19話 魔女は禍のもと1
レティシアは自室の鍵を掛けると、ドスドスと足音を立ててベッドへ向かった。
「あの野郎!!」
そして怒りのままに、ベッドの柱に巻き付けたクッションを殴りつけた。そのまま右、左と、無心で殴打を繰り出す。ベッドの天蓋が揺れても、拳に少々強めの衝撃が返ってくるが、気にしない。というより腸が煮えくり返りすぎて、それどころではなかった。
「なんで私が魔女なのよ!!」
レティシアがこうも殺気立っていたのは、先ほどまで訪れていた天敵たちのせいだ。
かつて超人的な力で世界を支配していた古の一族、通称魔女。彼女たちは、数百年前の古の戦争において、初代国王と、弟を含む六人の臣下によって全滅した。
そう伝えられていたし、そう思っていた。さっきまでは。
(たぶん魔女は生きている。だから軍の長が動いてるんだ)
二人は口にはしなかったが、レティシアは確信していた。いくら魔女が国の敵であって、過去の存在を彷彿とさせる事件だからといっても、軍の最高司令官である元帥まで出てくるとは思い難い。そうなると軍が警戒しているのは、魔女を語る偽者ではなく、魔女そのものだと考えるのが妥当だ。
そもそも魔女は不可思議な力を持っているのだから、滅んだように見せかけて、逃げ延びていた可能性は十分にあり得る。
そうして古の戦いから数百年も経ってから、魔女が生き残っていたことが明るみになったのだ。
(魔女の仕業だと判別がつく事件でも起こったかな)
普通はあり得ない死に方をした者が出たとか、不可解な現象が起こったとか、そんなところだろう。
軍が厳重警戒しているところをみれば、事件が起きたのは、まだ記憶に新しいはず。
(五、六十年くらい前の出来事ってとこか)
そしてたぶん、その被害に遭ったのは王族だろう。
魔女にとって、初代国王の血を引く王族は、一族を滅ぼした憎き敵。虎視眈々と復讐の機会を狙っていたはずだ。
そしてその事件の際に魔女を取り逃がしたのか、それとも複数いたのか。とにかく、軍ら滅ぼしたはずの魔女がまだ生きていることを知った。だから魔女が出現した可能性が少しでもある場合は、各部隊の長が極秘で動くようになっているのだ。
そして魔女が出現したという証となるのが、魔法陣だ。軍の長たちがあの紋様を重要な証拠として調べていて、魔女が使うものだという侍女の説明を否定しなかったのだから、魔女の出現の証だと断定していいだろう。
(でも、それだと変だ)
レティシアは眉間に皺を寄せる。魔法陣とは、物語の中で魔女が力を使うために描くものとされている。しかし、レティシアが知っている魔女の情報とは違う。古の一族の中でも、この地にいた一族は音を司っていて、音、つまり言葉を発しただけで火をつけたり、雨を降らせたり、何でもできたと聞く。
あの人の情報が違ったのか、あるいはーー
(生き残った魔女は、もう言葉では力を操れないのか?)
考えてみれば、魔女がその力で支配していた時代は数百年も昔のこと。表には古の力はもうないし、この時代まで順調に子孫を残していたとしても、人間の男の血が混ざっていくのだ。血が薄まって、もう昔のような力はないのかも知れない。
(ま、関係ないけど)
思考はここで止めておく。魔女に関することを探ろうとすれば、獲物が掛かったとばかりにヴァスバード侯爵が動くのが目に見えている。というかそんなことしなくても動くだろう。今日の様子を見て確信した。あの堅物男は絶対にレティシアの周囲を探りに来ると。
「濡れ衣にもほどがあるっての!」
元帥はともかく、ヴァスバード侯爵はレティシアを有力な魔女候補だと疑っている。だからわざわざ元帥を使って邸に約束なし訪問して、レティシアの言動、行動に不審な点はないか監視していたのだ。いくらレティシアの生い立ちが疑わしいとはいえ、ムカつくことこの上ない。
(私のが肩書きでは身分が上だから、表立って何かはしてこないだろうけど、目障りね)
まるで耳元で不快な羽音を立てる、あの小さな吸血虫のようだ。これは早々に疑いを晴らして、お引き取り願いたいところではあるが、下手に動けば魔女狩りに遭うだろう。無実という結論を出させるまで、あの堅物軍人に周辺を嗅ぎ回らせて……いや、無理だ。
男で貴族で軍人にイチャモンつけられるなんて、こんなムカつくことはない。
(そっちがその気なら、受けて立ってやる!)
どうやって自分が魔女ではないと証明するのか、まるで何も思いつかないが、売られた喧嘩は買ってやる。レティシアはメラメラと闘志を燃やした。
レティシアの嫌いなもの
男、貴族、軍人
(ローレンスは嫌いを通り越しているから入らない)




