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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
53/105

53話 逃走劇2

 翌朝、痩せぎす男の言った通り、十代後半から二十代前半くらいの年齢の男が迎えにきた。新顔に対してもレティシアは怯えた演技を続け、けれど昨日よりはサクサクと馬車に乗った。帽子で顔を隠しているとはいえ、どこで凶賊たちがレティシアの動向を監視しているかわからないからだ。


(馬車の種類を変えたのも、凶賊対策か)


 今日の馬車は昨日のものとは違う型の馬車だ。確かに御者を変えただけでは監視対象からは外れない。しかし相手は追跡監視に長けた凶賊なので、馬車を変えてもあまり意味はないだろうと思う。


(さて、どうするかな)


 レティシアは御者に気づかれないように周囲の景色を確認する。相変わらず現在地はわからないままだけれど、太陽の位置から判断するに、西へ進んでいるようだ。


(この進路で進み続けるなら、西から領地へ入るつもりかしら?)


 ラインベール領は西部の中でも比較的王都に近い、東側に位置しているので、監禁場所から移動するなら西ではなく南下するはずなのだ。それを南に進まず、西へ向かっているということは、そういうことだろう。

 そうするとずいぶんと遠回りになるが、真っすぐラインベール領に向かえば凶賊だけでなく、軍にも気付かれる。協力者はレティシアを帰すといっても、出頭する気はないので、できるだけ足が付かない方法を選んだのだろう。


(本当に西回りなら、もう少し利用するのもありだけど)


 レティシアはもう一度外を見る。人通りはないが、追跡者の気配もない。しかし奴らが直接レティシアを襲撃するとは限らないのだ。


 弱みを握ったり、金を使って他人に手を下させることは当たり前だし、エドモンたちを買収していたくらいだ。協力者が雇った御者を買収することなど簡単だろう。


(殺(や)ならここだけど……御者を殺ったら、馬車をどうするか)


 馬車を動かしたことはないからなあと、レティシアは小さく唸る。西に向かっているのなら、一番近い門(アトロプ)の設置場所はリーズになるが、スファンからの返事はまだなく、リーズに門があるのか確証がない。だから突っ走ってリーズに向かうのは危険なのだが、明日以降も一対一の状況が訪れるかはわからない。それに御者が買収されていた場合、この馬車の行先は、漏れなく連中のいる拠点になるのだ。


(仕込み針に含ませている毒は、あと一人分か……)


レティシアは指輪を撫でる。第五区では、ほんの少しの迷いが命取りになるのだ。迷うくらいなら動く。


(やるなら今だ)


心を決めるとレティシアは演技を始めた。





 御者がレティシアの異変に気がついたのは、苦しそうな声を上げ始めて間もなくだった。御者は慌てて馬を停めるとレティシアの様子を確認しに、車体の扉を開けた。「酔ったのか」という問いかけに対し、レティシアは目に涙を浮かべながら、首を振り、でも肩で息をする。

 御者は「どうしよう」とぶつくさ呟きながら、困ったように頭を掻く。そうして御者が完全に背を向けた瞬間、レティシアは彼の後頭部目掛けて、組んだ両拳を力いっぱい振り下ろした。


 突然の攻撃に御者は固まった。レティシアはその隙を見逃さず、御者の首に手刀を入れて指輪の針を突き刺すと、とどめとばかりに左肘を男の脳天に落とした。


 女の力であっても頭を二度も殴られれば、それなりのダメージになる。御者は膝から崩れ落ちた。レティシアは馬車から降りて男の意識がないことを確認すると、その懐を漁った。そして金の入った巾着と、身分には不釣り合いな立派な短剣を抜き取ると、足に巻きつけていた縄を外した。


ここでグズグズしている暇はない。レティシアは手際よく男のベルトに縄を巻きつけ、その端を車体に結び付けた。こんなところに馬車と意識不明の男を放置していたら大騒ぎになる。だから森の中に隠して時間稼ぎをしなければ。


「いい子だから、もうちょっと私に付き合ってくれる?」


 馬の顔をぽんぽんと撫でると手綱を握り、ゆっくりと馬を誘導し始めた。

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