37話 深まる疑惑1
ヴィンセントは国営軍の本部にある書庫を訪れていた。用があるのはその奥の、黒い扉の先。ごく一部の者しか立ち入れない、重要機密に関する資料やなどが保管されている部屋だ。中に入るとある棚に向かい、目的のものを探す。比較的最近調査されたものなので、すぐに見つかった。
「アンサルド。南の第四区の四等地の村か……」
ヴィンセントが探していたのは、レティシア嬢とラインベール公爵の身辺調査の報告書だ。これを調べに来た理由はただ一つ。
レティシア・エルデ・ハインカルツェは第五区の人間と繋がりがある。
三ヶ月前に抱いた疑念が、ついに確信に変わったからだ。
それは一刻ほど前に遡る。ヴィンセントは王立庭園の旧門塔から、ある男の姿を追っていた。その男は四日前、ラインベール領の警備強化のため、周辺を確認して回っている際に偶然見つけた凶賊。巡礼者を装っていても、その目や隙のない動きを見れば、市井の者ではないことは一目瞭然だった。凶賊が表で暴れなくなったとはいえ、全く活動していないわけではない。ヴィンセントは任務を変更し、部下と共に男の追跡を開始した。
王都に来るまでの三日間、男に特に不審な動きはなかったが、今朝になって少し動きがあった。王立庭園に入ったのだ。そして園内を一周した後、人が少ない花壇近くの四阿に入ったのだ。
恐らく誰かを待つのだろう。仲間同士、取引相手とやり取りをするなら、直接顔を会わせることはリスクになるため、避けるはず。そうなると男が待っている人物は標的だろう。商人や富豪の中には後ろ暗いことがある者もいて、凶賊たちはそういう者たちの弱みを握り、それを材料に恐喝する。男の目的もそれの可能性がある。
ヴィンセントは遠目でも四阿が見える門塔に上がると、男を監視した。
それから二刻ほど経っただろうか。一組の男女が現れた直後、ようやく男が動いた。男女は後ろ姿でも服装を見る限り、商人のようではある。彼らが取引相手、もしくは標的かと思ったが、男は彼らの横を通り過ぎてその場から立ち去った。何かを拾う素振りをして。
ヴィンセントは部下に男を追うよう指示を出すと、己は引き続き二人の動きを追った。一見すれば男女は無関係の人間に見えるが、まだそうとは言いきれない。監視していた中で男の行動に二つ、引っ掛かる点があったからだ。四阿に入る直前に雪イバラの花壇で立ち止まったこと、そして立ち去り際の行動だ。そのどちらかで互いに物の受け渡しをした可能性がある。
そう睨んだのだが、予想は当たった。白い花壇でふいに女がしゃがんだのだ。日傘のせいで何をしているのかまでは見えなかったが、その場所は二刻前、男が立ち止まって何かをしていた花壇だった。
やはり男はそこに何かを置き、間接的に二人に渡したのだ。
女が完全に何かを受け取ったのを確認して、ヴィンセントは急いで塔を降りようとしーー横目で捉えた顔に、己の目を疑った。相変わらず女の顔は見えなかったが、男の顔に見覚えがあった。十件目の呪陣事件の現場付近で出会わした、従者だという男によく似ていた。そうなれば日傘の女性は自ずと導き出される。
(レティシア嬢は第五区の人間と繋がりがあった)
彼女が標的であり、脅されている可能性もなくはないのだが、受け取る前後の彼女の動きと、これまでのレティシア嬢の言動から判断すると、その可能性は非常に薄いだろう。恐らく彼女は市井にいた頃に凶賊と交友を持ち、その交友が今も続いているのだ。
そう思うが、まだ結論を出すには証拠が足りない。彼女が凶賊と関係があったのが事実であれば、彼女だけでなくその血縁関係にも影響が及ぶのだから、慎重に事実確認をしなければ。
ヴィンセントは必要な情報を記憶すると、書庫を後にした。
(一体何が親子関係をおかしくし、レティシア嬢を悪党と深い交流を持たせたのだ)
全く見当もつかない。だからこれから原因を探るのだが、公爵家への極秘の調査を軍として行うには少々弊害がある。ならば私兵を使うかと、その人選を考えながらヴィンセントが邸に帰れば、
「気難しそうな顔して。相変わらず仕事に忙しそうだね」
深緑の目に栗色の髪の男が寛いでいた。
「サミュエルか。珍しいな、こちらに来ていたとは」
中央部隊の大将という重要な仕事があるヴィンセントは、一年のほとんどを中央部隊の基地に近い別邸で過ごしている。代わりに本邸には隠居した両親と弟夫婦がいて、領主としての仕事の半分を行ってもらっているのだ。
「兄上が領地に戻る予定を延期してから、本邸に来る気配がなかったからね」
手紙を寄越さずに来たという用事が何かは、簡単に想像がつく。
「縁談ならまだ」
「まだって言って何年経ったと思ってるんだ? 五年だよ、五年。当主になってもう四年も過ぎたんだから、未熟だとかいう言い訳は通用しないから」
「そうだな、仕事が落ち着けばそのうちに」
「兄上のいう落ち着くとは、どの状態のことを指してるんだ? 父上からの引継ぎも無事に終わり、何もない今こそ、落ち着いた状態というんじゃないの?」
サミュエルは血を分けた実の弟とだけあって、ヴィンセントに対して容赦がない。もしかしたら兄よりも先に結婚することに、周りから色々言われた経緯があったせいかも知れないが。この手の話は、ヴィンセントの分が悪いので逃げるに限る。
「少々厄介な仕事があるんだ。そのことで書簡を出す予定だったのだが、お前が来ているならちょうどいい。本邸から諜報向きの者を二人借りるぞ。そこまで難しい内容ではないから、十日もかからないだろう」
さりげなく話を逸らしながら、サミュエルに要望を伝えておく。国営軍が創られて以降、一部を除いて貴族たちは騎士団を有していないが、国営軍の大将以上の職に就いている家は有事の際のために、私兵を使用人として雇っているのだ。その中には武の長けた者だけでなく、諜報に長けた者もいる。
「了解。けど、それでうまく話を逸らせられたと思ったら大間違いだから。だいたい兄上が一向に妻帯する気配も素振りも見せないのが悪いんだよ。結婚は貴族には重要な仕事だということも、ちゃんと理解してるなら行動に起こしてくれないと」
移動した先の談話室のテーブルの上には、上質な紙が積まれていた。
「これでも選定したんだから。あとはよろしく」
非常に爽やかな、けれど腹黒い笑顔を見せるサミュエル。ヴィンセントは眉間の皺を深く刻んだ。
あの場をばっちり見られてたことを、レティシアはまだ知らない。




