、それも夜に入浴の用意を要求するということは、そういうことをすると言っているようなものだからだ。
近くの男に下衆な目を向けられ、ついうっかり喧嘩を買わないよう我慢しながら、ヴァスバード侯爵と共に二階の部屋に入った。
「着替えを買ってくるまではこれを着てくれるか?」
部屋に入るなり、ヴァスバード侯爵は己の荷物からシャツと上着を差し出した。
「買うって今から? 店なんてとっくに閉まってるわよ」
レティシアは呆れた目でヴァスバード侯爵を見る。ここをどこだと思っているのだろう。
「こっちじゃ、日が落ちても動いているのはーー」
不意に足音が聞こえてきて、レティシアは口を閉ざした。湯を持ってきた主人だろうが、ここでは庶民でも敵に通じている可能性があるから油断はできない。レティシアの様子で察したのか、ヴァスバード侯爵は主人の視界からレティシアを隠すように、するりと位置を変えた。
宿の主人の妻らしき年配の女はたらいに湯を入れると、「ごゆっくり」と笑えない台詞を残して部屋を出て行った。
「私はしばらく部屋を出るが……もし君が逃げ出そうとした場合、即座に部屋に踏み込ませてもらうからそのつもりで」
「こんな濡れ鼠にされちゃ、逃げたくても逃げらんないわよ」
「それならいいが。……君の顔には、隙あらば逃げ出すと書いてあるからな」
涼しい顔で部屋を出て行くヴァスバード侯爵に、レティシアはべーっと舌を出す。
(あーもう! よりにもよって、なんで一番厄介なのが来たんだよ!)
叫びたいのを我慢し、心の中で悪態をつき続ける。通常、現場に赴くのは隊長ではなく部下のはず。だというのになんであの男が来たのか。すっかり予定が狂ってしまった。
色々文句はあるが、濡れて肌に張り付いている服を脱ぎ始める。このままだと風邪をひくし、何より久々の湯浴みだ。この機会にしっかりと体を清めておこう。
◆◆◆
部屋を出たヴィンセントは、一階の酒場で主人に蜂蜜酒を頼むと席に座った。改めて周囲の客を確認し、凶賊はいないと判断する。そうして軽くため息をついた。
(……一難去ってまた一難だな)
保護対象者を保護できたという安堵もなく、一体どうやって彼女を連れ戻そうかとヴィンセントは思考を巡らせた。




