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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
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20話 魔女は禍のもと2

(どうせなら、獲物と間違えてローレンスを射ってくれればいいのに)


 そんなことを考えながら、従者を引き連れて狩りに行く男たちの背を見送った。


 今日はレティシアにとっては舞踏会以来、二度目の社交界だ。といっても主催は血縁上の祖父であるハインカルツェ公爵で、出席者は彼の息子であり、ローレンス(あのおとこ)の兄一家、そしてその妻の親族、ハインカルツェ公爵夫人の親族といった具合に、公爵の身内だけしかいないので、社交界というより単なる親族会だ。


 それ自体は別にいい。結婚詐欺(カモ)としての条件は揃っているから。しかしだ。


(独身男はゼロって)


 あえてなのか、単に好条件(ハイスペック)だから空きがないだけなのか、この場に独り身の男は一人もいなかった。これでは餌を撒きようがない。つまり無駄骨である。


(しかもよりにもよって、社交界が狩りだなんて)


 レティシアは心の中で舌打ちする。狩りも社交の一つに入れられているが、単なる男のお遊びだ。領主が騎士を率いて戦う時代が終わり、さらに農業と畜産業が発展したことで、本来の狩りの役目は失われた。代わりにどのくらいの大きさの獲物を獲れたかを競う、金にも食にも困らない貴族の男たちの娯楽となった。


 それならそれで男だけでやってろという話だが、そうはいかないのが貴族というか、男という生き物である。捕らえた獲物を掲げて己の腕前を見せびらかすためだけに、妻子を同行させるのだ。なんて馬鹿らしい。ちなみに男が狩りに興じている間、ちやほや要員の女たちが何をしているかというと、おしゃべりだ。というかそれしかやることがない。


 そしてその場に珍しい存在がいるとなれば、そこに話は集中する。


「緊張しているかしら?」

「ええ、少し」


 レティシアが顔を引き攣らせながら答えれば、女たちは「そうよねえ」「緊張しないでといっても無理があるわよね」と朗らかに笑う。彼女たちの言葉や態度には決して嫌味はなく、レティシアを仲間に入れようとしているのがわかる。


(さすが、上流貴族。育ちが良いなあ)


 舞踏会のときは興味関心、下衆な視線に混ざって、とげとげしい視線もあった。視線が多すぎて、その視線の主はわからなかったが、あの舞踏会は成人した娘たちのお披露目の場だったのだ。突然現れて注目を奪ったレティシアをよく思わない娘は多かっただろう。


(まあ、この中に今年お披露目の娘がいないからかもな)


 しばらく可もなく不可もない世間話が続き、空気が和らいだところで、十歳になるかならないかくらいの少女がおずおずと進み出て来た。なんだと見れば、少女はレティシアに意を決したような顔を向ける。


「レティシアさまのお母さまは、ファンルドー男爵の妹さまなんですか?」

「リリア、何を言ってるの」


 母に窘められた少女は、ごめんなさいと言いながらも、とてもウズウズしていた。その様子が遠(・)い(・)家(・)族(・)を思い起こさせて、ほんの少し懐かしさを覚える。少女の母に気にしないでと告げ、「そうですよ」と答える。


「ほんとう?!」


 無邪気な笑顔を見せる、リリアという少女。心の中で弟妹たちに思い馳せながら顔を上げたレティシアは、その体勢のままキョトンと周囲を見た。女たちが口もとを手で押さえ、若い娘に至っては目をキラキラと輝かせていた。まるでクラリスみたいに。これはレティシアの勘違いでなければ、たぶん、喜んでいるときの目だ。


(なんで?)


 頭の中に疑問符を浮かべ、一歩遅れて、あの男が母の名を明かしていないのだと気づいた。少女以外からは聞かれなかったから、知っているものだとばかり思っていた。もしかしたらこれは明かしてはいけなかったのかも知れない。でも言うなと言われなかったのだから仕方ない。事故だ事故。


 レティシアが開き直ったところで、最初は遠慮がちだった娘たちもワクワク顔で、色々と聞いてくるようになる。そうなると当然、聞かれることが。


「婚約者がいないって聞きましたけど、本当?」

「おじ様は縁談のお話をされないのですか?」


 レティシアにとって結婚は不要なものだが、他の令嬢にとっては違う。結婚することは人生そのものだからだ。あとは、もしかしたら公爵家で十八歳という年齢は薹(とう)が立ちすぎてるからかも知れない。


「いい方を紹介されたりはしていませんの?」

「社交界で気になる人ができたら、教えるようにとは言われています」


 レティシアの返答に対して、


「公爵家に結婚適年齢の独身の男性がいないのから、仕方ないかも知れないけれど、少しひどすぎないかしら」


 とローレンスに対して憤慨するのが半分。残り半分は


「恋愛結婚って素敵よねえ」

「だけど来たばかりでお相手を探すのって、難しいと思うわ」


 という反応だ。若い娘は未婚であることに多少の心配はありつつも、好いた相手と結婚するという方針には賛成らしい。それでさっき母が誰だかわかったときに、目を輝かせていたのか。同じ貴族同士といっても、身分差がある。女というものは身分関係なく、歌劇の甘ったるい展開がお好きなようだ。


(気を付けた方がいいよ。甘い夢の正体は、ただの汚泥だから)


 母の名誉のために声にできない代わりに、心の中で注意を呼び掛けておく。


 体感時間にして一刻(じかん)くらいだろうか。女たちは一通り聞きたいことを聞き終えたらしい。ひたすら質問される側だったレティシアは、次第に女性たちの話に相槌を打つ側に回った。質問される側よりだいぶ楽ではある。が。


(まあ、やっぱりそうなるか)


 話題に上がるのは今年の流行や世間話(うわさ)、そしてどこそこの男が素敵だとかいう話ばかりで、面白い情報(もの)はない。女は男のような表立った活動が制限されているので、仕方ないと言ったら仕方がない。既婚者が多ければ、多少は領地の状況や管理についての話が出るかも知れないが、それもレティシアが欲っしているような情報(もの)ではない。


(まだ男も混ざっている社交だったら、獲物探しに使える話を聞けたかも知れないのに)


 ハインカルツェ領だから馬車旅は短かったけど、これでは骨折り損である。狩りはできなくとも。思う存分、馬を乗り回せたら感想は違っただろうけれど。


(誰かうっかり手元を狂わせて、ローレンスを射ってくれないかな)


 レティシアは強めに念じてみたが、二刻(じかん)後。今日の社交界はくたびれ儲けだったと確定してしまった。

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