28話 綺麗な花にも毒はある2
この国は星を信仰していて、貴族だろうと平民だろうと週に一度は住居に近い星堂へ足を運び、礼拝するのが習慣となっている。レティシアには信じられないのだが、信仰深い者たちにとってはそれでは足りないらしい。例え裕福でなくとも、大枚を叩いて王都の大星堂に巡礼に来るのだ。星なんてただの戸籍でしかないというのに。
(ほんと、熱心だこと)
半ば呆れながら、ぞろぞろと列をなして大星堂へと入って行く人々の様子を眺める。
(熱心と言えば、この男もか)
レティシアはチラリと隣に立つ人物を見る。隣にいるのはヴァスバード侯爵だ。ただの時間潰しだったのに、どうしてこうなったんだと心の中で叫んだ。
◆◆◆
「すぐに馬車を用意して戻って参りますので、ここでお待ちください。いいですか、くれぐれも街に行かないでくださいませ!」
侍女は何度も念押しすると、門を出て街へと駆けていった。
レティシアが大星堂に来たのは礼拝のためではない。侍女が馬車を手配して戻ってくるまでの時間潰しのためだ。
レティシアは次の社交界のために領地を出て、王都の邸へ向かっていたのだが、王都まであともう少しというところで馬車が立ち往生してしまったのが昼前。不具合が簡単に直せそうになく、王都の邸へ早馬を出して迎えを寄越してもらうのも時間が掛かりそうだったため、それならと、近くの街から出ている集合馬車で王都へ来たのだ。
レティシアとしては邸まで歩くつもりでいたが、貴族はそんなことはしないと侍女に猛反対されてしまい、侍女が馬車を調達している間、レティシアは一人で大星堂で待つことになった。
そして星詠のつまらない説教を右から左へ流すこと、体感時間三刻。やっと解放されたと解放感に満たされていたのもつかの間、次の不運が訪れた。塔を出ようと歩き始めたレティシアの目に映ったのは、出入口にこちらを見ているヴァスバード侯爵だった。
なんでこの男がここにいるのだと心底驚いたが、ただの警備だと結論付け、何食わぬ顔で彼の目の前を通り過ぎようとして、
「レティシア嬢?」
思いっきりバレていた。商人の娘の装いをしていたというのに、なんて目敏い男なのだろう。
「あら、ヴァスバード侯爵。ご機嫌よう」
レティシアは軽くドレスをつまんで会釈し、そのまま立ち去ろうとしたが、堅物で有名な男が見逃すはずはなかった。
「いかがされました? お一人だけでいらっしゃるようですが」
レティシアを逃すまいとばかりに、ヴァスバード侯爵が目の前に立ち塞がった。
「静かに礼拝したくて」
「王都内とはいえ、あなたの身分を考えれば一人で出歩くのは危険です。このことはお父君はご存知ですか?」
適当な言い訳は通用しなかった。なんていう面倒な男だろう。
「馬車に不具合があって、急きょ集合馬車でここまで来たんです。今、侍女が馬車の手配をしてくれていますので、その間、私は安全な大星堂で待っているようにと。……噂話ほど厄介なものはないですからね」
レティシアはお嬢様風の柔らかな笑顔を張り付けながら、皮肉を言ってやる。貴族ならこれがどういう意味かわからないはずがないだろう。さっさとどっか行けと念を送る。
「ならば迎えが来るまで、護衛いたしましょう」
「いいえ。こんな私的な理由に、ヴァスバード侯爵のお手を煩わせる訳には参りませんわ」
「護衛も仕事の一つです。それに例え誰かに見られていたとしても、私の立場上、妙な噂を立てられる心配はないでしょう。噂を立てられたところで、できませんから」
(こいつ……!)
