↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を埋めた少女  作者: 神木ジュン
王都編1
10/105

10話 胸騒ぎの邂逅1

(長閑だわー)


 レティシアは使用人用の小型の馬車にガタガタ揺られながら、周囲に見える素朴な景色に目を細めた。


 この国は第一から第四までの区ーー王都や主要都市が第一区、王都周辺や主要都市周辺は第二区、さらにその周辺の町は第三区、それ以外を第四区と呼ぶーーの合計百二十八の区で構成されていて、さらにそれぞれの区は三つーー領主や金持ちが住む一等地、商業や市井の中心である二等地、三等地はそれ以外ーーに分けられている。

 ちなみにあの男の本邸があるのは西部の第三区の一等地で、養父のファンルドー卿の邸は東部の第四区の一等地だ。


 そして今レティシアが向かっているのは、ラインベール領の東北方向に位置する、第三区の三等地。そこにある鍛冶屋だ。鍛冶屋が二等地ではなく三等地にあるのはさておいて、なぜそんな所に行くことになったかといえば、昨日、侍女に気分転換を勧められたからだ。


 あの男に養子に出されて半月が過ぎた。ついでに家庭教師がつけられてから半月も経ったのだが、ついに昨日、アニチェと決裂した。といってもたいしたことはない。踊りという、意味のない練習を強いるので、レティシアが授業放棄しただけだ。

 ただそれだけのことだが、侍女はそれを重く受け止めたようで、レティシアに息抜きを提案したのである。その息抜きがなぜ鍛冶屋かというと、偶然、仕上がった剣を取りに行くという話を聞いたからだ。深い理由はない。


 ちなみに突然レティシアを引率する羽目になった使用人の青年、エドモンは非常に戸惑っていた。


「先に言っておきますけど、きっとものすごく驚かれると思いますよ。それと剣を受け取るのに最低でも半刻(さんじゅっぷん)は掛かることは覚悟しておいてください」

「剣を受け取るのって、そんなに時間が掛かるものなの?」

「なんというか、少々クセが強くて……腕は一流なんですけど。まあ、行けばわかります」


 どういうことかとレティシアは首を傾げたが、鍛冶屋に着いてからその理由を理解した。気難しい職人を見事に体現する主人は、客人に一瞥くれただけで、工房に籠って剣を鍛え始めたのだ。


(あ(・)っ(・)ち(・)でもこういうタイプの爺がいたな。もっとも、売っているのは物じゃなくて情(・)報(・)だけど)


 一流と言われる爺は、こういう曲者が多いのだろうか。二癖も三癖もあって、半刻で受け取ることはまず無理だろうと察する。なので剣の受け取りはエドモンに任せ、レティシアは時間潰しに専念することにした。


(凄腕の鍛冶屋が鍛えた剣。一体どんな切れ味だろう)


 庭で弟子たちが自試し斬りをしている様子を、試し切りでもいいから使ってみたくてウズウズしながら見る。今日のドレスは商人の娘が着るような比較的動きやすいものではあるが、市井だろうと、剣を振り回す女なんていない。こんなことで妙な噂でも立てられて、目を付けられては今後の計画が狂ってしまうから、我慢我慢と言い聞かせる。それに調子に乗って動いて、治ったばかりの足をまた痛めては元も子もない。


 そうこう時間を潰していれば、エドモンが剣を抱えて戻ってきた。その顔には疲労の色が浮かぶ。


「ご苦労様。一旦町で休みましょうか」

「いえ、大丈夫です。これは毎度のことですから。ところでお嬢様、右足はもう大丈夫なのですか?」

「え?」


 断定して聞いてきたので素で驚く。


「重症ではないのでしょうが、邸内でも左足を庇うような歩き方をしていましたから。もう直ったのかも知れませんが、念のために医者に診せてください」


 バレないようにしていたし、そんなに歩き回っていたわけでもないのに、よく観察していたなと感心する。


「オレ、いや僕、これでも一度は国営軍の養成学校に入っていた身なんです」


 聞けばエドモンは軍人になるために学校に入ったらしい。二年前に父親が亡くなったために、稼ぎ頭にならればなくなり、それで見つけた仕事があの男の使用人だったのだという。


「あなたならもっといい仕事があったでしょうに」

「いえいえ! こんなにいい仕事は滅多にありませんよ」


 金にがめつい商人や富豪の元で働くよりもまだマシなのかも知れないが、なにもあの男の使用人でなくてもよかっただろうに。

 そんな他愛のない話をしながら来た道を歩いていれば、広場の一角の人集りが目が入った。女こども、ときどき男が食い入るように何かを見つめている。


「何かやっているのかしら?」

「ああ、あれは人形芝居ですね」


 市井の人々は字が読めず、劇場に行けるようなお金は持っていないので、時々くる旅芸人の一座がやる芝居を見て楽しむのだというが、


「人形?! よくあんな得体の知れないモノ、平気で見ていられるわね」


 レティシアは思い切り顔を顰めた。レティシアにとって人形とは『ひとりで』『動き回る』『不気味なモノ』であり、昔から苦手、いや嫌いなのだ。フェンゼン家にいたときは、クラリスが邸にある人形という人形を全てしまってくれていた。


「ちなみにあれは何の物語?」

「たぶん、魔女に囚われたお姫様を助ける騎士の物語じゃないかと思います。一番人気ですし。ああ、今、ちょうどクライマックスのところです。騎士が剣で魔女を倒してめでたしめでたし、と。……あの、もしかして僕、変なこと言いました?」

