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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
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13話 華やかな舞踏会2

三度目の遭遇にして初対面

「レティシア。これから君は僕の娘として公の場に出る。目立たないよう配慮はしたが、それでも全貴族から注目されるだろう」


 王城が見え始めた頃、ローレンスが隣に座るレティシアに話しかけるが、全く反応はない。邸で既に伝えているから、二度も言う必要はないということなのだろうが、王宮の舞踏会という大きな場で浴びる視線ほど、緊張することはないと知っているので、もう一度言葉にしたのだ。


「もちろん、様子を窺いに来る者たちの対応は全て僕がするし、変な噂話が立たないよう、いろいろ考えている。だけど、不快な気分になるかも知れないことは心しておいて欲しい」


 馬車が止まると最初にローレンスが降り、娘に手を差し出す。レティシアは眉間に皺を寄せたが、ここは公の場だと判断したのだろう。無表情のままローレンスにエスコートされて降りた。



 ◆◆◆



 城の入り口から広間まで続く、青と銀の糸で織られた絨毯は、若い娘たちにとっては夢の舞台への道なのだろう。宝石の中でも最高級の美しさを持つ、輝星石(きせいせき)で装飾された吊り灯りが、星のようにキラキラと輝く中、優秀な演奏者が奏でる音色が優雅に響き渡る。


 初めて足を踏み入れた王城は、豪華絢爛そのものだった。贅を凝した煌びやかな大広間の中央では、若い男女が優雅に踊っている。その光景はまるで歌劇の一場面のように見えた。若い娘たちはこの夢のような舞台に、胸をときめかせしていることだろう。


(私には見世物小屋に入れられた気分でしかないけど)


 ローレンスと共に踊っている人の輪から離れた場所に立っていたレティシアは、反吐を吐きたくなった。


 今日の舞踏会は今年最初の社交界であり、同時に成人した令嬢のお披露目の舞台である。レティシアも危うくその中に入れられそうだったが、足の怪我のおかげでワルツに参加せずに済んだ。だから壁のカビになっていようかと思っていたのだが、残念なことに、こちらを窺う視線は絶えることがない。


(どうせ母親は誰だとか、本当に娘なのかと言ってるんだろう)


 あくせく汗をかいて働く必要がない貴族たちにとっては、噂話は格好の嗜好品(だいこうぶつ)で、そして突然現れたレティシアは恰好の餌食だ。どうせ一時間後には、尾鰭に手足も付いた噂が広まっているに違いない。


(ったく、仕事しろよ。暇人どもが)


 心の中で毒づく。仕事というのは婚姻相手探しのこと。娘たちにとっての憧れの舞踏会は、実のところ、男達による品評会なのだ。自分の権力を強めたい当主は、娘の結婚相手という名の、己にとって有益な家柄(おとこ)を探すため。独り身の男は家や自分の趣味趣向に合う娘を探すための場だ。

 レティシアは舞踏会(これ)がそういうものだと知っていたので、出席はしたくなかったが、今後のために我慢しているのだ。


 一曲目の令嬢たちのお披露目が終わり、次の曲に移れば、血縁的には祖父にあたるハインカルツェ公爵が話し掛けてきた。それを皮切りにローレンスの近い身内へ挨拶して回る。


 この時ばかりは面倒な貴族のしきたりに感謝した。舞踏会では上座から順に上流貴族が並ぶため、レティシアのいる場所は公爵家に囲まれていて、余計な人間と顔を会わせずに済んだ。

 ちなみに今日のレティシアはお嬢様を演じていないので、全く愛想はないのだが、皆が皆、初の社交の舞台で緊張しているのだろうと勝手に解釈してくれるので、そういうことにしておく。さらには別室で少し休んだらどうかと勧められたので、これ幸いと、舞踏会の序盤で広間を後にできた。


(この男がいなきゃ、もっと快適なんだけど)


 廊下を歩きながらローレンスに毒づいていれば、真正面から現れた人物にレティシアは一瞬、目を丸くした。いかにも軍人という精悍な顔立ちと短いブラウンの髪、そして薄い緑色の目。


