47話 救出作戦2
ヴィンセント視点(レティシアが襲われた時間あたりの話)
ハインカルツェ家の使用人二人の意識が戻ったのは、事件が発覚した翌日の昼だった。ヴィンセントはその連絡をもらうと、すぐさま基地内の医療棟へ向かった。彼らの状態を考えると聞き取りを行うのは酷だろう。しかし未だレティシア嬢の行方も手掛かりもわからない以上、彼らの証言が頼りなのだ。
「お嬢様が、誘拐……?!」
ヴィンセントの話に二人は驚愕し、若い従者の男は飛び起きようとして、ベッドの上で蹲った。
「頭を怪我しているのだ。安静にしていてくれ」
「でも……!」
「レティシア嬢の捜索は既に行っている。だから捜索は我々に任せて、君は体を休めることに専念してほしい」
「……はい」
エドモンはその顔に悔しさを滲ませながらも頷いた。
「そういう事情なので、君たちが覚えている限りのことを教えてくれるか?」
「劇場に着いたのは開演の四半刻前くらいだったと思います。一幕が終わったときにお嬢様が帰ると仰ったので、幕間で帰宅しました」
「それでそのまま王都から出たのか」
「王都から出る?」
エドモンと御者は互いに顔を見合わせた。
「レティシア嬢から頼まれて、ローニエの旧道へ行ったのではないのか?」
「ローニエ……? いえ、お嬢様は鳥が戻っているかもしれないからと観劇の途中で帰宅したんです。だから王都の外に行くはずがありません」
「それにあの旧道を馬車で走るのはさすがに無理がありますので、頼まれても断ります」
二人がここまで断言するということは、彼女の指示で行った線は消えた。ではどうやってあの場所へ行ったのかということになるが、考えていれば、エドモンが言いづらそうに口を開く。
「実は……お嬢様と劇場を出て馬車に乗ったところまでは記憶があるのですが、馬車に乗ってからがあやふやで……。馬車に揺られていたような感覚はぼんやりとあるんですけど……」
「私もエドモンと同じです。御者席に乗ったところまでははっきり覚えているのですが、そこから記憶が曖昧でして……。気がついたら病室にいたので何がなにやら」
「二人とも覚えていないのか?」
予想もしていなかった状況に、ヴィンセントは眉を顰める。
「ということは襲って来た犯人についても覚えていないのだな?」
「ええ、全くわかりません」
二人とも申し訳なさそうな顔で頷く。これ以上当時のことを聞いてもわからないだろう。
「……では、最後に。これに見覚えは? レティシア嬢の所持品だろうか?」
ヴィンセントは桃色のビーズが連なる簡素なブレスレッドを見せる。これは今朝、現場付近の道路脇で発見されたものだ。見るからに貴族の所持品ではないのだが、発見された場所が場所だけにもしかしたらという可能性もある。そう思って念のために尋ねたのだ。
「……断言はできないんですが、お嬢様のものかも知れません」
エドモンはしばし考えた後、そう答えた。従姉のクラリスへの贈り物を探しているときに、店で同じものを買っていたのだという。
「ただそれを昨日お嬢様が着けていたのかはわからないので、侍女に確認してくださいますか? お嬢様の服装のことなら彼女の方が正確にわかるはずです」
「……わかった。君たちの協力に感謝する。もしかしたらまた事情を聴きに来るかも知れないが」
「もちろん、私どもに出来る限りのことはします」
「早く、早くお嬢様を見つけてください! お願いします!」
二人はヴィンセントに深々と頭を下げた。
◆◆◆
(一体どういうことなんだ)
ヴィンセントは病室を出るなり、眉間に皺を寄せた。
昨日の調査で、ハインカルツェ家の馬車は昨日、東門から出たことは判明している。門番いわく、その際に不審な様子はなく、ゆえにヴィンセントはレティシア嬢が王都を出るように指示してあの旧道に行き、そこを凶賊に襲撃されたのだと思っていた。
しかし彼らの話を信じるならば、劇場内、恐らくは馬車に乗ったところで何らかの方法で襲撃され、犯人二人が御者と従者に成り代わり、あの場所まで彼女たちを馬車に乗せて向かったと考えるのが妥当だろう。それなら二人が旧道に行った記憶がないことの理由がつく。だが。
(実際は不可能だな)
劇場内の警備を考えると、他の者に気づかれずに男二人を襲い、馬車に詰め込むのは無理な話だ。警備を担っている者が犯人に通じていればできなくはないが、その可能性はほぼゼロだろう。では一体どうやって白昼堂々、彼女をあの場所まで連れ出せたのか。
(頭部を殴られているから、その影響で一時的に記憶が混乱している可能性もなくはないが……)
ヴィンセントは静かにビーズのブレスレットを見る。このブレスレットがレティシア嬢の所持品だとすれば、彼女自身が危ないと思って落としたのだろう。犯人に気づかれた場合のリスクを承知のうえで、自分がいた場所、恐らくは馬車を乗り換えた場所を伝えなければならないと。
(しかしどうやって犯人を見つけ出すか)
捜索範囲や人員を増やしたいところだが、未婚の令嬢にとって誘拐は醜聞のため、簡単には増員できないうえ、対象者を公表しないで捜査している現在の捜索方法も限界がある。
(もしも愛玩動物が伝書鳩だとすれば、誘拐された原因はそれに預けた情報だろうが……)
彼女がどんな情報を送ったのか、見当もつかない。
(いや、送っただろう相手ならわかる)
王立庭園で見た、凶賊らしき男の姿を思い浮かべた。あのときは逃してしまったが、途中までは追っている。その周辺を捜索すれば、もしかしたらあの男の、市井での潜伏先が突き止められるかもしれない。
ヴィンセントは追跡にあたっていた部下を呼び出した。




