23話 花見1
食事に酒に音楽家。あとは灯りの油も。この一晩に一体いくら金をかけているんだろうか。気配を消して壁のシミになっていたレティシアは冷めた目で、華やかな広間を見ていた。
レティシアの三回目の社交界は、王宮での舞踏会からちょうど一ヶ月後だった。三回目といっても、前回はハインカルツェ公爵主催の親族会だったので、今日が実質二回目だ。とはいえ、今回の主催はローレンスの兄の嫁の生家である伯爵家なので、出席者の半分近くは身内。残り半分も割と近しい関係にある家らしく、親族会の延長と言われればそうかも知れない。
(それにしても、上流貴族の男って食いつきが悪いわね)
一人でいれば接触してくるかと思っていたが、こちらを窺う視線はあっても、近づく者はいない。ひとまず様子見といったところか。
(彼らの身分だと、公爵令嬢だけじゃ釣るのは厳しいかしら)
高貴な身分には、相応の教養が求められる。市井育ちということで、そこを疑問視されているとなれば、さすがに手の打ちようはない。
(獲物になりそうな男がいるっていうのに……)
何もできない状態がもどかしくて仕方がない。けれどここは我慢のしどころだ。こちらから近づけば悪目立ちするし、そもそも貴族の男が理想とする女というのは自己主張のない、男に従順な生き物。だからはやる気持ちを押さえて、男からのこのこと近づいてくるのを待つのだ。
(さてと。そろそろいいだろう)
今日はもう狩れないことは決定したのだ。自分の役目は果たしたと、レティシアはこっそりと広間を出た。そしてバルコニーを覗くと、好運なことに誰もいないようだ。
「あー、風が気持ちいいわ」
よくも飽きもせずにどんちゃん騒ぎを繰り広げられるわと、心の中で吐き捨てながら、夜風に当たって疲れを癒す。
(貴族って本当、うんざりするわ)
ついでに今の格好もうんざりする。今夜のレティシアは流行りだという、袖やスカートに過剰にレースをあしらったドレスを着ている。レティシアは動きやすいものがいいと言ったのだが、身分に相応しいものでなければならないと侍女に一喝された。侍女曰く、所作や立ち居振る舞いだけでなく、見た目にも難癖を付けられやすいので、きちんとするようにとのことだ。
ただでさえコルセットで肺を締め付けられていて苦しいというのに、重くて動きづらいドレスを着させられ、首や耳には宝石をジャラジャラつけられるわ、髪は毛根が痛むくらい引っ張られて結われるわ。それでいて足元は安定性の悪いヒール靴を履かされるのだから、拷問でしかない。
レティシアが大きなため息を吐いたとき、なにやらこちらを見る視線を感じた。好奇や軽蔑ではない類いの、そしてレティシアとしてはあまり歓迎できない視線だ。さてどうあしらおうかと、目だけを動かして相手を確認し、ギョッとした。視界に映るのは、貴公子という名が相応しい好青年だ。爽やかな笑顔でレティシアの方に歩いてきている。それはいいのだが。
(キラキラしてる?!)
なぜか彼の周囲がキラキラと輝いているように見える。まるで歌劇に出てくる貴公子のように。そしてこの雰囲気でわかる。この男は間違いなく、先日市井で大将と共にいたあのチャラい軍人だ。
(こっちに来んな、こっちに来んなって!)
ひたすら念を送るが、そんな願い空しく、レティシアの元に到達してしまう。
「これはレティシア嬢、ご機嫌麗しく。私はシェンス伯爵の息子、エレンツィオと申します。以後、お見知りおきを」
慣れた様子でレティシアの手を取り、恭しく挨拶をするチャラ軍人。レティシアは緊張しているお嬢様の表情を張り付けて、驚きを隠す。
(まさかこの男が実力で大佐までいった、変わり者のシェンス伯爵家の次期当主?)