「おや、いま到着かい? こんな時も仕事とはフィリウスの言う通り、父君に似て真面目だな、ヴァスバード卿」


 ローレンスが話しかけている男は間違いなく先日、市井で会った顔だった。ヴァスバード侯爵ということは、あの場所は中央部隊の管轄地だったらしい。なにもこんなところで答え合わせしなくてもと思う。


「いえ、大した仕事ではなかったのですが。それよりもラインベール公爵はもうお帰りですか?」

「娘が疲れているようだから、少し休ませようかと」

「ご息女ですか?」


 聞き流していいものを、ヴァスバード卿はご丁寧に聞き返してくる。


「ああ、今日が初めて社交界でね。紹介するよ、レティシアだ」

「……お初にお目にかかります」


 視線に注意しながら、レティシアは不愛想気味に淑女の挨拶をする。先日の姿が演技だと勘づかれないためには、表情と口調は同じにすることが鉄則だ。しかし今日は一日中不愛想だったから、この男にだけ令嬢の皮を被る方が怪しく映る。だから他の人間たちと同様の塩対応にした。


 他人にも自分にも厳しそうな印象の男は、薄い緑色の目を細める。あのときの鋭さはないが、まるでこちらを見透かすような、それでいて本心を一切映さない目が、最年少にして中央部隊を束ねる人物だと思わせた。


「これは失礼を。私はヴァスバード家のヴィンセントという。以後、お見知りおきを」


 ヴァスバード卿はレティシアの手を取ると、唇を寄せ挨拶をする。


「引き留めて悪かったね」


 レティシアはローレンスに倣い、頭を下げると、そそくさとヴァスバード卿の前から立ち去った。





(ああ……ひどい目に遭った)


 控室の中に誰もいないことをいいことに、レティシアはイライラしながらハンカチで手袋を何度も拭いた。貴族の女に対する挨拶というものは、男嫌い貴族嫌い軍人嫌いのレティシアにとっては、手袋越しであっても虫唾が走る。そのうえあの男に会うなんて、嫌がらせに次ぐ嫌がらせだ。


(しかもこの男が出て行かないし)


苛立ちの矛先をローレンスに向ける。控室に着いたのに、なぜかずっと部屋にいるのだ。だから苛立って仕方がない。


「もう少しだけ辛抱してくれるかい? さすがにまだ抜けるわけにはいかないんだ」

「だったら私は一人で問題ないので、どうぞお戻りください」

「いや、もう少し……」


 さっさと出ていけと言おうと口を開いたとき、ふいに足音が聞こえてくる。明らかにこちらに近づいてきている。誰が来るのかと警戒していれば、


「レティ!!」

「え? 義姉(ねえ)様?」


 扉が開くと同時に、義姉のクラリスがレティシアの元に飛び込んでくる。予想外の人物の登場にレティシアは目を丸くした。大広間ではローレンスの親族に周囲を固められていたから、今日はクラリスには会わないだろうと思っていたのだ。


 十中八九、ローレンスが他人を使って養父にレティシアの居場所を伝えたのだろう。なおそのローレンスは、クラリスが来るとすぐ部屋から出て行った。あの男なりに空気を読んだらしい。


「ケビック様はどうされました? 今日は一緒にいるんじゃないのですか?」


 ケビックという人物はファンルドー領のある東部に領地を持つ、ビシェンロ子爵家の次期当主で、クラリスの婚約者だ。もうじき結婚するのだから、一緒にいるとばかり思っていたのだが。


「おいてきたわ。早くレティに会いたくて」


 笑顔で即答された。それでいいのか。未来の伴侶を放置してきたクラリスに半ば呆れながらも、舞踏会を中抜けするまでの一(じかん)、控室で世間話をして過ごした。まさかクラリスの、お腹いっぱい夢いっぱいツッコミどころもいっぱいの話が、癒しになる日が来るとは思わなかった。

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