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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
35/105

35話 秘密の花園2

 中流商人の娘が着る程度のドレスに、大きなリボンのついた白い帽子。それに今日は装飾品(こもの)まで完璧に決めると、同じ格好の侍女と共に馬車に乗り込んだ。


「義姉(ねえ)様が喜んでくれる物があるといいのだけど……」

「きっとありますよ。時間はたっぷりありますから、焦らずに探しましょう」


 笑顔でレティシアを景気づける侍女。


 あれから六日。レティシアは予定通り王都に来て、これから街にお忍びに行く。ちなみに外出理由は、クラリスへの贈り物を探すためである。


 来月行われるクラリスの結婚式にレティシアは出席しない。これは社交界の噂の渦中にいるレティシアが出ることで生じるだろう、様々な問題を避けるための措置だ。その代わりに結婚前のまだ自由が利く間に、ファンルドー男爵一家を招いてささやかなお祝いをすることになっている。それが明々後日にあるのだが、その時に個人的に何かを贈りたいとお願いしたのだ。

 レティシアの申し出はすんなりと通った。そして長時間店内に滞在することを前提に、完璧な変装をしたのだ。これでスファンと接触しているところを誰かに見られたとしても、気づかれないだろう。


(ごめんね、義姉様。出しに使った分、絶対にスファンと会うからね)


 心の中でクラリスに謝る。王立庭園に自然に行く状況は作れた。


(あとは……)


 レティシアはチラリと御者席を見る。御者の隣にはエドモンが座っていた。時間制限行動制限なしの外出が許可された代わりに、護衛が付けられることになったのだ。


(スファンと接触するのに、二人の目を掻い潜るのはできなくはないだろうけど)


 外で情報をやり取りする場合は第三者から勘づかれないよう、何らかの形でメッセージを受け渡しするのが基本なので、面と向かって話すことはしない。だから大丈夫な気もするが、レティシアやスファンの挙動に違和感を持たれる可能性もなくはない。だから念のために一時的にどちらか、できれば侍女に離れてもらった方がいいだろう。


 何かいい方法はないか考えながら、頬に落ちた髪を耳にかけーーふいに思いつく。そして侍女が見ていないことを目の端で確認すると、そっとイヤリングを外した。





 表向きの理由である買い物は、侍女の助言もあって昼前に無事に終わった。ここまでは計画通りだ。


「さっき見たお店の向かいだけど、あそこって王立庭園以外に何かあるの? けっこう人が入ってったけど」

「庭園だけですよ。もともとは王家の庭園とだけあって大変立派なので、市井の人々に人気なんです」

「へえ、そうなの」

「せっかくですから行ってみますか?」

「ええ、ぜひ」


 レティシアは心の中でほくそ笑む。自分から王立庭園に行くといえば済む話だが、それが目的だとバレないように、侍女の提案に乗ったという形を取った。そうして無事に王立庭園に入ったのだが。


「……すごいわね」


 庭園に入ったレティシアは、呆然とした。通りから見た時には気づかなかったが、想像以上にたくさんの見物人がいる。たかが植物があるだけの場所なのに、なぜこんなに人が来るのか、わけがわからない。


(まあ、王都内で怪しまれず会うのにこんな最適な場所はないか)


 王立庭園は警備が緩く、貴族と平民が顔を合わせても不自然ではなく、さらに人々の意識が花に集中しているので、万が一直接会話することがあっても、不審がられないと考えたからだろう。


(すんなりとスファンを見つけられるかなあ)


 人が多いだけではない。庭の造りが非常に複雑で、いつか見たシェンス家の庭と同じく樹木が壁のようにそびえていて、全体が把握できない仕様になっているのだ。人探しには難易度が高い。


 周囲の人間から怪しまれないように取引するのなら、人が程よく疎らにいて、立ち止まって周囲の人間を観察できるところがある場所だろう。となると出入口付近や、今が見頃の場所も違うだろう。そうすると花が咲いていない場所に絞られるが、その場所がわからないので歩いて探すしかない。


