25話 花見3
低木の垣根や花壇で、道なりに遠回りに歩くことしかできないからだろうか。シェンス伯爵家の庭は、実際に歩くと、上から見たよりも相当広いように思えた。
「見て見て! このお花、花びらがハート形なの」
ニコニコしながら薄桃色の花を見るクラリス。
「ああ、これが輸入したという植物の一つですね。この花びらの形は、向こうの言葉で『永遠の愛』と呼ばれている花でしょうかな」
レティシアは値踏みするように花を見る。レティシアにとって興味があるのは、それにどのくらいの価値があるかどうかだけなのだ。
(だけどしょせん花だしなあ)
大した金にはならないだろう。ちなみに色が違うとか、大きさが違うなどはわかるが、花を愛でる趣味も感性もないレティシアにはその程度の区別しかできない。クラリスを後ろから見ながら、レティシアはどうやってエレンツィオと接触しようかと考える。
庭で数人の令嬢と夫人たちを見たので、エレンツィオはその客の相手で追われているだろう。だから彼からの依頼は後日ということなると思われる。書簡での報告になりそうだが、縁を持つためにも、できれば対面の方がいい。
「きれいな蝶々」
「義姉様、余所見してはいけません」
ふらりと歩き出したクラリスの腕をレティシアは引っ張って止めた。その直後、死角になっていた樹木の影から令嬢が二人が現れた。レティシアは少し前から話声が聞こえていたので、複数人がいるとわかっていたが、クラリスは花に夢中で聞こえなかったらしい。
「お邪魔してしまったかしら?」
黄色のドレスの令嬢がそう口に出す。もう一人の桃色のドレスを着た令嬢も、まだあどけなさが残るので、今年成人した令嬢だろうか。
「そんなことありませんわ。エレンツィオ様がおっしゃっていた、輸入されたという花を見つけたので、盛り上がってたところです」
「本当ですか?」
二人にその花を教えるクラリス。
(私は盛り上がってないって)
レティシアは、きゃっきゃとはしゃぐ三人を遠巻きに見る。
黄色のドレスを着た娘はブルネットの髪に、青灰色の瞳。もう一人は明るい栗色の髪に、深い緑の瞳。雰囲気はともかく、顔立ちもずいぶん異なるので、姉妹ではないだろう。
「そういえば、自己紹介をしてませんでしたわ。わたしはチェスティエン家のマージェと申します」
明るい栗色の髪の娘が桃色のドレスをつまんで、軽く挨拶をする。
「私はクエーロ家のシャロンです。マージェも私も今年成人したばかりで」
レティシアは目を細めて、目の前のブルネットの髪の令嬢を見た。
クエーロ家というのは五大侯爵家と同等の力を持つ伯爵家の一つで、別名、辺境伯とも呼ばれている古参の貴族だ。他国で辺境といえば国と国との境界を指すが、この国でいう辺境は違う。公にはされていない第五区という、裏社会の人間たちの自治区との境のことだ。
だから戦力が国営軍にまとめられた今でも、辺境伯は私兵集団ーー通称騎士団ーーを有している。
約二百年前まではどの貴族も騎士団を有していた。しかし魔女という大きな敵がいなくなった後、次なる脅威は武力を持つ貴族へと変わった。国王は貴族が力を持ちすぎる前に、彼らの持つ戦力を取り上げ、自身の息の根がかかった国営軍を設立した。一部例外を除いて。その例外のうちの一家がクエーロ家なのだ。
(軍人エリートに辺境伯とは、蜂の巣に入った気分ね)
正確には旧敵だが。今後のことを考えると、あまり交友は持ちたくない。
「私はフェンゼン家のクラリスです。お初にお目に掛かりますわ」
「私はレ」
「レティシア様ですよね?」
自己紹介する前に反応したのはマージェだ。本当にまつ毛までお星様みたい、と目をキラキラさせ、
「お会いできて光栄ですわ!」
と歓迎するのはシャロンだ。予想外の反応にレティシアは一瞬固まった。敬遠されるならともかく、なんで歓迎されているのだろう。
「東の港街に伝わる女神様のお名前と同じだったので、ぜひお会いしたかったんです!」
「め、女神?」
シャロンがぶっ飛んだ話をするので、レティシアは目を点にする。そんなレティシアとは対照的に、マージェとクラリスは子犬のように目を輝かせ、その伝説をぜひ聞きたいとせがむ。別に興味ないんだけど、と言えるはずもなく、三人と共に四阿に移動することになった。
「田舎のそこの地域にだけに伝わるお話だから、ほとんど知られていないと思うけれど」
そう前置きして、シャロンは東の港に伝わる物語を話し出した。
長いので要約すると、漁に出た若者が難破して帰ってこなくなり、彼の恋人が港の女神に毎日お祈りしていたらしい。信仰深かった彼女の願いを女神様が聞き入れ、海で漂流していた若者を娘の元に導いてくれましたとさ、めでたしめでたし。という物語だった。
何日も海の上を漂流してたのに、どうやって生きてたのかと、ツッコミどころ満載のおとぎ話だったが、
「まぁ、素敵なお話……!」
女子二人の心を大変くすぐったらしい。レティシアは半目になりそうなのを堪え、目をキラキラさせるクラリスに同調しておく。女ってなんでこういう話が好きなんだろう。きゃっきゃウフフしている目の前の三人が理解できない。
「名前というのは、お父様とお母様からの最初の贈り物なんですって。だから女神様の名前をつけてもらった方は、きっと素敵な人なんだろうって、レティシア様のお名前を聞いたときから思っていたんです」
シャロンは無邪気な笑顔を向ける。
「名前がプレゼントなんて、素敵ね」
「そんな風に考えたことはなかったわ」
クラリスとマージェがそれぞれ感想を述べる中、レティシアは二人と同じような表情を顔に貼り付けて誤魔化した。レティシアという名前は、あの男のために付けられたもので、自分にとっては容姿や色と同様、呪い以外でしかない。だから口を開いたらうっかり呪詛を吐き出してしまいそうだった。
「これはお母様がおっしゃってくださったことなんですけどね。例え見えなくなっても、この名前がなによりの証だって。だから今でも私の側にいてくれているような気がするんです」
(おや?)
確か辺境伯の妻は北部の領主であるカールベリア家の出のはず。それにこの庭に来て間もなく、この娘が母親らしき背の高い女と一緒に花を見て歩いている姿を見ている。
(なのにこの発言ということは、今の伯爵夫人は継母か)
妻を亡くした夫が後妻を迎えるのは、昔からよくあることだ。特に貴族は、婚家同士の繋がりを広げる意味があるからなおのこと。六年前に妻を亡くしながら、今も後妻を取らないファンルドー卿は珍しい部類なのだ。
(養父は母のことがあったから再婚する余裕がなかっただけだろうけど)
そのうえレティシアまで引き取ったために、なおのこと再婚から遠ざかったのだろう。そういうことがあるので、ローレンスの養子に出された際、レティシアは反感を持ちながらも大人しく養父の決定を受け入れたのだ。
(まあ、あれで養父への義理は果たしたわけだけど)
だからもう貴族社会にいる必要はない。有益情報を手に入れてあの男との縁切りを実行できれば、この名前からも貴族という檻からもめでたく解放される。
ぜったいに故郷に帰ってやる。すっかり意気投合して盛り上がっている三人を余所に、別れてしまった遠い家族に想いを馳せた。