「いえ、その手の話は男でも好きなのかと思って」

「子どもの頃は好きでしたね。人形芝居なんて滅多に見られませんでしたし」


 娯楽として好きだったらしい。今は全く興味がないようで、芝居を見ることなく、馬車を留めた宿へと再び歩き始める。そして最初に異変に気付いたのはエドモンだ。


「巡回兵がいる。なんだろう?」


 レティシアもそちらに視線を向ければ、遠目ながらも五、六人のむさ苦しい集団がいるのが見える。近づくにつれ、五人が国営軍の一等兵(したっぱ)の紺色の外套を着た兵士であり、もう一人が宿の管理者だとわかる。だいぶ話し込んでいるので、何か問題が発生したのかも知れない。


 レティシアは歩きながら五人の顔と服装、所持品を素早く観察する。そして三人の兵士から一歩離れた所に立っている一人に既視感を覚えた。


(あの男……)


 レティシアはバレない程度に、その兵士の顔を観察する。一等兵の兵の外套を着てはいるし徽章(きしょう)は確認できないが、あの仏頂面の男は、王都でクラリスがぶつかった相手に似ているような気がしたのだ。レティシアは記憶を手繰り、あの時の出で立ちを思い出す。

 確か貴族の服装で、右手に指輪をしていたはず。あの指輪を与えられているのは侯爵家以上の当主だけ。


(つまり、あの男は部隊の大将か)


 国営軍は東西南北と中央の五つの部隊で構成されていて、五大侯爵家がそれぞれの大将の座に君臨する。今いる場所は西部隊か中央部隊の管轄だろう。ならばあの仏頂面の人物は西部隊の大将であるリスウェント侯爵か中央部隊の大将、ヴァスバード侯爵のどちらか判断した。


(なんでこんな田舎に部隊の頭が? それに頭と同行するなら他の面子も尉官以上(エリート)のはず)


 国営軍は治安維持のために巡回警備も行うが、それは下っ端(いっとうへい)の仕事だ。なのに「こんな場所」に「大将(おおもの)たち」が「身分を隠して」行動している。

 それが意味することはただ一つ。


(部隊の大将(あたま)が直々に赴かねばならない何かが起きたか、起こるということ。……恐らく国家機密に関わることだろう)


 鍛えられた勘が、早くその場から離れろと警告を鳴らした。


 レティシアたちが普通に歩いて、彼らの声が聞こえるくらい近づいたところで、二名の兵士が振り返ってこちらを見た。


「あなた方がこの馬車の持ち主ですか?」

「そうですけど、なに」

「何かありましたか? もしかして留めてはいけないところに馬車を留めてしまったのでしょうか?」


 レティシアは典型的なお嬢様を装いながら、エドモンの返事に被せ気味に言葉を発した。ちなみに仕話し方や仕草はクラリスを参考にしている。


「いえ、そうではないのですが、彼とはどのようなご関係で?」

「この者なら、私の従者ですわ」

「失礼ながら、あなたのようなお美しいご令嬢がなぜこのような田舎町に? それも一刻(じかん)以上も」


 貴公子っぽい雰囲気の兵の一人がレティシアに問いかける。身分が隠し切れていないのはともかくとして、質問内容に余計な言葉が混じっているのはどういうことだろうか。


「職人に頼んでいたものを取りに行くというので、この者に付いてきましたの。どんなところか見てみたくて。……それで少し時間を使ってしまったのに、広場で皆が何か楽しそうにしていたので気になって、つい寄り道をしてしまって」


 レティシアはそっと広場を指差してみせる。


「ーーああ、人形芝居ですか」


 兵は納得したようにうなずく。ああいうものは無条件で女、子どもの好きなものという認識なのだろう。


「実はこの近くで不審者が出たので警戒している最中でして。『組み合わせがちぐはぐの男女が乗った馬車を見た』と聞き、もしかしたら誘拐かと思ったんですよ。思い違いでしたけど」


 レティシアは「まあ、そうでしたの」と、驚いたような表情を顔に張り付ける。


「あの、私がこの町に来たことは見逃してくださいますか? その……父には内緒で来たものですから」


 恥ずかしそうに告げれば、


「もちろん、内緒にいたしますよ。ですが従者が一緒とはいえ、警備がさほど厳重でない三等地には出歩かない方が賢明です。あなたのようなお美しい女性なら、絶対に」


 ウインクされ、思わず全身に鳥肌が立った。


「ご、ご忠告ありがとうございます。……それでは私たちはこれで。エドモン、行きましょう」

「はい!」


 レティシアは淑女の礼をし、話を終わらせると馬車に乗り込んだ。背中に感じる視線を無視して。





(不審者ねえ……あの男の方がよっぽど不審者だわ)


 レティシアは馬車に揺られながらため息を吐く。不審者程度のことなら大将が出てくるはずがない。恐らく軍が追っていたのは別のことだ。そしてあの視線の主は恐らくーー。


「すみません。お嬢様に対応させてしまって」

「気にしないで。ああいう時は女が出た方が早いのよ」


 エドモンにそれっぽいことを言って話を終わらせる。あれこれ詮索されるのはご免だ。つぎに気分転換に行くとしたら、次は別の場所に行こうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。