心の中で舌打ちをする。どうやらレティシアを逃がすつもりはないらしい。さてどうしようと思うが、ただでさえ魔女の疑惑を掛けられているのだ。このまま拒否すれば、それはそれで面倒くさいことになるだろう。
「それではお願いしようかしら」
「承知しました。ではここから移動しましょう。ここは目立ちますので」
レティシアはヴァスバード侯爵の後について、礼拝の塔から離れた場所にある、司祭たちの寄宿舎横に移動する。確かにここなら巡礼者たちの目には入らないし、門から入ってくる人々の姿を確認できるので、侍女を待つ場所としては最適だろう。
ただ悲しいかな。魔女疑惑が晴れるわけでもないのに、なんで天敵に見張られてなければならないのだろう。
「日傘を差さなくてもよろしいのですか?」
「帽子で隠れてるから大丈夫でしょう」
よほどのことでなければ顔は見えないだろうにと思いつつ返事をし、それから彼が言わんとしていたことを理解した。すっかり忘れていたが、貴族の女は肌の美しさを保つために日傘を差すのが嗜みだと言われていた。
「……ああ、女として不適切でしたわね」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「これじゃ、また侍女に叱られそう」
レティシアの生い立ちくらい知っているだろうが、もの知らずの娘を演じるために呟いた。その途端、視界の端で隣の男が眉を顰めるのが見えた。
「……従姉妹のクラリス嬢とよく似ていますね」
「義姉様と私が? 初めて言われましたわ」
目を丸くして驚いた後、クスクスと小さく笑う。レティシアとしては至って自然な流れでお嬢様演出をしただけだったが、これが裏目に出てしまった。
「似ているというより、模倣したように見えます」
ヴァスバード侯爵は見透かすかのように、その薄い緑色の目を細めた。
「他人の癖の一部を真似することはできても、完全に模倣をすることはそうそうできるものではありません。だというのに、あなたはそれをいとも簡単にやってのけた。……なぜそんなことができるのですか?」
この男、魔女疑惑があるからといって、どれだけレティシアを観察していたのだろうか。言い逃れはさせまいというような追求に、どうするかと考えながら、門から入ってくる人々を見てーーレティシアは口元を歪めた。
「まさか。そんなことを確かめるために私の護衛を買って出てくださったの? さすが国営軍の若大将ですこと」
レティシアはやれるものならやってみろとヴィンセントを睨めつける。目には目を、挑発には挑発を。そっちが宣戦布告をしたのだから、この男にお嬢様を演じる必要はないと方針転換した。
「育ちが悪い私にはお嬢様ごっこが必要なのよ。貴族の男にとって女というのは、おしとやかで男に従順な生き物らしいからね」
レティシアは嘲笑するような笑みを浮かべる。
「お時間を頂戴して申し訳ありませんでしたわ、ヴァスバード侯爵。それでは私はこれで」
動作だけは優雅な礼をすると、侯爵の反応を見ることなくさっさと歩き出した。レティシアの視線の先にいるのはキョロキョロと辺りを見渡す侍女だ。
「お嬢様、お待たせいたしました……!」
「ちょうど礼拝が終わったところよ。大変だったでしょう? 急がせてしまって悪かったわ」
侍女を労いながら、彼女が手配してくれた馬車へと向かう。実は先ほど馬車から降りて来た侍女を見つけていた。早々に退散できるとわかっていたからこそ、あの行動に出たのだ。
今のレティシアには自分が魔女ではないという証拠はない。そもそも面と向かって容疑者だと言われたわけではないのだ。そういう状況で自ら無実を訴えても、むしろ疑惑を深めてしまうだけ。だったら魔女ならば絶対にやらない行動を取り、魔女ではないかも知れないと相手自身に思わせた方がいい。
そう考えた結果が、先ほどの敵意だ。王族への復讐を目論む魔女なら、王族や軍を油断させるためにも自分に疑惑の目が向けられるようなことしないだろう。だからレティシアはヴァスバード侯爵に明確な敵意を示してみせたのだ。
(これであの軍人が諦めてくれるかどうかだな)
レティシアは大星堂を一瞥してから馬車に乗り込んだ。




