24話 花見2
シェンス伯爵家は国の南東部に領地を持つ大貴族だ。建国後しばらく経ってから国王に仕えた家なので古参ではないが、歴代当主がなかなかの実力者揃いだったらしい。国王の覚えめでたく、古参だらけの上流貴族の仲間入りしたという。
(それで作ったのがこの庭園ってわけか)
邸からテラスに出たレティシアは、冷めた目で眼下の庭を眺める。
自国の花だけでなく、他国から持ってきた花まで咲き誇る庭は、もはや畑だ。地方の街の一つくらいはありそうな広さで、その壮大さは、王城の庭と言っても過言ではないだろう。
邸から噴水まで真っすぐと伸びた道。その左右には、綺麗に刈り込まれた樹木と、壁のように選定された低木、そして絨毯のごとくぎっちりと花が植えられている色鮮やかな花壇が計画的に配置されている。見るからに金と時間を費やしたとわかる。
「なんて素敵なお庭なのかしら……」
「そーですね」
うっとりとしているクラリス。花に興味がないレティシアは棒読みで返事する。
(いつ義姉様に聞こうかなぁ……)
何を、というのはもちろん、クラリスが描く理想の結婚式のことだ。義姉なら単刀直入に聞いても勘繰られることはないし、幾らでも答えてくれる。ただ、夢見がちなクラリスの妄想を聞くということは、即ち、大きな精神疲労を受けるということ。犠牲にする精神が最低限で済むよう、タイミングを考えなければいけないのだ。
ちゃんと仕事をすれば、これを機に、シェンス伯爵家の次期当主であり、国営軍の中央部隊大佐という地位にいるエレンツィオと縁を持てるかも知れないから。もし問題があるとすれば、一つ。
(さっそく邪魔がいるとはね)
レティシアは心の中で舌打ちする。養父とクラリスと共にシェンス伯爵家の邸へ赴けば、なぜかヴァスバード侯爵がエレンツィオの背後にいたのだ。
エレンツィオは領地のある南部隊ではなく、なぜか中央部隊に属している。だからヴァスバード侯爵と繋がりが強いことはわかっていたが、まさか呼ばれていたとは。
(やっぱり天敵に周りをうろつかれるのは目障りだな)
彼の来訪が招待なのか、自発的に来たのかは知らないが、自分に掛けられた疑惑が晴れない限り、ずっと付きまとわれるのだろう。鬱陶しい。心の中で吐き出しながら、庭へと続く階段を降りた。
◆◆◆
「いやぁ、美しい花々を間近で愛でられるなんて、幸福だなぁ」
にこやかな表情のエレンツィオに、ヴィンセントは呆れた視線を送る。ヴィンセントがいるのはシェンス伯爵家の庭に建てられた、花見の塔の二階の広間。上から見える庭には、様々な花々が色鮮やかに咲き誇っているのだが、この男の指す花はそれではない。その珍しい花々に頬を綻ばせている令嬢たちだ。皆、エレンツィオが主催した鑑賞会に呼ばれた、彼と親しい家の令嬢なのだが……。
「まさかレティシア嬢に近づくために、従姉を使うとはな。お前の執念は想像以上だ」
エレンツィオにはレティシア嬢の出生を四日で暴くという前科があったので、彼女の従兄であるフェンゼン家のリベルトへの接触には注意していたものの、甘かった。二ヶ月後に結婚するという、従姉のクラリス嬢から贈り物の要望を聞き出すためという建前で、レティシア嬢に接触するとは思わなかった。
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。こないだのお詫びですって、お詫び。レティシア嬢が従姉に堂々と会えるよう取り計らっただけです。レティシア嬢には、従姉のクラリス嬢の結婚式後の演出の調査のため、と言ってますけど」
縁談をまとめる立場にあるラインベール公爵を呼ばず、他の招待客にも、お詫びを兼ねた社交の場に慣れてもらうための演習だと予め話をしているから、問題ないとエレンツィオは主張する。
「家同士も個人同士も交流のない、ファンルドー男爵家の令嬢とレティシア嬢だけを招待した方が妙な噂を招きますから。それに今日招いている方は口の堅い、信頼できる方だけですから安心してください」
確かにこの場に呼ばれている面々は、身分関係なく、今年成人した令嬢とその両親のみ。一定の配慮をしたことは見て取れるが、ここにいない者が、レティシア嬢がこの場に招待されたことをどう捉えるかはまた別の話だろう。
当主でなく個人が主催しているものとはいえ、これも立派な社交の場。それにエレンツィオが主催する集いは、縁結びで定評があるのだ。だからこれがまた、新たな噂を招きかねないのではないかという疑念があるのだ。
「大丈夫ですって。それより大将、どうですか?」
「何がどうなのだ」
「ほら、あの薔薇の庭にいるミモザ色のドレスのご令嬢はどうです? 今年お披露目したばかりのクエーロ卿の一人娘で、婚約者候補になってもよさそうな子ですよ。あと噴水のところにいる桃色のドレスの」
「私はまだ妻帯するつもりはない」
どうやらこの男に、反省というものはないようだ。
エレンツィオに呆れつつも、ヴィンセントは男性陣と談笑しながら、その合間にレティシア嬢の様子を窺う。
ヴィンセントがここに来たのは、エレンツィオの監視のため。そしてレティシア嬢を観察できるいい機会だったからだ。
ヴィンセントがレティシア嬢に違和感を感じたのは、お披露目前に出会った、あの一度だけ。しかしあのときの目と、彼女が二年前まで市井にいたという事実があって、疑惑が拭えないのだ。
(もしも第五区の人間と接触があったとすれば、ラインベール公爵の知らぬところでだろうな)
第五区の者は全てが全て犯罪者というわけでもなく、商人や流れの労働者としてごく自然に市井に紛れ込んでいる者もいる。だから裏の顔を知らずに繋がりを持ってしまったという多いに可能性はある。しかし、繋がりを持っただけであの目になるのだろうか。
さすがに表情まではわからないが、クラリス嬢と共に花を見ているレティシア嬢の様子に気になる点はない。むしろ驚いたことがある。舞踏会ではほんの僅かしか見ていなかったのだが、彼女は生まれも育ちも生粋の貴族である従姉と並んでいても、遜色のない立ち居振る舞いをしているのだ。貴族社会に来てからの二年間であれを身に着けたとしたら、並大抵の努力ではないだろう。
(それだけの努力家ならば、違和感を隠すことも可能か……)
そこまで考えてヴィンセントは頭を振った。これではまるで、彼女を第五区と関わりがあることを前提としてしまっている。
(いかんな。先入観があると視野が狭くなる)
思考を切り替えるため、ヴィンセントは一階へ降りて、庭に出た。




