100話 それは突然の2
この男の持ち場は中央部隊の基地のはずなのに、なんでこの男もいるのだろう。色々言いたいことはあるが、グッと押さえ、ヴァスバード侯爵の顔も見ずに尋ねる。
「何か用?」
「ラインベール公爵が迎えにみえているのだが、イーツカルツェ公爵と話し込んでいるので、もう少し待ってほしいと言伝を預かってきた」
馬車だけ来ればいいものを、なんでローレンスまでついてきてるんだということは置いておいて、ヴァスバード侯爵がここへ来た理由が、言伝のためではないのは想像がつく。
「それはわざわざどうも。あなたは忙しいんでしょう? さすがに軍部じゃ何もできないから、安心して席を外してちょうだい」
ヴァスバード侯爵を追い出しにかかれば、
「規則があるから、そういうわけにはいかないんだ。それとも、どうしても一人きりになりたい理由があるのか?」
「気が散って休めないもの」
「それなら、視界に入らない位置にいるとしよう」
「疑り深いのね」
「君が大人しくしているとは思えないからな」
「あら。十分大人しくしてるわよ。邸に送り込んできたリベルトから聞いているでしょう?」
レティシアが嫌味たらしく言えば、「彼の見える前ではな」と返された。そして彼は先ほどまでエレンツィオが座っていた場所に腰かけた。
「言いたいことは色々あるが。そうだな、まず君が従兄を連れて鍛冶屋に行った用向きを聞こうか。こちらの警備状況を探るためかと思ったが、職人と話し込んでいたというから、職人に用があったのだろう?」
やはり後ろからこっそり付けてきてた監視が、しっかりと報告していたらしい。さすがに内容までは盗み聞きできなかったようだが。
「可哀そうに上官から利用されてる義兄様の剣を鍛えてほしくて、職人を口説いてただけよ。時間掛かったけど。……ああでも、おかげで面白い話が聞けたわ。輝星石って不思議な力があったんですって」
面通しの後に立ち寄った宝石商では、輝星石の伝説や不思議な力については何も得られなかった。しかし五大侯爵家は初代国王と共に魔女を倒した、忠実な家臣の子孫だ。もしかしたら宝石商でも知らない、一部地域で伝わる輝星石の剣について知っている可能性はある。そう思ってあえて話を振ってみたのだ。
「不思議な力ことなら君の方が詳しいと思うが」
「輝星石は聞いたことないわね。第五区じゃ宝石は採れなかったし」
この反応は輝星石の剣の存在を知らないのか、知られたくなくて誤魔化したか、どっちだろうか。そう頭を巡らせていると、予期せぬ質問が飛んでくる。
「しかしなぜ鍛冶職人がそんな話を? あの職人の口から宝石の話が出るとは到底思えないし、君が出す話題でもないだろう。君は公爵令嬢として動く以外の場では、宝飾品を身に着けないのだから」
なんでそんなことまで観察しているんだ。しかも変人職人を知っているなんて。いや、考えてみれば、凄腕職人ならば一流の軍人の家門が懇意にしていてもおかしくはない。
さてどうしようかと、レティシアは頭を回す。鍛冶屋に行って事情を聞かれ、ペーパーナイフの存在が知られては困る。
「話してたときに輝星石のチャームを落として、それで話題に上がったのよ。まあ輝星石といっても雑貨屋で大量に売ってた安物だけど」
彼は無言でレティシアを見る。その目は完全に疑っている。
「義姉様の結婚贈り物にどうかと思って買ったのよ。結局別のものを渡したけど。いらなくなったけど捨てるのもなんだから、形見のペンダントと一緒に付けてたの」
実は四日前の茶会の後、新しい宝石と交換で義姉からチャームを回収している。もともとは回収するつもりではなかったが、宝石商に寄った理由を義姉へのプレゼントだと言っていたので、それを有言実行したのだ。ちなみにチャームを回収したのは、義姉がまたプレゼントを受け取ることを負担に感じないようにという配慮からで、「あの輝星石の質では、結婚祝いとしては相応しくなかったから」だという真っ当そうな理由も伝えている。
というわけなので、仮にチャームを見せろと言われても問題ない。
「……そのチャームをいつ、どこで購入したものか覚えているか?」
「王都内の女に人気の雑貨屋よ。買ったのは誘拐される数日前ね」
ヴァスバード侯爵の表情がわずかに険しくなったのを、レティシアは見逃さなかった。
「それを預かることはできるか?」
「なぜ?」
「とある町で、宝石を加工した代金を踏み倒されたという相談が寄せられていたんだ」
「あー……。それはもうトンズラ済みでしょうね」
確か店主はこのチャームを偶然手に入れたと言っていた。そして入荷はあれきりだとも。つまりもう商人が国内にいないのだろう。仕事を請け負うのなら、前払いか分割払いにしておけばよかったのに。
「調査後に返却するから、しばらく預かりたい」
「返却はしなくていいけど、もちろん対価は払ってくれるのよね?」
レティシアはニヤリと笑みを浮かべてヴァスバード侯爵を見据える。必要ないものだからチャームを手放したって惜しくはないし、むしろこれで対価が得られるなら好運だ。何を対価にするかは決めていないけど。
「ああ、約束しよう」
「じゃあ後でちゃんと書面にしてちょうだい。チャームは義兄様経由で渡せばいいかしら? それとも邸の外で監視している人たちの方がいい?」
嫌味を言いながら、必要なことをサクサクと決めていく。
「……それで。まだ他になにか聞きたいことでも?」
まだ目の前に座っている男に、棘強めに問う。
「黒幕をおびき寄せようなんて馬鹿なことはしないでほしい」
「あら、なんのこと?」
「おびき寄せるために興味のない男に近づいているのだろうが、そんなことをしても黒幕を近寄らせはしないし、それ以前に男の野心を甘く見るものではない。君を手に入れるために強行手段を取る可能性だって十分あり得るのだ」
予想外の注意をされたが、レティシアは「へえ、そう」と聞き流しながら、香茶を啜る。レティシアの様子に、ヴァスバード侯爵は険しい顔をする。
「……何度も言うが、私は君の敵ではない。君が我々を信用できないのはわかっているつもりだが、もう少し私を信用してくれないか? 君を守りたいんだ」
「それはそれはご立派な軍人精神だこと」
「軍人としてもだが、私個人の感情だ。……君を愛おしいと思っている」
「……は?」
あまりにも突然の、それも似合わなすぎる言葉に、レティシアは目を点にした。




