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星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
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11話 胸騒ぎの邂逅2

 この国は戦争とは無縁の国だ。大陸の西端に位置しているこの国は、隣国との境界は険しい山脈に、残る三方も山脈と海で囲まれていて、それらが防塞(ぼうさい)となり、他国からの侵略を防いでいる。ゆえに建国以来、大きな戦乱はなく、平和な治世が続いている。


 しかしだからといって、何の脅威がないわけではない。現在、国内には二つの脅威が存在していて、その一つは凶賊、いわゆる犯罪者集団である。連中が厄介なのは、その凶悪さだけではない。連中の根城にある。この国は公では第一区から第四区までしかないとしているが、実は人々の記憶から忘れ去られた最後の地、第五区が存在するのだ。


 第五区があるのは北部に連なる鉱山の向こう側。はるか昔に人々が暮らしていた過去の地で、建国後、生き場を失った者や孤児、盗人などの犯罪者が流れ着き、やがて凶賊という犯罪集団の自治区と化していたのだ。

 軍が第五区の存在に気がついたのは百数十年前。村や街を襲う凶賊に対し、幾度も排除を試みてきたが、鉱山内に広がる複雑な鉱道と凶賊たちの抵抗により、排除するには至らなかった。


 ここ五十年ほどは五老院(ごろういん)と呼ばれる、有力凶賊の五家が第五区を統治するようになったため、前よりも凶賊による犯罪は激減した。しかしあちらは法ではなく、力が支配する世界。いつその均衡が壊れるかわからず、依然として抜き差しならない状態であるのだ。


 そしてもう一つの脅威は古(いにしえ)の一族。通称魔女と呼ばれる存在だ。

 古の一族とは、かつて超人的な力で世界を支配した者たちの総称で、そのうちこの国を支配していた一族には女が多かったことから、後世で魔女という呼び名が付けられた。その魔女たちは初代国王によって滅んだと思われていた。六十八年前までは。


 実は魔女は生き残っている。そして今なお王家を滅ぼさんと狙っているのだ。

 その事実が判明したのは六十八年前、王子の婚約者となった令嬢が、魔女の末裔だと発覚したことで、判明した。

 魔女が生きていたうえに、貴族の一人としてすぐ側にいたことは、当時の貴族社会を震撼させた。しかし人々を本当の恐怖の渦に落とし込んだのは、魔女が死に際に発した言葉だ。


「我が肉体は死すとも、もう一人が必ず我ら一族の悲願を果たすだろう」


 生き残りは一人ではなかった。衝撃的な事実に当時の軍は全力を挙げて、残るもう一人の魔女を探した。しかし市井で発見することはできず。ならば第五区に潜伏しているだろうと、彼(か)の地へ討伐に出たものの、第五区へ突入することは叶わなかった。その後は要らぬ混乱を招かぬよう、魔女の生き残りはいなかったとして、表立った魔女狩りは終わらせた。けれどその裏で、生き残りの魔女の発見は最重要国家機密として、警戒し続けることになったのだ。





 そして今日、国営軍中央部隊の大将であるヴィンセントが極秘部隊と共に身分を隠して現場に赴いたのは、その魔女が現れた証である「魔女の痕跡」ーー魔女が力を使う際に描く不気味な紋様で、魔法陣や呪陣と呼ばれるーーが発見されたからだ。


「これか」


 駐屯地の兵によって現場保存されていた場所に入れば、黒いインクらしきもので描かれた紋様と、中央に置かれた犬の死骸があった。見るからに怪しいそれは、俗に言われている魔女の痕跡に見える。


「では、検証をお願いします」


 ヴィンセントはすぐさま、同行していた星詠(ほしよみ)にその場を委ねた。これが本物かどうかを確かめるのは、ヴィンセントたち軍人ではない。魔女の力は奇跡の力を受け継ぐ者にしか判断できないからだ。その間、ヴィンセントは部下と共に駐屯地の兵から発見当時の状況などを聞きとりを行い、万が一、本物だった場合に備えておく。

 もしこれが魔女の痕跡だった場合の、緊急事態を報せる狼煙の準備までしたところで、現場検証を終えた星詠が立ち上がる。


「陣からも犬の死骸からも魔女の力の反応はなし。これは呪陣ではありません」


 星詠が告げた結論に、兵士たちは安堵する。そしてヴィンセントも。魔女の痕跡があって極秘部隊が出動したのはこれが二度目だが、やはり最悪のことを考えるとそれなりに緊張するものだ。


