34話 秘密の花園1
レティシアは男顔負けの手綱捌きで草原を駆け抜ける。溜まりに溜まったストレスが大きすぎて、自室のベッドの柱に作ったサンドバッグだけでは解消しきれなくなったのだ。ストレスの原因はあのうざったい軍人とか、歯がゆい現状などいろいろあるが、一番はあの男だ。
「ラインベール公爵も思い切ったことをされたことだ」
「何も家を捨てる必要はなかっただろうに」
「男爵令嬢に一途で、それを成し遂げるなんて素敵じゃない」
「そんな情熱的に愛されるなんて、羨ましいわ」
先日の観劇の帰り、廊下でそんな声が聞こえてきたのだ。
レティシアを公にする際に生い立ちを偽ることは言われていた。しかしよくもまあ、こうもあの男に都合のいい改竄をしてくれたものだ。例えそれが母の名誉も守るためだとしても癪でしかない。そのうえ、
「今年十八だったか。惜しいな、もう五年早ければなあ」
「なに、幼いよりも熟していた方が良かろう」
「擦れてはいなさそうだし、貴族社会に不慣れだろうから、染め甲斐がありそうじゃないか」
「そこは腕の見せどころだな。ははは」
野郎どものそんな下世話な話も聞こえてきたのだ。
(本っ当、反吐が出る)
嫌男感を通り越して殺意を抱く。確かにレティシアは独身男たちにとって美味しい餌だ。生い立ちや年齢に難はあっても、そこはカビても腐っても王族の血筋。長男なら家の力を拡大するチャンスで、次男以下の男なら婿になって公爵家を継げる絶好のチャンスになる。けれどまさか対象外の野郎どもが、そういう話で盛り上がっているとは。男とはどれだけ下衆な生き物なのだろう。
(男なんて滅びてしまえ!)
レティシアが再びイラつき始めた時、後ろから情けない声が聞こえてくる。
「……お、お待ち、ください……っ」
おや、と思ってスピードを落とせば、焦った顔をしたエドモンがやってきた。そういえばエドモンを放置して走り始めたんだっけか。すっかり忘れていた。
「……ふ、振り切られるかと思いました……」
馬の上でゼーゼーしているエドモン。レティシアは振り切り損ねたことを反省する。
「まさか、お嬢様がこんな乗り熟せていらっしゃるとは」
エドモンは感心したように告げる。この国では令嬢は一人で馬に乗りはしない。たいていは男が操る馬の後ろに横乗りして、軽く散歩する程度なのだ。
「本当に見事な腕前です」
「私じゃなくて、この子がいい子なの。全然人見知りしないもの」
レティシアはポンポンと馬の首を撫でる。この馬とは初めましてだが、レティシアの言うことをよく聞いてくれた。
「お嬢様は馬がお好きなのですね。とても良いお顔をされています」
「そう?」
「乗馬の方法は星導士に教わったのですか?」
レティシアはあの人の計らいで、母と共に星導士に面倒を見てもらいながら、生計を立てていたという経歴になっているので、それに合わせる。
「ええ。地方だと馬に乗れた方が何かと便利だから」
ウソは言ってない。第五区は重要都市ではないから地方だし、狩りとか見回りをするときは馬に乗った方が便利だったし。ただこれ以上余計な詮索をされないよう、話を切り替えておく。
「この子たちも疲れただろうから、少し休憩にしましょうか。確か小川があったわよね?」
「ここから少し下った所にあります。ご案内します」
休憩を挟み、もうひとっ走りしたレティシアは、とても清々しい気分で帰路についていた。楽しいと感じたのは、市井にきて初めてではないだろうか。
(もうちょっと羽伸ばしせたらよかったんだけど)
そう思っていれば、「すみません」とエドモンが謝ってきた。
「ちょっとくらい寄り道ができたら、良かったんですけど」
なにが良かったのかと疑問符を浮かべながら、彼の見ていた方向に目を向ければ、旅芸人の一座の荷馬車が見えた。ここは村の外れなので巡業ではなく、休憩のために立ち寄っただけだろうが、集まってきた村人のために芸を披露しているようだ。微かに歓声や指笛が聞こえてくる。
「ああ、気にしないでちょうだい。私は寄り道をするとロクなことにならないから」
本当ロクな目に遭っていない。もう災難は懲り懲りだし不要不急の外出と寄り道はダメだと、領地の邸を取り仕切る、融通の利かない使用人のオルトから言いつけられている。なのでさっさと通り過ぎようと、集団には目もくれずに進む。
(誰?!)
唐突に強い視線を感じた。悪意や下心はないが、この視線は確実にレティシアに向けられたものだ。いったい誰だと、レティシアは素早く視線の主を探した。途中で視線が消えたけれど、だいたいの方向は予想がつく。そして旅芸人の一座を囲っている集団から少し離れた場所を見る。
(……アイツか)
軒下で突っている帽子を深々と被った、中肉中背の人物。うまいこと観客に紛れ込んでいるようだが、気配を潜めているのがわかる。レティシアがその人物を凝視していれば、彼はモゾモゾ動き、そして深く被っていた帽子を取った。モジャモジャ頭に寝起きのような、だるそうな三白眼。
(スファン?!)
まさかの正体にレティシアが瞠目していれば、彼は表情を変えずに、胸の前で右手で色々な形を作り始めた。
(……六日、後、昼、王立庭園……)
六日後の昼に王都の王立庭園に来い、というメッセージだった。これは手を使った暗号で、敵に悟られないように近場の仲間と連絡を取ることができるのだ。スファンの暗号を読んだレティシアは、わかったと右手で合図を送る。
六日後とはけっこう急だが、運のいいことにレティシアには八日後には王都に行く予定があった。二、三日程度なら前倒しにしても問題ないだろう。
レティシアの合図を見たスファンは一度頷くと、再び帽子を目深に被りながらゆっくり去って行った。
(……まさか、また会えるなんて……!)
平然とした顔をしているが、心臓がバクバクとうるさいくらい音を立てている。相手がスファンだからではない。追放されたレティシアにスファンが接触してきたということは、もしかしたらあの人から許しが出たのかもしれない。そんな期待で胸が一杯になる。
(いえ、それよりも王都の王立庭園に行くための言い訳を考えないと)
レティシアは逸る気持ちを抑えながら、帰路についた。