(まあ、多少駄々を捏ねたら長居はできるか)


 そう腹を括って、園内を歩き始めた。そして感覚的に四半刻(じゅうごふん)ほど経っただろうか。


(……いた)


 視線を感じて目を向ければ、花が疎らにしか咲いていない花壇の向こう側、四阿の柱にスファンが寄りかかっていた。六日前と同様の恰好で、深々と帽子を被っている。スファンはレティシアと視線が合うと、帽子の位置を直す仕草をしながら、右手で『白い草、地面』という暗号を寄越した。スファンのいる向こう側に白い葉っぱの塊が見えたので、恐らくその下に鳥がいるのだろう。レティシアは小さく頷くと、日傘を持つ右手で『渡すモノがある』ことを伝える。


(さてと、一芝居打つか)


 レティシアは右耳を触って、それからキョロキョロと右の当たりを見回す。すると隣にいる侍女が反応した。


「どうなされました?」

「イヤリングを落としてしまったみたい」

「私が探して来ますわ。エドモンは探し物をするのは苦手ですし。その間、お嬢様はごゆっくり鑑賞してくださいませ」


 レティシアは、少々罰の悪そうな顔のエドモンと「お願いね」と侍女を見送る。心の中で本日二度目の謝罪をしながら。


 イヤリングを落としたというのは、一時的にレティシアのそばから離れてもらうための口実だ。

 護衛のために必然的にレティシアの斜め後ろを歩くエドモンはレティシアよりも背が高いため、日傘に遮られてレティシアが何をしているのか見えないだろうが、真横を歩く侍女はそうはいかない。だからよくありそうな理由で、かつ侍女が自主的に動いてくれるだろう理由を馬車の中で作ったのだ。


「あまり動くと迷子になってしまいそうだから、この辺を見て待ちましょうか」


 エドモンに声を掛けると、レティシアは歩き出す。ゆっくりと花を見るフリをしながら、左ポケットを漁り、メモを詰めた胡桃の殻を取ると左手に持つ。そしてスファンに見えるよう、左手をさりげなく動かし、胡桃を落とす。なぜ胡桃の殻にメモを入れたのかというと、風で飛ばされないようにするためと、さらに他人から落とし物だと思われないようにするためだ。


 スファンはレティシアの動きを認めると、のそのそと歩き出す。そして視線を合わすことなくすれ違い、別れた。レティシアは花や木を鑑賞するふりをしつつ、視界の端でスファンが胡桃を拾ったのを確認すると、白い葉の花壇に向かった。


(なるほど、雪イバラか)


 まだ花をつけていない、葉も枝も真っ白な茨。棘がすごいので、隠し場所には最適だろう。目を凝らしながら地面を観察し、スファンが置いたはずの『なにか』を探した。


 ーーい(・)た(・)。


「お嬢様?!」


 突然しゃがんで雪イバラの根元に手を突っ込むレティシアに、エドモンは驚きの声を上げて駆け寄ってきた。


「どうされたんですか?!」

「このままだと猫やカラスに食べられてしまうと思って」


 レティシアはエドモンに、両手の中にすっぽり収まる小さな灰色の鳥を見せた。鳥はプルプルと体を震わせている。


「言ってくだされば、オレがやりましたのに」


 エドモンはレティシアの左手の引っ掻き傷を見て痛々しそうな顔をしながら、ハンカチを包帯代わりに巻いてくれる。


「この程度、気にしなくていいわよ。それよりもこの子を連れて帰ってもいいかしら? 元気がないから心配だわ」

「もちろんです。有り物でよろしければ邸に鳥カゴはありますし、旦那様も了承してくださいますよ」


 あの男の了解はいらない。マクシミリアンの了解さえあればいい。無事に目的も果たしたレティシアは、落ちてもいないイヤリングを探し回っている、気の毒な侍女の元へ向かった。

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