シェンス伯爵家は後期に爵位を与えられた貴族だが、彼は長男で家を継ぐことが決定している。家督を継げない下流貴族の男とはワケが違うというのに、なぜか自ら志願して国営軍に入隊したと聞く。だから余程の変人かと思っていたが、なんというか想像と違った。
「いやあ、本当にお美しい。輝星石やダイヤよりも煌めく髪に陶器人形のように白い肌。まるで藍色の空から舞い降りた、星の精霊のようです」
キラキラと輝かんばかりの笑顔のエレンツィオに、レティシアは全身に鳥肌を立てた。よくもまあ、こんな寒気怖気吐き気のするセリフをスラスラと言えるもんだ。肌が白いのは二年半もの間、引きこもってたからで、髪の色は王家の血が強かったから。それにそもそも精霊は夢の世界の住人だ。前に市井で出会したときにも思ったが、この男、絶対に遊び慣れてるだろう。
「レティシア嬢、もしよろしければお近づきの印に我が庭へいらっしゃいませんか?」
「お庭ですか?」
レティシアはおっとりと首を傾げる。踊りに誘うんじゃなくて、こう来たかという本心は隠して。
高貴な血のお貴族サマは絵画や音楽、歌劇といった芸術や、花を愛でる趣味があるという。そして自分が収集したものを、他人に見せて自慢する趣味も。だからこの男の誘いもその一環なのだろうが、まさか会って早々、誘ってくるとは思わなかった。どうやら軍人であっても警戒心はそんなに強くはなかったらしい。
「鑑賞会、というにはまだ少し花が物足りないのですが、珍しい大陸の花々もありますので、ぜひ観ていただきたいのです。もっとも、どんな花でもあなたのお美しさには到底敵いませんが」
いちいち妙なことを挟むな。レティシアは淑女の微笑みが剥がれ落ちないように注意しながら体よく断る。
「せっかくのお話ですが、私は立場上そういう場にはまだ」
「その心配でしたら大丈夫ですよ。先ほどお父君にお話したところ、クラリス嬢と一緒なら大丈夫だと仰っていただきましたので」
「義姉様と一緒?」
根回しの早さに呆れつつ、純粋に疑問を口にする。下流男爵家のフェンゼン家はシェンス伯爵家とは繋がりがない。だからなぜ義姉の名が出てくるのか、本当にわからなかった。
「実は僕の友人であるケビック君から頼まれ事をしていまして、クラリス嬢のため、ぜひレティシア嬢に協力していただきたきのです」
ケビックとはクラリスの婚約者で、フェンゼン家と同じ東部に領地を持つ、ビシェンロ子爵家の次期当主だ。
「レティシア嬢は、ケビック君から従姉君への情熱的なプロポーズの話をお聞きになっていますか?」
「それはもちろん」
うんざりするほど聞かされた。貴族の結婚は政略結婚が基本なので、歌劇のように面と向かって男が女性に求婚することはほとんどない。しかしクラリスは、ケビックからピンクの薔薇の花が咲く庭で、それこそ歌劇の一場面のように求婚されたという。頬どころか耳まで真っ赤にして、きゃーきゃー話すクラリスを鎮めるのは本当に大変だった。
エレンツィオはそれなら話が早いと説明する。
「貴族の結婚式は市井とは異なり、次期当主とその妻を繋がりのある家の方々に紹介する、という意味が強いので、なかなか歌劇のような披露宴にはならないのです。それに式の後は親族の家を回ったりするから花嫁が疲れてしまって、式の後寝込むということもまま起こるくらいです。ケビック君は披露宴の後、疲れた花嫁のために何かしたいと考えているのですが、求婚の時以上に喜んでもらえるものは何かと、非常に苦悩していましてね。私に相談があったです」
「……」
ケビックとクラリスはどうやら似た者、いや、お似合いらしい。
「クラリス嬢の希望を聞き出すなら、一番仲の良い方に頼むべきだと思い、レティシア嬢にお声掛けしたのです」
「……義姉様でしたら、何でも喜ぶと思いますよ、ええ」
「そうおっしゃらず」
協力要請を断るための方便でも、適当でもなんでもなく、本当にクラリスは『君のため』といえば何でも感激する。
「公の場に出られてしまった以上、前のように従姉君と会えないでしょう? だからこれは憩いの時間だと思ってください。名目は花の鑑賞会ですし、他にも呼んでいるご令嬢はいますが、皆、信頼の厚い方のご息女だけなので、案ずるようなことはありませんから」
(ウインクはいらないって)
女好きという噂通りのエレンツィオに嫌男感を持ちながらも、これはチャンスだと考え直す。この男は軍部の中では上の方にいて、さらにシェンス伯爵家は政治に精通している家だ。レティシアが欲している情報を持っている可能性は高い。
「お父様がいいと仰っているのなら、出席させていただこうかしら」
エレンツィオはそれはよかったと爽やかな笑顔を浮かべ、レティシアは心の中で悪い笑みを浮かべた。この男と接点を持てるなら、義姉への恩返しもできて一石二鳥だ。
※編集ミスで一部箇所が抜けていましたので、修正しました。




