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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
48/105

48話 救出作戦3

 その日の夕刻、ヴィンセントは再びラインベール公爵邸へと馬を走らせていた。一度目は昼過ぎ、ビーズのブレスレットの持ち主がレティシア嬢であるかを確認のため、そして二度目は王都の公爵邸で凶賊と思しき不審者を捕らえたという一報があったためだ。

 このタイミングで凶賊がラインベール公爵家の邸周辺を彷徨いていたということは、誘拐について何かしら知っている者のはず。

 一刻(じかん)ほど飛ばして邸に到着すれば、エレンツィオが出迎えた。


「大将、こちらです。邸を偵察していたところをマシューが捕らえました。腕に入れ墨があるので凶賊で間違いないでしょう。所持品はナイフのみ、まだ何も吐いていません」


 男を捕らえている納屋に向かいつつ、エレンツィオからわかっている限りの情報を聞く。


(捕まえたのは犯人か、あるいは……)


 納屋に入れば、マシューと椅子に縛られたくせ毛の男がいた。下流の市井の人間の格好をしているが、その目や態度は凶賊のそれだった。


(この目、あの時の男か)


 男のだるそうな三白眼に覚えがあった。王立庭園で見た時は帽子を被っていたが、耳の形や背格好が同じだ。まさか探していた男が自ら飛び込んで来るとは思わなかった。


「へェ、今度は親玉の登場か」


 男はニヤニヤしながらヴィンセントを挑発する。


「どうします、大将。ここでは限(・)界(・)がありますから、基地に移動させますか?」

「いや。今は時間が惜しい」


 尋問するなら相応の場所に移すべきなのだが、その分時間が掛かるうえ、移動中に逃げ出される危険性もある。それにブレスレットがレティシア嬢のものだと確定した今、判断したのだ。


「マシュー、表の見張りを。エレンツィオは同席を」

「はっ」

「おー、怖い怖い。ナンもしてねェつってんのに拷問かよ」

「何もしてない訳がないだろう。この悪党が」

「何そんなに苛立ってんだ? ああ、お前の失態でお嬢サマが誘拐されたのか」

「……おまえのその減らず口、少し黙ってもらおうか」


 エレンツィオは剣を抜き、男の眉間に刃を突き付ける。しかし男は相変わらずヘラヘラしたまま、動揺する様子はない。


「エレンツィオ、剣を下げろ。この男には聞くことがある」


 剣を下げさせると、ヴィンセントは男の前に進み出る。


「お前に聞きたいことがある。昨日この家のーー」


 突然外が騒がしくなり、勢いよく扉が開け放たれた。マシューの制止を振りきって入ってきたのは、ラインベール公爵だ。


「この男があの子を誘拐した犯人なのか……っ?!」

「公爵、落ち着いてください」


 マシューが公爵を羽交い絞めにして止めているが、どこにそんな力があるのか、大柄のマシューでも振り解かれそうな勢いだ。


「娘をどこにやったんだ!」

「旦那様、落ち着いてください」

「落ち着いてください、ラインベール公爵。後ほど報告しますから今は」

「後では遅いんだ!」


 公爵の目は血走っていて、冷静にさせるのは難しいように思えた。


(どうするか……)


 本来なら彼はこの場から離させるべきであり、これから明かさせることは彼にとっては良い話ではない。しかしレティシア嬢が誘拐されてから既に丸一日が経過している。今はこうして彼を宥めている時間すら惜しい。


「……私は勧めませんが、もしも同席するのであれば先に忠告いたします」


 エレンツィオとマシュー、執事が驚いた顔でヴィンセントを見る。情報を吐かせるために拷問することも多々あるので、彼の前でやるのではないかと心配しているのだろう。しかしヴィンセントの忠告はそれではない。


「これから聞くことはお嬢様の生い立ちに関わります。公爵にとって厳しい話になるかもしれません。いえ、大変厳しい話になります。それでもお嬢様のことを知りたいのならば、覚悟はしていてください」

「構わない」


 公爵は頑として部屋を出るつもりはないようだ。ひとまず落ち着いたところでマシューは再び表の見張りに戻り、公爵と執事は何かあったときのために扉付近に下がっていてもらう。


