49話 急展開1
モンテアーノ家。この国の貴族の男ならば、その名を知らぬ者はいないだろう。凶賊の巣窟である、第五区を統治している有力凶賊五家の一つ。その一家にレティシア嬢が属していた。
彼女が凶賊と繋がりがあるとわかっていたヴィンセントですら、その事実にしばし言葉を失ってしまった。
「なにふざけたことを……! あの子は母親想いの、優しい子なんだ!」
声を荒げながら男の元へと向かうラインベール公爵。エレンツィオは素早くその進路に立ち塞がると、彼を宥めながらその場に押しとどめる。
「確かにアイツは母親想いだったな。心を病んだ母のための安全な寝床、医者に飯代に、静養中の世話役、その他諸々を工面するためにガキん頃から働き続けてたんだから」
「……心を、病んだ……?」
公爵は動きを止め、男を凝視した。
「まさかテメェの世話もロクにしたことがねェお嬢サマが、一人でガキ抱えて生きていけると思ってたのか? それともこの世に本当に下心も欲も何もねェ善人がいて、見ず知らぬの母娘を助けてくれてたとでも? ハッ、どんだけめでてェ頭してんだ」
男は嘲笑する。
「……アイツに感謝するんだなァ。アイツが一家で働いてたから、路地裏で母娘仲良く客を取らずに済んだんだ」
「そこまでだ」
ヴィンセントは男の額に剣先を当て、強制的に口を噤ませる。この男の言っている内容は事実だろうが、これ以上公爵に心労を掛けるわけにはいかない。
「ま、さか……。そんな……」
「だ、旦那様!」
「公爵!」
膝から崩れ落ちる公爵をエレンツィオが支え、どうにか椅子に座らせる。公爵の顔は青を通り越して真っ白だ。
(荒治療がすぎたな)
彼女の救出を優先したために同席を認めたのだが、軍の権限を使って彼を外へ出すべきだったと猛反する。
「ったく。自分が撒いた種だろうに、何ショック受けてんだよ」
刃を突きつけられているのを気にもせずに、男は呆れた声を上げる。その物言いは、まるで彼女の代わりに言ってやったというように感じられた。
「……彼女は今どこにいる?」
公爵が落ち着いたのを確認すると、ヴィンセントは剣を鞘に収めて問う。
「知らねェ。だからここにいるんだ」
「お前がここに来たのはボスの指示か?」
「まあ、そうだな」
「彼女が連れて行かれた先か、連れて行った奴らに心当たりは?」
「全く」
「第五区の人間がアジトに使っていそうな場所は?」
「余所んとこは把握してねェよ。だいたい場所が割れた時点でアジトになんねェだろうが」
男がケロリと言ってのけた直後、ヴィンセントの隣にきていたエレンツィオがその頭部を一発殴る。そして痛ェと悶絶する男の襟ぐりを掴み、左右に強く揺らした。
「言え! 吐け! おまえレティシア嬢が心配なんだろうが!」
「エレンツィオ」
「……ッテー。知らねェもんは知らねェよ。だいたい、アイツも予想できなかったから王都に留まってたんだろうが」
「その言い方だと、彼女は身の危険は感じていたということか?」
男はたぶんなと答える。
「アイツ、この数日間は普段と行動が違ったんじゃねェか? そーだなァ、例えば周辺を観察して回ったり、出かける時のルートを変えたり。あとは服とか持ち物に妙にこだわったりとか」
確かに思い当たる節がある。聞いた話ではレティシア嬢は鳥がいなくなってから、毎日邸周辺を探し歩いていて、さらに誘拐当日は侍女の助言を突っぱねて、安いビーズのブレスレッドを着けて行っている。
「彼女が興味のない観劇に出掛けたのは、待ち合わせではなく情報収集の一環ということか」
「まァ敵に見張られているのか、居住区外での状況を確認しときたかったんだろう」
王都は警備が厳重だからと思って油断したなと、男は他人事のように言う。
「お前……っ!」
「エレンツィオ、そこまでに」
男の襟ぐりを掴んで揺さぶっているエレンツィオを止めている最中、不意に震えるような声が聞こえ、ヴィンセントは振り返った。
「頼む……娘を、助けてくれないか……?」
執事に支えられて立ちあがった公爵は、顔面蒼白のまま男に向かって頭を下げる。
「あの子が、助けを待っているんだ……。頼む……!」
「なんか勘違いしてるみてェだけど、アイツは助けなんて求めてねェよ。アイツには生き残るための技も知恵も与えられてんだ。一人でどうにかすんだろう」
傍から見ると酷い言いようだが、ヴィンセントには、力量や思考をよく知る者同士だからこその発言だと思えた。
「やけに自信があるように聞こえるが、確証はどれだけある?」
「八割。警戒してたんなら多少は備えていたはずだし、備えていようとなかろうと、どんな手を使っても逃げ出すだろう。アイツはそういう女だ」
傍から見ると酷い言いようだが、ヴィンセントには力や思考をよく知る者同士だからこその発言だと思った。
「エレンツィオ、男の拘束を外せ」
「本気ですか?!」
「何? もしかしてオレに協力しろっての?」
「そうだ。お前もこんなことをしてないで彼女を探しにきたのだろう? 協力してもらう代わりにお前や仲間の犯罪歴を見逃す。もちろん、協力要請を拒否しても構わないが……その場合、国営軍の本部でその身柄を預かることになる」
「うわー。職権乱用だろ、それ」
男は顔を歪める。
「大将、この男を信用するんですか?!」
エレンツィオが躊躇っている理由もわかる。そもそも第五区の人間は信用できないし、この男も信用に値するかは微妙なところだ。しかしこの男がここへ来たのがボスの命令であっても、男自身も彼女の身を案じているのであれば目的は同じだ。
「今はレティシア嬢の救出が最優先だ。何の手がかりもないこの状況ならば、彼女のことも、あちらのことにも熟知している者を案内人にした方が懸命だ」
エレンツィオは男を縛っていた縄を切った。
「私は中央部隊大将のヴィンセントだ。お前の名前は?」
「……スファンだ」
お互い握手はしない。これはあくまで一時的な協力関係であり、敵であることに変わりないからだ。けれどようやくレティシア嬢を救出できる道が見えた。




