54話 逃走劇3
いざ第五区へ
馬車を森に隠し、町で食糧と服を買い、野宿しながら馬で移動すること四日。レティシアはようやく西部の田舎町、リーズに到着した。
(よかった、閉門までに間に合った)
リーズは第三区の町ではあるが、この辺りではそこそこの規模なので、市囲壁が築かれているので日が暮れると入れなくなるのだ。
レティシアは馬から降りると、馬を引きながら西門から町の中へと入った。目立たないようにしなければと気を引き締める。
プラチナブロンドの髪は帽子で隠しているし、少年の格好をしているからパッと見では女とは思われれないだろう。しかしどこに凶賊が潜んでいるのかわからない。
(それに軍人にも気をつけないと)
レティシアを捜索しているかは知らないが、これから里帰りするのだ。万が一見つかって邪魔されたら困る。
(ここまでは順調だから、あとは以前の場所に門があって、開いた状態だったら文句なしだけど)
西側にはあともう一ヵ所、門を設置している場所があるが、ラインベール領に近いのはこの町だ。前に領地でスファンに会っているので、ここの門を使ったはずだと推測し、リーズに来たのだ。
(門が開いてなかったらスファンと落ち合えばいいんだけど……まったく、早く連絡寄越せっての)
いまだに連絡鳥が来ないことに心の中で文句を言いながら以前の門の場所に行き、「まあ、そうよね」と肩を落とした。門は敵対策のために定期的に場所を変えるのが鉄則なので、ないのは仕方ない。
(しらみ潰しに探すしかないか)
門を設置する場所にはいくつか条件がある。それに合う場所を探していけば、そのうち見つかるだろう。レティシアは頭を切り替えると、町を歩き始めた。
◆◆◆
「手間取らせやがって」
「きゃっ」
レティシアは男たちに後ろ手に捻り上げられ、町外れの建物の中に連れ込まれた。そのまま引きずられながら階段を上がった先の部屋で、いかにも悪党という面の男たち四人の前に突き出された。
(チッ、一番最悪な展開だな)
あれから門を探して四刻ほど探し歩いているうちに、凶賊に変装を見破られ、追われてしまったのだ。例え凶賊に見つかって追われても、ここまで数が多くなければ町の外に逃げられたかもしれない。しかし、
(まさかここが敵の拠点に変わってるとは。私はまんまと敵の巣穴に入り込んだってワケか)
レティシアは歯を食いしばる。この町周辺は二年半前までモンテアーノ家の活動拠点だった。だから大丈夫だと油断して、門探しを四刻も続けてしまったのが運のツキだった。
敵に変装を見破られた直後、市囲壁の門を包囲されて町の外に逃げることもできず、それでもがんばって土地鑑のない町で一刻ほど逃げ回ったものの、多勢に無勢。どんどん増えて行く三下たちに追い込まれ、最後は袋小路に入ってしまい、捕まってしまった。
(……これじゃぁ、脱出はムリか)
レティシアが認識できる範囲での逃げ道は三つある。一つは今入ってきた背後の扉。一つは男たちの後ろにある裏部屋へと続く梯子。そして最後の一つは、横目に見える窓だが、窓から降りたところで下には敵がいるから却下。となると他の二つだが、前者は扉を内と外で守っている二人の男を倒すことが、後者は目の前にいる四人の男をまとめて倒すことが前提となる。つまりこの局面を切り抜けるのはほぼ不可能だということ。
レティシアは抵抗はせずに目に涙を溜め、ガクガクと体を震わせる。今できることは、無力なお嬢様を演じ続けることだけだ。
「これが例の娘か」
泥の中の蛙に似た男が舐め回すようにレティシアを見ると、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「男装してるとはなァ。どうりで見つんねェわけだぜ」
蛙男はレティシアに近づくと、乱暴にレティシアの襟首を掴んで持ち上げた。
(マズイ……ッ)
男装のせいでレティシアの裏の顔に気づかれたかもしれない。そうなってはレティシアにとっての最大の武器、「無力な女」は使えなくなる。そう思って焦ったのだが、
「さァてと。この服を用意したのはどいつだ? 誰とここに来た? ああ?」
「……っ!」
どうやら蛙男はレティシアが男装している理由も、この町に来た理由も、痩せぎす男の指示だと思っているらしい。気持ち悪い顔を近づけられて苛立ちつつも、レティシアは心の中ではほくそ笑んだ。レティシアをただのお嬢様だと認識しているのなら、まだ脱走できる可能性は残っている。
「あの野郎は後回しだ。テメェら! この娘を縛って荷馬車に」
突然、外から何かを落とすような物音が聞こえた。その瞬間、凶賊たちは一斉に窓の向こうに視線を移した。四人のうち、一人の男が窓に近づき、少しだけ雨戸を開けて隙間から下の様子を確認する。
(奴らの警戒が移った……!)