 これは悪戯だと結論が出たため、今後は一般的な事件として駐屯地で処理されることになる。それを彼らに告げ、帰路の準備に入れば隣から軽口が聞こえてくる。


「あー、よかった。出来が良すぎるから、本物かと思って肝を冷やしちゃいましたよ」


 爽やかな笑顔で言うのは、大佐であるエレンツィオだ。この男のよかったは、魔女の仕業でなかったことの安堵ではない。


「もしこれが本物だったら、十日後に控えた舞踏会は、警備に回らなきゃいけないですからね」


 十日後に開かれる舞踏会は国王陛下が主催する、王公貴族が一堂に会する大規模な社交界で、ヴィンセントとエレンツィオは貴族として出席する予定だ。だからもし、この呪陣がクロだった場合、自分たちは軍人として王都や主要都市、王城の警備などの任務に当たることになっていただろう。それがいかに大変なのかは、想像に固くない。だが、この男の発言の真意はそれでもなく、


「せっかくの運命の出会いの場を楽しめないなんて、そんな悲劇はありませんよ。ああ、今年はどんなコと会えるかなァ」


 ただの遊び人発言にヴィンセントはため息をついた。今度の王宮の舞踏会はその年に成人した令嬢たちのお披露目の舞台でもある。家や将来を考えて相応しい相手を探すことも、貴族にとっては重要な仕事ではあるが、エレンツィオの目的は、そういうものではないと知っている。


「もしかしたら今度のお披露目で、さっきの可愛いコに会えるかも!」

「……は?」

「あのコ、絶対貴族ですよ。オレの目には間違いない」


 帽子を被っていなかったら、もっと顔がよく見えていたのにとエレンツィオは嘆く。


「婚約者がいるかもしれんぞ」

「例え婚約者がいようと結婚していようと、初めての出会いを楽しむ。それが舞踏会です」


 爽やかな笑顔で問題発言をする男に、ヴィンセントは呆れた目を向ける。


「そろそろ大将も本腰を入れるつもりでしょう? オレと同い年の二十九歳で独身。相当せっつかれているんじゃないですか? 五大侯爵家ヴァスバード家の現当主なら」

「それだけ雑談する余力があるのなら、報告書の作成はお前に任せる」

「ええーっ?! あ、待ってくださいよ!」


 不満の声を洩らすエレンツィオを放置し、ヴィンセントは馬を走らせはじめた。





(あの娘……いったい何者だ)


 ヴィンセントは道すがら思考を巡らせる。先ほど会った娘のことがずっと引っ掛かっていたのだ。


 先ほど、あの場を取り仕切っていたのはエレンツィオだった。だというのにあの娘は現れるなり、真っ先にヴィンセントを見てきたのだ。ヴィンセントは後ろに控えていたというのにも関わらず。

 目が合ったから思い違いではないだろう。あの娘は五人の中の長が誰なのか、短い時間で行動や外見ではない何かで判断したのだ。どことなく鋭い牙を隠しているような、そんな印象をあの娘から受けた。深々と被っている帽子で隠れていても、時折見える、冷たさを帯びる青紫色の瞳がそう感じさせたのだろうか。


(瞳……ああ、そうか)


 それで思い出す。いつだったか、王都で令嬢とぶつかったことがあった。そのとき彼女に掛け寄ってきた、姉妹とみられる人物。あのときの娘の目とよく似ていた。あれはほんの一瞬の、他愛ない出来事ではあったが、こちらを見定めるような、睨み据えるような視線を向けてきたのでよく覚えていた。それに、王族にしか生まれぬプラチナプロンドの髪だったから、なおのこと印象に残ったのだ。


 あのときの彼女が今日の令嬢で、ヴィンセントの顔を覚えていたとしたら。あの日は侯爵として外出していたので、服装や指輪を見れば身分は絞れるから、自ずと立場を導き出せただろう。ただし、あのわずかな時間で、ヴィンセントの顔や身なりを記憶していたらの話だが。

 どうしても嫌な予感が頭を過る。あの目は第五区の人間のそれとよく似ていた。

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