29話 綺麗な花にも毒はある3
やはりレティシア嬢はただの娘ではなかった。
彼女を乗せた馬車を見送ると、ヴィンセントもその場を後にした。
ヴィンセントが大星堂を訪れていたのは、調査のためだ。エレンツィオから報告を受けた、偽の輝星石の話。あれが星職者への賄賂として使われた可能性もあると思い、各都市の星職者を管理している、大星堂の大司祭に聞き取りに来たのだ。
この国では市民は金を積もうと貴族にはなれず、軍人として功績をあげたとしても、進級できるのは少尉までと決まっている。そんな中で権力欲の強い者が目をつけたのが星職者だ。
彼らは己の生涯を星に捧げる高潔な存在ゆえに、国中の人々から尊崇されているのだが、それを野心家たちは『名誉ある権力者』だとはき違えているのだ。
星職者にも軍人と同様に階級があり、星詠の一族の当主トレイオスを頂点に、大司祭、司祭、准司祭、輔祭という五つの位で成り立っていて、そのうち准司祭以下は星詠でなくともなれる。それを悪用して寄進という名で星職者を買収し、修行もせずに准司祭の地位を得る者がいるのだ。そうした現実があるので、この二年以内に怪しい叙任がなかったか、大司祭へ調査の依頼に訪れたのだ。
だから礼拝に訪れる人々の中に、レティシア嬢を見つけたときは本当に驚いた。商人の娘が着るような質素なドレスなので、前と同じくお忍びだろう。こうして礼拝に来ることは珍しくはないが、彼女の周囲に従者の姿が見当たらなかったため、声を掛けたのだ。
それに他意はなかったが、おかげで間近で彼女を観察することができ、違和感の一つに気づけた。
レティシア嬢の喋り方や、話している最中のちょっとした仕草、そのタイミング、表情までもがクラリス嬢と全く同じだった。あれは恐らく訓練の賜物だ。そして指摘されたあとの、余裕すら感じさせるほどのレティシア嬢の態度。恐らく彼女は慣れているのだろう。
あとは『貴族の男にとって女は、おしとやかで従順な生き物』という言葉の意味だ。あれは貴族の男へ対する嫌味にも聞こえたが、あえてそう発言したようにも思えた。
彼女は第五区の人間と、非常に近い間柄だった可能性がある。そんなことを思いながら、ふと、ラインベール公爵は彼女の交友関係を知らないのだろうかと、疑問が浮かぶ。いくら市民として生きていたとしても、ラインベール公爵は交友関係に気を付けていたはずだ。両親の目を掻い潜って、連中と交友関係を持てるものなのだろうか。そんなことを考えているうちに国営軍の本部に着いた。
「おかえりなさーい」
部屋に入ったヴィンセントを出迎えたのはエレンツィオだ。香茶を飲みながら寛いでいる。
「何かわかったのか」
なぜいるのかとは聞かずに話を促す。エレンツィオには呪陣事件がラインベール公爵と関係があるか調査してもらっているので、その関係だろう。
「もしかすると、大将の勘は当たりかも知れません」
エレンツィオは机の上に報告書を広げる。
「一件目と十一件目ほど強い確証はもてませんが、二件目と四件目、七、八件目、十件目の事件は、時期と場所がラインベール公爵やハインカルツェ公爵家と関係しています」
「十一件中、七件……およそ半分か。それで、確証がないというのは?」
「一つは起こった場所、もう一つが噂です」
本人の領地なら明確だが、家族の誰かが関係する場所、あるいは私的に訪れた場所となると、関係があると言い切るには難しい。噂も同様だ。特にラインベール公爵に関する噂は彼が社交界に戻って以降、絶えず流れてたので、『その時の話題』と言っていいのか微妙なところだとエレンツィオは言う。
「それにこれはあくまでオレが確認できた範囲での噂です。だから他にも『噂と場所』という条件に当てはまる人物がいました」
その当てはまる数名の名を、噂の流れた時期、場所と共に列挙する。確かに他の者に当てはまらないわけではないが、一人につき一件という数なので、偶然の可能性が高いだろう。
「すまないが、事件の時期に市井で流れた噂を確認できるか?」
ヴィンセントはエレンツィオに新たな調査を頼む。社交界で流れる噂が、市井で流れる噂と一致するとは限らない。本当にラインベール公爵に関係があるのかを調べるならば、そこまで調べるべきだ。
(魔女の仕業ではなくとも、このまま事件が続けば、いずれ贄が人間になるかも知れない)
【星職者の順位】
トレイオス※>大司祭>司祭>准司祭>輔祭(修行者である星導士は星職者には入らない)
※星詠の一族の当主は、皆トレイオスの名を継ぐ(改名する)ことになっている。