レティシアはそっと右の親指を護身用の指輪の側面に動かした、そのときだった。怒号が聞こえたと同時に、扉がぶち破られる音がした。背後で何が起きているかは見えなくとも、何者かが部屋に突入してきたことはわかった。そして争いが始まったことも。
「なんだ、テメェら!!」
招かざる者たちの突然の登場に、蛙男のレティシアの胸ぐらを掴む手の力が緩んだ。そのおかげでようやく床に足が着いた。
(この野郎!!)
レティシアは間髪入れずに右足に重心をのせ、蛙男の股間に一発お見舞いする。潰すつもりの渾身の一蹴りを。
レティシアの一撃に男は情けない悲鳴をあげ、両手で股間を押さえて悶えた。隙ができた男の腰から剣を抜くと、男の脇腹に突き刺し、振り返ることなく梯子を駆け上がった。そして屋根裏部屋の小さな窓から屋根に出た。
「?!」
眼下に見えたものにレティシアは眉を顰めた。外でも戦いが起こっていた。よくわからないが、今は逃げることが先決。レティシアは屋根の棟に上がると隣の家に向かって走り出し、屋根の端を勢いよく踏み切った。そして空を二、三歩駆ける。
「痛ッ!」
見事な着地とはならなかった。勢いあまって滑り落ちそうになるのをどうにか堪えると、息つく暇もなく屋根の上を走り出した。走りづらいし目立つが、殺り合っているような怒号が聞こえてくる地面を進むよりは安全だ。
(まさか国営軍が来たのか?)
凶賊が騒いだから誰かが駐屯所に通報したのかもしれない。ただ凶賊が騒ぎ始めてから一刻程しか経っておらず、さらにこの町は駐屯所から離れているので、こんなにすぐ、それもそこそこの人数が来るなんて色々と都合が良すぎるが。
(そんなことは後だ、後。早く外に出てどこかで馬を盗まないと)
幸運なことに凶賊は国営軍に気を取られていて、レティシアに追っ手を掛ける余裕はない。だからその隙にこの町から出ようと、一番近い市囲壁の東門へと進路を決めた。
足を止めることなく屋根から屋根へと移動し、東門付近の監視塔に灯された松明の火が、ちゃんと形として認識できる位置まで来たときだった。
(あれは?!)
レティシアは思わず立ち止まって凝視する。進行方向の左側、門のある大通りから少し離れた場所にある建物の屋根が、ランプや松明の明かりとは全く異なる、怪しげな光を放っていた。
「門?! まさかあんなところに!」
見間違いではない。まさかあんなところにあるとは予想外だった。あの位置は見つけらないと思いつつ、その光を目指して走り始めた。
もう少しで故郷に帰れる。門まであと三軒まで近づいたときだった。
「ーー待て!」
(嘘だろう?!)
男の声が聞こえた気がして振り返れば、レティシアのすぐそばに外套を着た追っ手が迫って来ていた。こんなところまで追ってきているとは思わなかった。
(振り切ってやる……!)
本当なら一家以外の人間がいる状態で門に入ってはいけないのだが、状況が状況だ、仕方がない。追手一人を招き入れてしまっても、一人だけなら処理できる。背後に近づいてくる気配をビシビシ感じながら、レティシアはさらに加速し、最後の建物の屋根を勢いよく踏み切ると、鈍い光を放つ穴の中に飛び込んだ。
この先にあるのは、懐かしき故郷だ。
王都編1はここで終了になります




