50話 急展開2
前半ヴィンセント視点、後半レティシア視点。だいたい同時刻の話。
場所を基地に移したヴィンセントは、己の執務室で改めてスファンから話を聞いていた。
「レティシア嬢を誘拐した敵も、連れて行った先もわからないのだな?」
「ああ」
「レティシア嬢が手に入れたという第五区に関する情報は何だ?」
恐らく敵は市井側の協力者を使ってレティシア嬢を誘拐したはず。情報によっては市井側の協力者を特定できる。そうすれば彼女の居場所が絞れるかもしれない。
「んなことできてりゃ世話ねェよ」
窓際の壁に寄りかかり、外を見ながら答えるスファン。内容については言うつもりはないらしいが、ヴィンセントは構わず言葉を続ける。
「モンテアーノ家の頭が、今は無関係の彼女の身を案じてお前をこちらに寄越したくらいだ。相当重大な内容だったのだろう?」
そもそもレティシア嬢を誘拐したこと自体、異常なのだ。公爵家に手を出すことは王家、すなわち国家に牙を剥くことに等しい。だというのにそのリスクを犯してでも、敵は彼女を誘拐した。つまり、そこまでしなければならなかったような情報だったはず。
「そんな重大なことができる凶賊となると、それなりに力のある家ではないのか?」
ヴィンセントが指摘すれば、図星を突かれたのか、スファンは黙り込んだ。そして少し目を泳がせてから、深いため息と共に口を開いた。
「オレらも敵の規模も全貌も何もわかってねェんだ。だから答えようがねェ」
「全貌とはどういうことだ? 一体何があった」
「……ネービス家が殺られた」
その場にいた全員が言葉を失った。ネービス家はモンテアーノ家と同じ、五老院を構成する有力凶賊の一家。そんな凶賊の一つが潰れたことも然り、これまで均衡を保ってきた第五区の秩序が崩壊し、最悪は凶賊との戦争が起こることを意味しているからだ。
「……それは本当か?」
ヴィンセントはスファンに問う。
「アイツが掠め取った敵の内部情報通りならな。まあそれがただの下剋上なら別に気にすることじゃァねェけど、どうやら裏に貴族か富豪が絡んでる」
「なに?」
俄かには信じられない話だが、スファン曰く、あちらでは少し前からきな臭かったらしい。モンテアーノ家の頭は、いつもの荒事とは様子が違うことを察知していたようだが、なかなか尻尾が掴めずにいたという。
「裏にいるヤツらはたぶん、第五区を制圧して凶賊を手駒にでもする気だろう。そうボスは言っていた」
「第五区は今どうなっている?」
「さァな。……三日前に連絡が途絶えた」
「途絶えたというのは」
「オレと連絡を取ってた奴は死んだ」
「⁉」
スファンは淡々と言ってはいるが、その声は緊張していた。荒事に慣れている者ですら不安になる事態が起きているのか。この話が真実だと裏付ける証拠はないが、ヴィンセントは一筆書くと、イーツカルツェ公爵邸へ届けるように伝令に託す。
「我々がすべきことは、レティシア嬢の救出だ」
彼女が誘拐されてからまだ一日程度なので、第五区への入り口である北部の山脈へはまだ到着してないはず。凶賊の巣窟へ連れて行かれる前に、なんとしてでも救出しなければ。
北部隊へ緊急要請を出すため、ヴィンセントが指示を出そうとすれば、横からスファンが、
「要請は必要ねェよ。あっちの道は絶対使わねェし、たぶん今回誘拐したのはヘマをやらかした下っ端だ。ボスのいる拠点なんざ、畏れ多くて行けねェよ」
「しかし万が一、彼女の過去が連中に知られていたら」
「その心配はねェ。アイツがお嬢サマだって知ってんのも、オレ以外だとボスと兄貴、表でアイツの母親を世話してた星導士一人だけだ」
レティシア嬢の身分は仲間内でも徹底して隠していたらしい。スファンがそこまで言い切るのなら信じていいだろう。とはいえ令嬢と知って誘拐するような連中だ。彼女を傷つけないという保証はない。
「なあ、おまえ本当に敵の拠点がある場所を知らないのか? 噂とかでもいいからさ!」
