38話 深まる疑惑2
朝食を終わらせたレティシアは、スープ皿と水差しを手に部屋に戻った。鳥かごのそばで皿に水を注げば、かごの中で大人しく座っていた連絡鳥が、目を輝かせてトトトとやってくる。かごから出たいらしく、檻を嘴で齧りはじめた。
「待って、開けるから」
かごの蓋を開けてやると、連絡鳥は勢いよく皿に飛び込んだ。まるで池にいるかのように、羽を広げ、ぴちゃぴちゃと水遊びを始める。
(癒されるわー)
レティシアは目を細める。
スファンが渡してきた優秀な伝書鳥は、昨日から正式にレティシアの愛玩動物となった。家族の今の様子とか、あの人のこととか、聞きたいことは山ほどある。けれどそれを知りたいがために連絡鳥を使えば最後、薄情なスファンは返事をくれないどころか、二度とレティシアの前に現れないだろう。それがわかっているからこそ、特ダネを手に入れるまでは、連絡鳥には癒し係になってもらうことにしたのだ。
(ストレスばっかだから、ちょうどよかったし)
今現在、レティシアはストレス源になるものに囲まれている。ローレンスとかヴァスバード侯爵とか、頻度は減ったけど家庭教師とか。
それに獲物を探し出し、懐に入り込むとなれば、今以上にストレスが溜まる、はずだ。
「……早くその状況になんないかなあ」
大きなため息を吐く。噂がある程度収まったら、親族や近い貴族が主催する社交界以外の集いにも出席すると言われているが、それが一体いつになるのか、全くわからない。この間の観劇の帰りに聞こえてきた声や視線からは、噂が落ち着いた感じは一切はなかった。
(醜聞好きの貴族どもが)
心の中で悪態を吐く。あいつらが噂に飽きてくれない限り、レティシアは獲物を探せないのだ。既に決まっている夜会に獲物がいればいいが、こればかりは行ってみないとわからない。賭け事より当たらないだろう。
もしその状況が三ヶ月以上続くようなら、別の方法を取らなければならない。
(王都近辺の劇場や賭博場近辺なら、誰かしら貴族がいるだろう)
別の方法とは、偶然の出会いを装うことだ。お忍び風に出歩いていれば、あちらの食いつきはいいと思う。ただエレンツィオのような大物は期待できないだろうが。
(あの男は獲物としては申し分ないんだけど)
難がありすぎる。なのであれは獲物が取れなかった場合の保険にした。
(そんなことより、明後日の義姉様のお祝いのことを考えるか)
頭の中を切り替える。
クラリスは得体の知れないレティシアを蔑むことなく、初対面からずいぶん親切にしてくれた。だからお祝いはきちんとしたい気持ちがある。とはいえ準備は全てマクシミリアンがやってくれているので、レティシアは贈り物以外の、クラリスが喜ぶような何かを少しだけ付け足すくらいだ。
「侍女にお願いしなくっちゃ」
レティシアには女が好みそうな趣味はない。そして義姉のために努力しようという気も全くないのである。
◆◆◆
ローレンスは執務室で、今日も大量に届いた招待状に目を通しては、断りの返事を書いていた。
レティシアの母親がマリアンヌだと判明したのと同時に、婚約者がいないことも広まったため、あまり交友のない家からもひっきりなしに招待状がきているのだ。やはり公爵令嬢という身分は、市井生まれ市井育ちで現在十八いう年齢であることを差し引いても魅力らしい。
こうなることは予め予想していたが、実際にその状況を目の当たりにするとなんとも複雑な気持ちになる。
(この中に地位や金のためではなく、純粋にレティシアを愛してくれる男がいるのだろうか)
自分のせいでいらぬ苦労を負わせてしまったのだ。だからレティシアにはなんとしても幸せになってもらいたい。
そんなことを思いながら次の招待状の差出人を見て、目を丸くした。
「クエーロ伯爵とは、珍しい」
クエーロ伯爵家は建国時代から五大侯爵家と共に、国家の防衛を担っている古参の貴族だ。
なので当然、ローレンスよりも遥かに力を持っているし、そもそも彼には息子はいないのでローレンスと接点を持つ必要がないのだ。だからどうして招待が来たのか、首を傾げながら読み進めれば、どうやらこれは彼の愛娘の希望らしい。
(伯爵のところは確か一人娘だったな。ということは彼女の娘だろうか……)
長年貴族社会から離れていたローレンスは、クエーロ伯爵のことは人伝に聞いて知っている程度だが、彼の前妻のことは少しばかり知っていた。しかし彼の娘とレティシアが交流する機会などあっただろうか。はてと思いながらも、断りの書をしたためはじめる。
それから間もなく、マクシミリアンが部屋を訪れた。
「旦那様、お茶のご用意ができております」
「ああ、これを書き終えたら行くよ」
そう答えて、
「そうだ、レティシアがクエーロ伯爵の娘と交友があったみたいだけど、何か知ってるかい?」
尋ねてみる。レティシアと会話できないローレンスは娘の交友関係がわからないが、マクシミリアンなら知っているかも知れない。
「交友の程度はわかりませんが、どうやらクエーロ伯爵はシェンス伯爵家の鑑賞会に招待されていたようです」
ようやく合点がいった。
「確かに何人か成人した娘を持つ貴族を招待すると言っていたが、そのうちの一人だったのか」
シェンス伯爵家は東の領主だが、後継ぎのエレンツィオは現在、国営軍の中央部隊に所属している。だから軍事繋がりでクエーロ伯爵との交流があるだろう。
「それとチェスティエン伯爵のご息女もいらっしゃったと」
チェスティエン伯爵はクエーロ伯爵の娘の親族だから呼ばれたのだろうが、ローレンスにとっては浅からぬ縁のある人物が出てきたので、思わず瞠目した。
「縁というのは不思議なものです。偶然とはいえ、お嬢様の初めてのご友人が彼女たちとは」
これはローレンスの過去のことを知っているからこその執事の発言だ。ローレンスの身勝手で迷惑を掛けたのは、マリアンヌやレティシア、フェンゼン家、生家だけではない。当時進められていた縁談相手の家もだ。
そんな浅はかだった過去の自分を唯一慰められることがあるとしたら、縁談がまとまる前に家を出たことだろう。もし決まった後に家出していたら、例えローレンスの責任であっても縁談相手の醜聞として広まり、その後の縁談に影響が出ていたと思う。
「お嬢様は星の祝福を受けたお方ですね」
レティシアは百何年ぶりに生まれたプラチナブロンドの髪を持って生まれて来た娘で、星を刻まずに無事に育ったことで星詠にも奇跡だと言われているが、本当にその通りだと思う。
「祝福といえば、晩餐会の準備は順調だろうか?」
ローレンスが多くの夜会を断っているのと同様の理由で、レティシアは従姉のクラリスの結婚式にも出席させてあげられない。主役よりも目立ってしまっては、二人の門出に水を差してしまうからだ。その代わりに結婚前に個別にお祝いをする予定で、明後日にローレンスの邸に招待している。
「ええ、それはもちろん。それと翌日のお茶の方は、お嬢様が先ほどから侍女に相談していらっしゃるので、何かするのかも知れません」
「そうか」
姉のために張り切っている娘の様子を想像し、ローレンスは頬を緩めた。
お茶会のことは、すべて侍女にぶん投げているので、微笑ましい光景にはなっていないのである。




