12話 華やかな舞踏会1
退室する家庭教師の背を見送ったローレンスは、ため息混じりに苦笑した。
ローレンスがハインカルツェ家と交流のあるアニチェを家庭教師につけたのは、公爵令嬢として社交界に入るレティシアが、恥をかかないようにという配慮からだ。通常の教養なら、レティシアがフェンゼン家にいた時にアニチェの娘を派遣していたので問題はない。しかし公爵令嬢になるとそれだけでは足りないのだ。だからレティシアが恥をかかせないようにと思って家庭教師をつけたのだが、それが裏目に出たらしい。
授業態度があまりにも悪すぎると、家庭教師から二回目の苦情が入った。それも書簡で伝えるのではないく、わざわざ王都の邸に訪れてまで言いにきたのだ。
そのついでに、ローレンスが甘すぎるから娘がそういう態度を取るのだと、小一刻ほど説教されたのは苦笑いするしかなかった。
(まあ、焦らずにゆっくりやればいいさ)
教養ならレティシアが結婚する時までに身に付いていれば問題ない。それよりも必要なのは、レティシアが好きだと思える相手と出会う機会が訪れるよう、その環境を一日も早く整えることだ。
妻帯していないはずのローレンスが娘を連れて舞踏会に出れば、ローレンスが十六年ぶりに社交界に顔を出したとき以上に噂になるだろう。本当にローレンスの娘なのか。母親は誰なのか。卑しい血が入っているのではないかなど、レティシアに対して、根も葉もない噂が流れることは容易に想像できた。だからまずはその対策をしなければならない。そのために協力を取り付けているところなのだが。
「失礼します。先ほどファンルドー卿の使用人から封書が届きました」
「ありがとう」
待っていた返答がやっと届いた。ローレンスはマクシミリアンから受け取った封書に素早く目を通し、協力が得られたことに何度も頷く。
ローレンスが協力を要請したのはファンルドー卿だ。とはいっても彼に特別何かをしてもらうのではない。舞踏会ときに彼の娘のクラリスに、別室でレティシアと会てもらうのだ。
初めて社交界に姿を現したレティシアがファンルドー卿の娘と親しく喋っていれば、それを見た人物はすぐに噂をするだろう。なぜ初めて会ったはずの二人が、こんなに親しいのかと。
その話が社交界全体に広まる間、ローレンスは親しい人だけにフェンゼン家と所縁があることをそれとなく示唆をする。そうすればここだけの話が口から口へと広まり、レティシアの母親はマリアンヌだと辿り着く。それがローレンスの立てた筋書きだ。
時間が掛かるうえ非常にまどろっこしい方法ではある。しかしそれが最善策なのだ。
人々は醜聞を好む傾向にあるので、例え真実を大声で言ったとしても、信じる者がいないのが現実だ。だから一番早く、そして確実に真実を周知させるために、この計画を立てたのだ。
そのはじめの一歩はどうにかなりそうだ。ホッとしたいところだが、安堵するにはまだ早いと気合を入れたところで、
「それにしても残念でなりませんな」
マクシミリアンは口惜しそうに呟く。
「せっかくのお披露目でしたのに踊れないとは。お嬢様もショックだったでしょうに」
八日後に開かれる王宮主催の舞踏会は、成人した令嬢にとっては初の公の場、つまりお披露目の場である。レティシアも他の令嬢たちと同様に、お披露目としてワルツを踊る予定だったのだが、左足の具合を考慮して断念したのだ。
完治しているようだから出られないわけではないが、ほとんど練習が出来ない状態で出させることは可哀そうだし、そもそも舞踏会は今度のものだけではない。これから冬までの一年、あちこちの家で開催されるので、無理をさせる必要はないと判断したのだ。
「まあ、あの子は安堵しているかも知れないな」
娘の晴れ舞台の楽しみが半減してしまうのは、ローレンスとしても残念でならないが、アニチェや侍女の報告を聞く限り、レティシアはワルツは苦手を通り越して嫌いらしい。だから案外、踊らない口実ができてよかったのかも知れない。
「しかしお嬢様も気が変わっているかも知れませんよ。お披露目のドレスが仕上がったと連絡がありましたから」
「じゃあ、今頃衣装合わせをしている最中かな。ああ、きっと可愛いだろうなあ。いや、可愛いに決まってる」
レティシアのドレス姿を想像したローレンスは頬を緩ませた。
衣装合わせでレティシアの機嫌は最悪なものになりましたとさ。




