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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
52/105

52話 逃走劇1

 レティシアは起きて早々、軽く蹴りの練習をして体の調子を確認する。敵がいなくなってゆっくり休息を取れたおかげで、体力も思考もだいぶ回復した。


(よかったー。コンディションが整ってないと、いざってときに太刀打ちができないからな)


 何に対して太刀打ちができないのかというと、もちろん凶賊だ。痩せぎす男の言葉を信じるなら、このあとレティシアは領地へ帰されるようだが、それは表側の決定であり、凶賊が決めたことではない。

 連中はレティシアに令嬢を誘拐してでも『落としたメモ』の行方を追っていることを知られてしまっているのだ。もし解放したレティシアからその情報が軍の幹部に流れれば、連中の作戦に影響が出るかもしれない。だから第五区での次の作戦が終わるまでは、連中はレティシアを監禁しておきたいはずだ。


 そしてあの狡猾野郎がやらかしてから半日以上。それだけ時間があれば、レティシアの再誘拐の準備も整っていることだろう。


(追っ手がかかる前に逃げたいけど)


 レティシアは右のふくらはぎに縄を巻き付けながらため息を零す。残念なことに、この拠点(アジト)には武器になるようなものはこの縄しかなかったのだ。心許ないが、無いよりはマシなので持っていく。


 そうして支度を整え終わってしばらくして、予告通りに迎えの馬車が来た。部屋に顔を出した痩せぎす男は、用意ができたらいつでも表に来てくれと告げただけで、すぐに引っ込んでしまった。そこは紳士的というか使用人根性というか、無理矢理レティシアを馬車に乗せはしないらしい。


(んじゃゆっくり行きますか)


 レティシアはしばらく部屋に留まって周囲の様子を窺い、近辺の気配を確認してから動いた。なお馬車に辿り着くまで、終始きょろきょろビクビクしながら歩いた。痩せぎす男と御者だけでなく、どこかから必ず監視している凶賊に、レティシアが無力で哀れな令嬢であることを印象づけるために。


(なるほどねえ)


 用意された馬車は書簡を運ぶための小型のもので、御者は配達員の制服を着ている。確かにこれなら人目のつく場所を走っても不審がられないだろう。書簡を運ぶ馬車は少数だが人を運搬しているうえ、同じ車体は幾つも走っているので軍の目も、凶賊の目も欺けるというわけだ。そんなことを考えながら馬車に乗り込めば、


「申し訳ありません、お嬢様。私も同乗しますが、隣には座りませんので、少しの間ご辛抱ください」


(まあ、だよね)


 痩せぎす男がレティシアと同様、庶民の服を着ていたから、そんな気はしていた。怯えるお嬢様演技を継続しなければならなくなったが、仕方あるまい。レティシアは席の隅に座ると両手をギュッと握りしめて、小さく震えた。





 馬を二度替え、走り続けること数刻(じかん)。陽が傾き始めた頃には馬車は宿場町へ入った。レティシアは痩せぎす男に促されるまま、そこそこ高そうな宿に入る。


「今日はこちらに泊まっていただきます。明日の着替えと食事は後ほど届けますので、くれぐれも部屋の外には出ないでください。用があるときは『診療に来た』と合言葉を言いますので、それがない限りは決して扉を開けないように」


 痩せぎす男は一方的に言うとすぐに部屋を出て行った。そこは使用人らしく、同室で令嬢を見張るという真似はしないらしい。お嬢様やっててよかったと初めて思った。


(あ、そうだ)


 レティシアは拳一つ分だけ窓を開けておく。昨日飛ばした連絡鳥が戻ってきたときのためだ。

 それからベッドの上に座り、宿に入る前に見た景色や、馬を替えた馬丁(へんてい)の様子、太陽の位置、通り過ぎた食堂から聞こえてきた人々の会話を思い返しながら、頭の中に現在地の候補を挙げていく。


(遠回りしているにせよ、ラインベール領へ向かっているはず。そうなるとリーズに行くのが間違いないか……)


 リーズは西にある第三区の三等地の町だ。レティシアがいたときはそこに門(アトロプ)があった。ただ門は定期的に場所を変えるため、今もそこにあるかはわからない。だから早くスファンからの返信が欲しい。


(あとの問題はどうやって協力者から逃げるかだな)


 レティシアが持っている武器は仕掛け指輪と縄のみ。それで男二人を倒すのはさすがに無理があるので、宿に泊まっているときにこっそり逃げるのが一番なのだが、逃げるにしても門(アトロプ)近くにある場所か、馬(あし)が手に入る状態でないと逃げ切れない。


(どの経路で行くかもわからないから作戦を立てようがないしな)


 考えてもどうしようもないので、休めるときに休んだ方がいい。あーあと大きなため息を吐くと、思考を止めてベッドに倒れ込んだ。





 痩せぎす男と御者が再び現れたのは、完全に日が落ちた頃だ。言っていた通り、診療に来たという合図と共に部屋に入り、食事に湯の入った桶、そしてタオルと服を持って。


「明日の朝、彼とは違う若い男が迎えに来ます。合図は同じです。その者にもラインベール領へ向かうよう指示を出してありますので、迎えに来ましたら、馬車に乗ってください」


 男は必要事項だけ言うと、部屋を出て行った。今の言い方だと、痩せぎす男はもうこの部屋には来ないらしいし、明日は同乗しないようだ。レティシアへの考慮なのか、それとも単にあの男は黒幕(あるじ)へ報告に向かうのか。理由はともかく、痩せぎす男がいないというのはレティシアにとっては朗報だった。連絡鳥はまだ戻ってきてないが、早ければ明日、脱走のチャンスが巡って来るかもしれない。

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