エレンツィオはスファンに詰め寄るが、「知らねェ」と即答される。
「アンタらはアイツが誘拐された直後から捜索してんだろう? ならオレよりよっぽど監禁されてる地域を検討できてんじゃねェのか?」
「その予想ならこれだ」
ヴィンセントは卓上の地図を差し、誘拐当日に凶賊が移動できただろう範囲を教える。ただしこれは市囲壁の門が閉まる時間と、敵が夜は動かないことを前提として推測したもの。第五区がある北部を優先的に捜索いるが、そのときですら該当する町や村が五十はあるのだ。今朝また移動していたとしたら、予測するのは困難だ。
「昨日でこの範囲。んで昨日オレがいたのは……」
スファンは卓上の地図を見ながら、「アレならもう戻って来てる距離か」と呟く。
「戻って来るって何がだよ」
「凶賊秘密だから言えねェ」
「おまえ!」
直後に飛んできたエレンツィオの拳を、ひょいと避けるスファン。
「状態はわからねェけど、アイツがまだ生きてるのは確実だな」
「本当か?」
「なんでそう言い切れるんだ」
「凶賊秘密だ」
(仲間の生存を確認する術があるのか……)
彼女の生死が判別でき、さらにそれをスファンに報せられる何かの手段があるということだろう。
(ここで議論するよりも、スファンを現場に連れて行った方が進展があるかもしれない)
ヴィンセントはスファンに一等兵の外套を渡す。
「これより誘拐現場へ移動する。スファン、それを羽織ってくれ。門兵たちへ説明する手間が省ける」
「うわ、マジかよ……」
スファンは心底嫌そうな顔をしながらも、国営軍の外套を羽織った。
◆◆◆
レティシアの思惑以上にうまく進んだことを知ったのは、狡猾男に襲われたその日の夜だった。
「男たちは皆、この家から追い出しました。あとは私が出れば、ここにはあなた一人だけになります」
瘦せぎす男は、部屋の隅で怯えるレティシアにゆっくりと話しかける。
「明日の朝、迎えの馬車が来ますので、馬車に乗ってください。領地の邸までお送りします」
男は町娘が着るような女物の服一式を床に置くと、レティシアの返事を聞くことなく部屋から出て行った。しばらく動かずに様子を窺っていたが、周囲は静まり返っていて人の気配はない。こっそり扉を開けて部屋の外の様子を確認すると、家の中は本当にもぬけの殻だった。本当に凶賊全員を追い出したらしい。
(まさか、ここまでうまくいくとはねー)
思わぬ収穫にレティシアは瞠目する。解放どころか、敵自らが移動手段を用意してくれるとは思わなかった。
(ただ、このあとどうなることやら)
手放しでは喜べないが、とりあえず着替えるか。レティシアは服を手に取り、直後に聞こえてきた小さな物音に身構えた。
音の出所は窓の外。コツン、コツンと石をぶつけたのとは違う音がしている。足音を消してそっと窓に近づけば、ボロボロの雨戸の隙間からピョコンピョコンと小さい丸っぽい影が動いているのが見えた。
(まさか!)
逸る心を押さえてそっと、少しだけ雨戸を開けてやると、灰色の何かが勢いよくレティシアの元に飛び込んできた。
「連絡鳥……!! いつからいたの?」
レティシアは灰色の小鳥を優しく包み込む。連絡鳥が優秀と言われているのは、ニオイを覚えた相手の元に最速で伝言を届けることではない。伝言を届けるべき相手の周囲に人がいた場合は、決して姿を現さずに相手が一人になるまで待ち、もしも相手が死んでいた場合は送り主の元に引き返すという、伝書鳩にはない、優れた知能があるからだ。
レティシアは任務を終えた連絡鳥の頭を撫でてやり、それから腹をくすぐって袋からメモを取った。メモはス「どこにいる?」という一言だけで、スファンはこれといって有益な情報を送ってきてくれたわけではなかった。それでも手元に連絡鳥がいるだけで十分だ。
(もしかしたらじゃなくて、本当に故郷に行けるかもしれないわ)
せっかく巡ってきた好機だ。家族のためにもこの好機を無駄にするまいと、レティシアは思考を巡らせた。




