17話 災難2
「まぁ、門前払いになりますよねえ」
エレンツィオは憂いた顔で呟く。同じ極秘部隊の一員である、マシューと二コラは既に仕事に戻ったというのに、この男だけはヴィンセントの執務室に居座っている。
「お前はいつまでここにいるつもりだ」
「寝込んでしまったレティシア嬢を想うと、何も手につかなくて……」
「それなら早退を勧める」
ヴィンセントは大げさにため息を吐くエレンツィオをあしらう。
実は昨日の朝、例の呪陣事件が起きたのだ。幸運にも魔女の痕跡ではなかったため、それでこちらの任務は終わるはずだったのだが、別の問題が起きた。第一発見者がレティシア嬢と侍女だったのだ。
当時の状況を聞こうにも、公爵邸の使用人に断られてしまった。
「一般の事件にはなっても、最低限の聞き取りはしなきゃいけないから、大将も悩んでいるんでしょう?」
悩みの半分はそうではある。だが。
「……お前、何を張り切っている?」
「ここはぜひ、俺に任せてください」
「却下する」
「ええーっ?!」
なおも食い下がるエレンツィオに、ヴィンセントは呆れた視線を投げる。
「気付かれていないと思っているのだろうが、お前がたった四日で彼女の個人情報を調べあげたことは、私の耳にも届いているぞ」
社交界でレティシア嬢の母親が、ファンルドー卿の妹君だという話が急速に広まっていると聞いた。そしてその噂の出所も。それでヴィンセントは先日、慌てて東部隊にいるファンルドー卿の嫡男の元に事実確認に行き、謝罪したのだ。彼はいずれ気付かれることであり、公爵も男爵も何も気にしていないと言っていたが、他人の出生をむやみに探るものではない。ましてや仕事の立場を利用して。
「えっと。ほら、それはそれで」
「もしまた無礼があっては軍の規律の問題になる。よってお前の申し出は却下する」
そんな、と大げさに嘆くエレンツィオ。そろそろ追い出すかとヴィンセントが腰を上げたタイミングで、部下がやってきた。手には封書がある。
「ラインベール公爵家の使用人が、届けにみえました」
(そうきたか)
ヴィンセントは封書を受け取る。封蝋にはハインカルツェ公爵の印章が刻まれているので、本物に間違いはない。苦情つきの証言だろうと、さっと目を通す。
「現場を見た時にはあの状態で、物音も不審者もいなかったということだ。お前は通常の職務に戻れ」
自分の出る幕はないとわかったらしく、エレンツィオは項垂れながらも、ようやく部屋を出て行った。
(……さてと、どうするか)
必要な証言は既にある。しかしレティシア嬢には個人的に疑念があり、すんなり引き下がるのは躊躇われた。とはいえ彼女に直接会って確かめるのは非常に困難だろう。こうして封書を寄越してきたのは、この件に関してはもう触れてくるなという意味なのだから。
(裏の手を使うしかないか)
ヴィンセントはペンを取ると書簡をしたため始めた。
◆◆◆
その返事がきたのは二日後だった。書簡ではなく、相手が直接基地に訪れるという形で。
「ラインベール公爵への取り継ぎを頼みたいということだが、おぬしがそこまで調査を求める理由は何だ?」
真意を探るように赤茶色の瞳をヴィンセントに向けるのは、国営軍の総司令官、イーツカルツェ公爵だ。イーツカルツェ家は初代国王の弟の直系で、公爵家でありながら代々軍事を司る家である。その当主であり、国営軍の元帥である彼は、将官ですら萎縮させる威圧感を持つ人物だ。
そしてそんな人物に取り次ぎを頼んだのは、彼は個人的にレティシア嬢の父であるラインベール公爵と親しいからである。いくら軍の大将でも公爵家の令嬢ともなれば、容易に協力を頼めるわけもなく、さらに事が事なだけに、直接説得するのは難しいだろうと考えた。だから公爵家であり、友人であるイーツカルツェ公爵からの依頼とした方が話が通るだろうと思ったのだ。
「実はこの事件の前に起きた、呪陣事件騒ぎの際、彼のご息女のレティシア嬢が現場付近にいました」
「彼女が関与している可能性があると思っているのかね?」
「それは現状では判断できません。しかし前回は偶然現場付近に彼女が訪れていただけだとしても、今回の件は悪戯で片付けるには少々異常すぎます」
今回の事件は、死骸を贄に見立てて置くだけではなく、腹を引き裂くという異様な行動に出ている。明確な悪意、あるいは攻撃性の現れだと思っていいだろう。
「この事件、彼女が呪陣を見つけたことは偶然だとしても、レティシア嬢が公の場に姿を現した直後に、ラインベール公爵の領地で起きています。そこに何らかの意図があるように思えてならないのです」
第五区が関係しているかは別として、レティシア嬢への脅迫という風にも取られられる。彼女は令嬢としては異例の生い立ちで、恨みや妬みを持つ者がいてもはおかしくないのだ。
「確かに、その可能性は十分あり得るか……」
イーツカルツェ公爵はそう呟いた後、赤茶色の目をヴィンセントに向けた。
「そして本心は? 他に気になることがあるという顔をしているが」
ヴィンセントは表情を変えたつもりはなかったが、見抜かれていたようだ。
「個人的にですが、彼女はごく普通の女性というには強い違和感を憶えています」
ヴィンセントは掻い摘んでその理由を話す。身分を隠していたヴィンセントの正体を見抜いたのが、偶然出会した時の姿格好を記憶していたからだとしたら。彼女は恐ろしいまでの観察眼と記憶力、知識、そして分析力を持っていることになると。
ヴィンセントは彼女が凶賊だと疑っているわけではない。しかし長年市井で暮らしていたという点で、何らかの関わりを持っている可能性が否定しきないので、こうして疑念を抱いているのだ。
「貴族として認められたのだから、身辺調査は行われているはずだが……。わかった、私は挨拶をしていないからな。おぬしにそこまで言わしめる娘に会ってみようじゃないか」
ラインベール領へ約束をこぎつけられそうだと、ヴィンセントが少し安堵していれば、
「ここからなら、ラインベール領には二日あれば行けるか」
思わぬ発言に目を見張った。何食わぬ顔で言っているが、イーツカルツェ公爵は大胆にも、ラインベール公爵を通さずに面会するつもりらしい。
「彼には後で報告をするから問題なかろう」
そう言って笑う公爵を、ヴィンセントは唖然と見てしまった。
ローレンス(ラインベール公爵)、レティシア:初代国王の血筋の傍系
イーツカルツェ公爵:初代国王の弟の血筋の直系