「先ほどの続きだが、令嬢が誘拐されたことについて何か知っていることは?」

「さァな。オレはたまたま付近にいただけで誘拐犯にされたんだしよォ」


 男は人を馬鹿にしたような態度をみせる。一見、だるそうに見えるその目は、隙があるようで全くなかった。


「我々が何も言っていないにも関わらず、お前は『お嬢様が誘拐された』と言った。何も知らない無関係の人間なら、誘拐されたこと自体知らないはずではないのか?」

「慌てふためいている連中が話していたからな」

「雑な言い訳だな」


 昨夜、事件の可能性がわかった時点で、使用人たちには口止めをしている。未婚の令嬢にとって、誘拐は醜聞。使用人たちはそれを心得ているので、絶対に口にはしないのだが、この男はそのことを知らないらしい。


「お前は犯人ではないだろうが、令嬢が誘拐された理由に心当たりがあるのではないか? 例えば十一日前、お前が王立庭園の雪イバラの花壇で令嬢に渡した鳥(・)とか」


 具体的に告げれば、男は表情こそ変えなかったものの、瞳孔をせわしなく動かし始めた。これは動揺している証拠だ。


「知っているか? 一度染み付いたものはそう簡単には抜けはしないと」


 例えば初めて出会った人間を短時間で覚えること。身体的な特徴だけでなく、服や所持品で相手の身分まで全てを瞬時に把握する能力は、軍人が訓練と実践を繰り返してようやく身に付くもの。

 他にも他人の癖を記憶し、それを寸分違わずに再現する能力は、観察力や観察眼を含め、相応な訓練が必要だ。そしてこれは潜入捜査などで、別の人間に成りすます時に使われる能力になる。


「軍人でない限り、こんな能力を持つことはないというのに、彼女はそれを身に着けて、いともたやすく使いこなしていた」

「へェ、それはそれは」

「彼女たちを援助していた星導士(せいどうし)に似た男の死体は、もう見繕ったのか?」


 彼女の身辺調査は終わったのだ。再び調査の手が伸びる前に彼を亡き者にするはず。これは悪事を働く者が使う常套手段だ。ヴィンセントが畳みかけるように告げれば、男の表情から完全に余裕が消えていた。


「もしお前たちとの関係を徹底に排除するつもりなら、彼女に星の教えは仕込んでおくべきだったな。星導士の元にいたのに星の教えが身についていないのでは、誰でも疑念を持つぞ」


 そこまで言えば、静まり返った空気を破るように男は笑い出した。さも愉快だと言わんばかりに。


「はー。アイツ、かなり嫌な顔してただろうな。大っキライな軍人に身辺を嗅ぎ回れてよォ」


 男はようやく観念したらしい。やはりヴィンセントの予想通り、彼女の元仲間だったというわけだ。


「……大将、一体いつから気づいていたんですか? そこまで確信があるってことは、相当前からわかってたってことですよね? 俺、全然気づかなかったです」


 衝撃から戻ってきたエレンツィオは呟くように言った。ヴィンセントだって市井で偶然出会わなければ、彼女の正体には気づかなかっただろう。


「それで彼女の居場所は?」

「知ーらね。でも攫われた理由ならわかる。……アイツは第五区に関する重要な情報を得た。だから狙われた」


 男はようやく答える気になったらしい。


「その情報とは?」

「答える義理はねェよ」

「おまえ!」


 エレンツィオが男の胸ぐらを掴むが、すぐにヴィンセントが制する。


「理由を知っているということは、彼女は鳥を使ってその情報をお前に送ったのか。お前がここに来たのは、彼女の様子を確認するためだな?」

「そ。あんなものを手に入れたんだ。たぶん、ヤバいことになってんじゃねェかと思って。まァ誘拐は予想外だったけどな」


 男はわざとらしく肩を竦めた。彼女の身を案じているとは思えない男の態度に、エレンツィオが苛立ちを露わにする。


(この男を信じるか否か……)


 正直、この男を信用していいのか迷うところではある。しかし今は他にレティシア嬢の手がかりがない。話を進めようと口を開いたとき、


「待ってくれ、一体どういうことなんだ……!」


 公爵が戸惑いの声をあげた。エレンツィオとは異なり、ラインベール公爵はこの男とレティシア嬢との関係を理解できていないようだ。いや、理解したくなかったのだろう。それが意味することは彼にとっては受け入れがたい事実なのだから。


「ラインベール公爵。あなたのご息女は」

「あー……アンタは何も知らねェもんな」


 男は笑いながら、けれど感情のない冷たい目で公爵を見据えた。


「あいつは、モンテアーノ家の元一員だ」

エレンツィオはたまには真面目です。

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